第56話

文字数 4,251文字

 が、

 別段、驚きは、なかった…

 気付いたところで、驚きはなかった…

 ただ、

 …ああ、やっぱり…

 と、いう気持ちが、あっただけだ…

 …やっぱり、陰で、マミさんは、なにか、している…

 そう、思っただけだ…

 …私に隠れて、なにか、している…

 そのために、私を遠ざけたい…

 私を、この病院から…

 私を五井家から、遠ざけたい…

 そう、思った…

 そう、確信した…

 が、

 落胆はなかった…

 諏訪野マミは、五井家の人間…

 五井家の一族だ…

 だから、なにか、ことが起きれば、五井家の側に立つだろう…

 なにか、ことが起きれば、私より、五井を取るだろう…

 これは、当たり前…

 当たり前のことだった…

 だから、落胆はない…

 が、

 やはりというか…

 寂しさはあった…

 正直、ナオキとジュン君を除けば、私が、一番、気が合うのは、マミさん…

 諏訪野マミさんだけだった…

 ナオキに秘書として、仕えていたが、会社の中で、それほど、親しい人間は、できなかった…

 FK興産を創業して以来だから、これは、おかしいと言えば、おかしいのかも、しれない…

 ナオキの会社を手伝い出してから、十五年経つ…

 だから、そんなに長く勤めているにも、かかわらず、親しい人間ができなかったというのは、たしかに、おかしいかも、しれない…

 だから、もっと、ずばり言えば、表面上は、親しく接していても、実は、それほど、親しくない…

 距離を置いているというか…

 あくまで、親しいのは、うわべだけ…

 会社の中だけ…

 と、いうのが、正しいのかも、しれない…

 つまりは、会社にいれば、誰とでも、打ち解けて、話しているように、見えても、実は、それほど、相手に気を許していない…

 そういうことだ…

 昨今の言葉で言えば、ビジネス友達とでも、呼ぶべきか…

 あくまで、会社だけ…

 あくまで、職場だけの仲…

 仮に、プライベートで、交流することは、あっても、それは会社や職場で、いっしょに、いるのが、前提…

 だから、ビジネス友達だ…

 ビジネス=会社だからだ…

 完全に、会社を辞めたり、学校を卒業したり、すれば、一切、会わない…

 一切、交流しない…

 いわば、会社の中だけの付き合い…

 学校の中だけの付き合いだ…

 本来のプライベートの付き合いは、しない…

 が、

 マミさんは、ビジネス友達ではなかった…

 初めて会ったときから、気が合った…

 だから、ビジネス友達ではない…

 だから、マミさんは、私にとっては、大切…

 大切な友人だった…

 誰でも、そうだろう…

 会社でも、学校でも、やめてからも、ずっと付き合う友人は、限られてくる…

 普通は、片手の指ほどの数もいないだろう…

 私にとって、マミさんは、その片手の指の数のひとりだった…

 得難い友人だった…

 が、

 私と五井のどちらを取るかと、言えば、五井を取るのは、当たり前…

 だから、落胆は、なかった…

 悲しいが、なかった…

 そういうことだ…

 それが、当たり前だった…

 悲しいが、それが、当たり雨だった…

 そして、私が、そんなことを、考えていると、目の前の彼女が、

 「…寿さん…ひょっとして、ショックですか?…」

 と、笑った…

 …ショック?…

 …なにが、ショックなんだろ?…

 意味がわからなかった…

 だから、

 「…ショックって、一体?…」

 と、聞いた…

 聞かずには、いられなかった…

 「…決まっているじゃないですか? …」

 「…決まっているって?…」

 「…長谷川センセイのことですよ…」

 「…長谷川センセイが、一体?…」

 「…アレ? とぼけちゃって…寿さん…長谷川センセイが、派手な女性と仲良くしていると、聞いて、ショックを受けたんじゃ、ないんですか?…」

 目の前の彼女が、面白そうに、聞いた…

 私は、それを、聞いて、絶句したというか…

 …そうか?…

 …この娘は、そう思ったんだ!…

 と、気付いた…

 私が、マミさんのことを、考えていることを、そう、思ったんだ!…

 と、気付いた…

 そして、考えてみれば、それも、当然かも、しれないと、思った…

 女の私が、長谷川センセイのことを、聞いて、その長谷川センセイに女の影があると、聞いて、ショックを受けた表情を取る…

 そうすれば、当然、私が、長谷川センセイに気がある…

 長谷川センセイに好意を持っている…

 そう、思うのが、当たり前かも、しれない…

 遅まきながら、そう、気付いた…

 そして、そう気付くと、これは、好都合かも、しれない…

 と、思った…

 長谷川センセイに、近づくのに、私が、長谷川センセイに、好意を持っていると、この娘に、誤解させた方が、都合がよい…

 そう、気付いた…

 だから、

 「…ええ? わかりました?…」

 と、わざと、言った…

 「…だって、長谷川センセイ…長身で、イケメンですもの…おまけに、医者…大昔の三高ですもの…」

 「…三高って?…」

 意味がわからない様子だった…

 「…高学歴、高収入、高身長の高…つまり、高い…三つの高いがあるから、三高…」

 私が、説明すると、彼女が呆気に取られた様子だった…

 それから、

 「…それって、たしか、大昔に流行した…たしか、私のお母さんや、その上の世代のひとたちが…」

 と、考え考え、言う…

 私は、

 「…そう、その通り…」

 と、言って、笑った…

 「…長谷川センセイは、お医者様だから、高収入、お医者様だから、高学歴…そして、高身長…三高が、揃っている…」

 私が、笑いながら、言うと、彼女は、唖然とした…

 唖然とした表情になった…

 が、

 それも、長続きはしなかった…

 すぐに、真顔になり、

 「…冗談ですよね…」

 と、言ったからだ…

 「…冗談って?…」

 これは、意外…

 実に、意外だった…

 まさか、

 「…冗談ですよね?…」

 なんて、セリフが、返って来るとは、思いもしなかったからだ…

 だから、つい、

 「…冗談って?…」

 と、言ってしまった…

 つい、口に出してしまった…

 「…だって、寿さん…そんなに、美人なのに…」

 と、彼女が、大声で、言った…

 私は、ビックリした…

 彼女の大声で、周囲のひとたちが、一斉に、私たちを、見たからだ…

 だから、ビックリした…

 だから、焦った…

 どうしようと、焦った…

 が、

 ちょうど、そのときに、

 「…寿さん…寿綾乃さん…」

 と、名前が呼ばれた…

 実に、タイミングよく、呼ばれた…

 だから、私は、

 「…ハイ…」

 と、返事をして、受付に行った…

 そして、診察券を、もらった…

 これで、長谷川センセイに会える…

 そう、思った…

 そして、彼女には、構わず、長谷川センセイの担当する外科に行こうと、思った…

 が、

 思いがけず、彼女は、まだ、待っていた…

 さっきまでの待合室ではなく、目立たぬ場所で、私を待っていた…

 そして、私の前で、

 「…さっきの話の続きですが…」

 と、言った…

 私は、

 …しつこい!…

 と、内心、思ったが、さすがに、それは、口に出せない…

 だから、笑いながら、

 「…いいですよ…」

 と、言った…

 すると、待ってましたと、いうように、

 「…寿さん…そんなに、美人なのに、長谷川センセイに、どうして、こだわるんですか?…」

 と、聞いてきた…

 「…どうしてって、言われても?…」

 この質問には、私の方が、驚いた…

 同時に、ひょっとして、この娘は、長谷川センセイが、好きなのかも?…

 と、考えた…

 だから、

 「…アナタ…長谷川センセイが、好きなの?…」

 と、聞いた…

 笑いながら、聞いた…

 その方が、冗談っぽく聞けるからだ…

 真剣に聞くのは、おかしいからだ…

 だから、わざと、笑いながら、聞いた…

 が、

 私の質問に、即座に首を横に振った…

 「…違います…」

 と、即座に否定した…

 …だったら、なに?…

 私は、思った…

 私は、考えた…

 …だったら、一体、私に、なにを、聞きたいんだろ?…

 と、思った…

 すると、

 「…だって、寿さん…そんなに、美人なのに、相手が、いないのかと、思って…」

 と、申し訳なさそうに、遠慮がちに、聞いてきた…

 それを、聞いて、

 …そういうことか!…

 と、気付いた…

 この娘は、申し訳ないが、ルックスが平凡…

 実に、平凡だ…

 だから、美人(笑)の私が、長谷川センセイを、狙っていると、聞いて、驚いた…

 それが、わかると、私は、余裕をもって、

 「…ルックスが、良かろうと悪かろうと同じ…」

 と、言った…

 「…なにが、同じなんですか?…」

 「…出会いなんて、そうそう、あるものじゃない…学校や会社で、同じメンツで、いっしょにいれば、それも当たり前でしょ?…」

 私は、言った…

 彼女が、納得するように、言った…

 が、

 それでも、彼女が、納得したようには、見えなかった…

 「…でも、そんなにキレイなのに…」

 と、食い下がった…

 だから、

 「…キレイでも、いっしょ…もっとも、キレイでも、カッコよくても、中身が、ダメでは、誰も、振り返らないわ…」

 と、笑った…

 「…中身って?…」

 「…性格よ…性格…気が強かったり、性格が、とんでもなく悪ければ、誰もが、裸足で逃げ出すわ…」

 「…エーッ!…寿さんって、そんなに性格が悪いんですか?…」

 あっさり、言われた…

 これには、困った…

 これには、絶句した…

 だから、慌てて、

 「…例えよ…例え…」

 と、笑いながら、説明した…

 「…例え?…」

 「…誰だって、最初は、ルックスから入るでしょ? …でも、付き合えば、今度は、性格になる…いくら、イケメンでも、美人でも、性格が良くなく、いつもひとの悪口ばかり言っているひとでは、幻滅でしょ?…」

 「…それは…」

 「…でしょ?…」

 「…ハ、ハイ…」

 「…そして、どんなひとと、出会うか、誰も、わからない…もしかしたら、アナタも、こんな大きな病院で、看護師をなさっていたら、そのうちに、イケメンに出会えるかも、しれないわ…」

 「…どうして、そんなことが、わかるんですか?…」

 「…だって、こんな大きな病院ですもの…例えば、アナタが、家の近くのコンビニで、働いているより、大きなスーパーで働く方が、たくさんのお客様がいるから、イケメンや美人と、出会える確率が大きいでしょ?…それと、同じ…」

 私が、笑って、説明した…

 すると、彼女も、納得したようだ…

 しかし、おかしな展開になってきた(苦笑)…

 まさか、彼女とこんな話をするとは、思わなかった…

 まさか、こんな場所で、こんな話をするとは、思わなかった(爆笑)…

               
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