第53話

文字数 3,936文字

 やはり、長谷川センセイしか、いない…

 伸明に会うために、手配してもらうのは、長谷川センセイしか、いない…

 あらためて、そう、考えた…

 が、

 そう、考えて、気付いた…

 あの長谷川センセイ…

 長谷川センセイが、語るには、自分は、たしかに、五井西家出身だが、血が薄いと、言っていた…

 だから、厳密には、ただ先祖が、五井西家出身と、言っているだけ…

 自分自身は、私が、五井記念病院に入院して、伸明が、私を見舞いに来てくれるまで、伸明と面識がないと、言っていた…

 つまりは、それほど、関係が、希薄ということ…

 血が薄いと言っていた…

 それは、例えれば、皇室を思い浮かべればいい…

 旧皇族…

 第二次世界大戦前まで、皇族だったひとたちが、一堂に集まる会が、あると、聞いたことがある…

 つまりは、先祖が、皇族だった者たちが、一堂に集まる会だ…

 しかしながら、日本が戦争に負けて、当時、皇族だった方たちが、皇族でなくなったのは、80年も昔…

 その方たちの子孫が、全員、旧皇族が集まる会に出席できるはずもない…

 出席できるのは、限られたひとたちだけ…

 ハッキリ言えば、その当時、皇族だった方たちの直系の子孫たちだけだろう…

 傍流のひとたちは、出席できないだろう…

 傍流というのは、当時、皇族だった方たちの次男、三男や、次女、三女たちの子孫たち…

 もっと、具体的に言えば、例えば、当時、皇族だった方たちの次男や次女に生まれて、その方たちが、子供を作り、その方たちの息子や娘たちの次男や次女の子孫たち…

 つまりは、当時の皇族だった方たちの当主から、見て、子孫が増えていき、直系から、離れてゆく…

 例えば、三女の娘で、その三女だったり、さらには、その三女の産んだ次男だったり…

 そんな具合だ…

 だから、今現在、旧皇室の当主から、見れば、見たことも、聞いたこともない、一族の人間も、それなりにいるだろう…

 あの長谷川センセイは、自分は、そういう存在だと、言っていた…

 だから、今の五井西家の当主も、自分のことは、知らないだろうとも、言っていた…

 つまりは、それほど、血が薄い存在だと、言っていた…

 五井西家から、遠い存在だと、言っていた…

 だから、ハッキリ言えば、五井の一族といえども、長谷川センセイは、傍流の傍流…

 そんな長谷川センセイが、伸明と面識があるはずが、なかった…

 だから、私が、入院して、伸明が、見舞いにやって来たから、初めて、伸明に会った…

 五井家の若き当主に会った…

 その言葉は、ウソでは、ないだろう…

 私は、考えた…

 が、

 それでも、やはり、頼るべきは、長谷川センセイしか、いなかった…

 諏訪野マミに頼れない以上、長谷川センセイしかいなかった…

 あのマミさんは、なぜか、

 「…これ以上、五井に関わっては、ダメ…」

 と、私に釘を刺した…

 「…これ以上、寿さんが、五井に関われば、寿さんが、不幸になる…」

 と、警告した…

 が、

 なぜ、マミさんが、そんなことを、言ったのか?

 それは、謎…

 わからない…

 が、

 あのマミさんが、ウソを言うはずがない…

 私は、マミさんが、好き…

 だから、マミさんも、私が好き…

 これは、決して、私の思い違いではないと、思う…

 だから、きっと、マミさんが、言ったのは、心から、そう思っているから…

 心の底から、そう思っているからこそ、私に警告したのだと、思う…

 そもそも、同性同士、あるいは、異性同士でも、一方が、もう一方を、一方的に好きというのは、ありえない…

 異性同士ならば、最初はありえる…

 とりわけ、男でも、女でも、ルックスが良ければ、異性にモテるから、一方的に、相手に好かれることは、ありえる…

 しかしながら、それは、最初だけ…

 普通は、長続きしない…

 自分が、いくら好きでも、相手が、振り向かなければ、大抵は、諦めるからだ…

 だから、片思いは、長く続かない…

 そして、同性の場合…

 これは、もっと、わかりやすい…

 単純に、自分が、相手を嫌いな場合は、相手も、自分を嫌い…

 真逆に、自分が、相手を好きな場合が、相手も、自分が好き…

 そういうことだ…

 これは、実に、シンプル…

 シンプルだ…

 そして、それが、私とマミさんの関係だった…

 だから、私を心配してくれる、マミさんには、悪いが、伸明と会わずには、いられなかった…

 伸明と会って、ナオキと連絡が、取りたかった…

 正直、伸明に会うのが、目的ではない…

 伸明に会って、ナオキと連絡を取るのが、目的だ…

 とにかくナオキと連絡を取るには、伸明に会うしかない…

 そう、思ったからだ…

 しかしながら、それは、マミさんの警告を無視することになる…

 マミさんが、どういう真意で、私に、

 「…これ以上、五井に関わってはダメ!…」

 と、警告したのかは、わからないが、マミさんの警告を無視するのは、やはり、心が引ける…

 マミさんの警告は、私のことを、思って言ってくれたに違いないからだ…

 だから、それを、思えば、心苦しかった…

 伸明に是か非でも、会おうとする自分の行動が、心苦しかった…

 が、

 しかし、伸明に会うことを、止めることは、できなかった…

 そして、伸明に聞きたいこともあった…

 FK興産のことだ…

 あのユリコは、伸明が、この件で、FK興産を買収して、五井グループに組み込もうとしている、と、私に言った…

 五井家の当主に就任するに際し、伸明が、なんらかの実績が欲しいからだ…

 なんらかの手柄が、欲しいからだ…

 FK興産を買収して、五井グループの傘下に組み込んで、

 「…さすがは、五井家の当主…」

 と、周囲に見せたいからだ…

 ユリコは、伸明の目的をそう、告げた…

 そして、それが、本当か否か、ナオキに聞きたい…

 あるいは、伸明に聞きたい…

 いや、

 伸明に聞いても、本当のことを、言うか、どうかは、わからない…

 伸明に限らず、誰でも、自分に都合が悪いことや、自分に後ろめたいことが、あれば、本当のことは、言わないものだからだ…

 だから、むしろ、ナオキに聞きたい…

 どういう経緯で、伸明から、融資を受けたのか、知りたい…

 いや、

 それは、聞いても、仕方がないことかも、しれない…

 単純に考えれば、お金が必要だから、伸明に借りたのだろう…

 だから、問題は、伸明だ…

 伸明が、どういう気持ちで、ナオキに融資したか、だ…

 ナオキに頼まれたから、融資をした…

 それは、わかる…

 それは、理解できる…

 問題は、そのときに、下心があったか、どうか? だ…

 下心とは、ずばり、FK興産を乗っ取る意思があったか、否か?

 ナオキに頼まれたから、融資したのは、事実だとしても、そのときに、将来的にFK興産を乗っ取ろうと思ったのか、否か?

 FK興産を乗っ取って、自分の当主就任の実績にしたいと、思ったのか、否か?

 これが、問題だ…

 これが、知りたい…

 是が非でも、知りたい…

 あるいは、最初は、そんな気がまったく、なかったが、途中で気が変わった…

 途中から、FK興産を乗っ取ろうと思った…

 その可能性もある…

 その可能性も、捨てきれない…

 これは、思うに、男女間でも、同じ…

 同じだ…

 例えば、男が、女に、金を無心され、少額でも、お金を貸す…

 そして、そのときは、下心がまるでなかったが、途中で気が変わったというのは、誰でも、ありえる話…

 とりわけ、相手も女が、美人だったり、自分より、はるかに、若かったりすれば、お金を貸した当時は、なかった下心が、出来ても不思議ではない(笑)…

 伸明も、それと、同じかも、しれない…

 好意的に見れば、伸明も、それと、同じかも、しれない…

 最初は、ナオキに頼まれ、金を融資した…

 そのときは、そんな気はなかったが、途中で、FK興産を五井グループの傘下に収めようとした…

 そう、気が変わっても、おかしくはない…

 そういうことだ…

 が、

 ここまで、考えて、ハタと気付いた…

 まだ、伸明は、FK興産を買収すると、明言していないことに、気付いた…

 FK興産を買収すると、言ったのは、ユリコ…

 あのユリコだ…

 だから、ブラフ…

 ブラフ=ハッタリの可能性もある…

 あのユリコの言うことだ…

 どうにも、信用できない…

 心の底から、信用できない…

 が、

 全くのウソとも、断言できない…

 ユリコは、息子のジュン君が、私をクルマで、ひき殺そうとして、逮捕され、裁判にかけられた…

 その際に、私が、法廷に、出廷して、ジュン君を擁護した…

 ジュン君の運転するクルマに轢かれたにも、かかわらず、ジュン君を擁護した…

 そのおかげで、ジュン君の刑は、軽くなった…

 ジュン君の母親である、ユリコは、その件で、私に感謝した…

 心の底から、感謝した…

 これは、私も、信じられる…

 ユリコが、ジュン君を溺愛しているのは、まぎれもない事実だからだ…

 私が、ジュン君を擁護したことで、裁判官の心証が、良くなり、ジュン君の刑が、軽くなったのは、事実…

 誰の目にも、明らかな事実だからだ…

 ユリコは、それで、私に感謝して、そのお礼に、伸明の目的を私に教えた…

 だから、普通なら、ユリコの言うことは、信じないが、ジュン君が、関わったから、信じたというのが、正しい…

 ユリコは、ジュン君を溺愛している…

 そんなジュン君に関わることで、さすがのユリコもウソを言うはずが、ないと、思うからだ…

 だから、どうしても、ユリコの言葉を信じたくなる…

 なにより、ユリコの言葉が、真っ赤なウソだとも、思えない…

 荒唐無稽な話だとは、思えないからだ…

 だから、ユリコを信じる…

 いや、

 信じたくなるのだ…

 私は、思った…

 私は、考えた…

               
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み