第20話

文字数 4,220文字

 女のひとの声…

 しかも、おそらく、その声の主は、私と同年代…

 声で、わかる…

 声の高さでわかる…

 例えば、若い女子高生と、50歳の女の声は、違う…

 声優でもない限り、普通は、女子高生と50歳のオバサンを、いかに、顔を見ずとも、間違えるはずがない…

 そういうことだ(笑)…

 また、その声に、私は、聞き覚えがあった…

 たしかに、どこかで、聞いた声だった…

 そう思いながら、

 「…ハイ…寿ですが…」

 と、返事をした…
 
 すると、途端に、

 「…寿さん…お久しぶり…諏訪野…諏訪野マミです…」

 と、言う声が、電話の向こう側から、聞こえてきた…

 実に、嬉しそうな声だった…

 途端に、私は、諏訪野マミを思い出した…

 私は、以前、すでに諏訪野マミと面識があった…

 彼女もまた、この寿綾乃に近付いてきた五井家の人間だった…

 諏訪野マミは、現五井家当主、伸明の腹違いの妹…

 前当主、建造が、外で、愛人との間にできた娘だった…

 だから、彼女は、五井一族内で、浮いていた…

 一族内で、孤立していた…

 実父の建造は、そんな彼女に金を与え、会社を設立させた…

 その方が、五井グループのどこかの企業に勤めるより、彼女にふさわしいと、思ったのだろう…

 現に、彼女は、私より、たしか、三歳上の35歳だが、小柄で、エネルギッシュだった…

 また、35歳にも、かかわらず、ミニスカが、似合う女性でも、あった…

 小柄だからだろう…

 歳のわりに、若く見える…

 また、彼女が、最初に接近したのは、ナオキ…

 藤原ナオキだった…

 雑誌の対談で、知り合ったのが、きっかけだった…

 二人とも、会社経営者…

 だから、雑誌で、対談した…

 それで、長身のイケメンの藤原ナオキに、会って、初対面で、諏訪野マミは、ナオキが、気に入った…

 だから、ナオキを、手に入れようとした…

 ナオキをゲットしようとした…

 と、

 思っていた…

 小柄な女が、長身の男に惹かれるのは、よくあること…

 誰もが、自分にないものを、相手に求めるからだ…

 が、

 違った…

 マミの狙いは、ナオキではなかった…

 この私だった…

 私、寿綾乃だった…

 本物の寿綾乃が、五井家の血を引いていたからだ…

 従妹の綾乃が、五井家の血を引いていたからだ…

 その事実を知らないマミは、私に近付いた…

 私が、本物の寿綾乃なら、財産分与の可能性がある…

 五井本家の財産を分与する必要が生じる…

 五井家としては、それを恐れたのだ…

 だから、おそらく、マミは、実父の建造の命で、私に近付こうとして、ナオキを、狙った…

 私が、藤原ナオキの秘書であることを、あらかじめ、調べ上げていたのだろう…

 だから、それを、思えば、ナオキと、マミが、雑誌で、対談したのも、今、思えば、マミの仕掛け…

 あらかじめ、罠ではないが、マミの意向で、雑誌が、ナオキとの対談をお膳立てしたのだろう…

 私は、そんなことを、今、思い出していた…

 同時に、この諏訪野マミが、私を好きなことを、思い出した…

 この諏訪野マミと、私は、初めて会ったときから、なぜだか、ウマが合った…

 おそらく、境遇が似ていることも、その一因かも、しれない…

 すでに、説明したように、諏訪野マミは、愛人の子供…

 五井家の正式な一族ではない…

 だから、だろうか?

 諏訪野マミ自身は、小柄だが、エネルギッシュで、行動力のある女だったが、どこか、陰があるというか…

 性格も明るく、誰からも、愛される人柄だったが、同時に闇も感じた…

 それが、この私と同じだったのだろうか?

 シンパシーを感じたというか…

 矢代綾子が、寿綾乃を名乗る…

 いわゆる、なりすましだ…

 だから、だろうか?

 やはり、私の行動も、どこか、陰が出るというか?

 自分では、気付いていないが、そう、感じるところがあるのかも、しれない…

 だから、諏訪野マミとは、初対面から、ウマが合った…

 初めて会ったときから、気が合った…

 それは、おそらく、諏訪野マミも同じ…

 同じだ…

 だから、今、電話で、

 「…寿さん…お久しぶり…」

 と、嬉しそうな声で、言ってきた…

 これは、誰もが、同じ…

 片思いの恋愛ではないのだから、どちらかが、一方的に好きということは、ありえない…

 私が、好きだから、相手も、好き…

 相手が、好きだから、私も好き…

 そういうものだろう…

 人間関係とは、そういうものだろう…

 真逆に、

 自分が、嫌いな人間は、当たり前だが、相手も、自分を嫌っている…

 大抵は、そういうものだ(笑)…

 私は、そんなことを、考えながら、

 「…ハイ…元気です…」

 と、答えた…

 それを、聞くや否や、マミが、電話の向こう側から、

 「…良かった…」

 と、言ってきた…

 実に、しんみりとした口調で、言ってきた…

 私は、マミのその言葉を聞いて、あらためて、マミが、私が、癌で闘病中であることを、知っているのだろうと、気付いた…

 私が、ジュン君の運転するクルマに轢かれてから、彼女と会っていない…

 ジュン君の運転するクルマで、轢かれ、五井記念病院に、入院した…

 それで、私が、癌であることが、バレた…

 五井の人間にバレた…

 それまでは、私が、癌であることを、知っている者は、医者を、除けば、私一人…

 私以外の誰も知らなかった…

 ずっと、私が隠していたからだ…

 だから、会社の誰も、気付かなかった…

 もちろん、社長のナオキも、気付かなかった…

 それが、あの事故で、おおげさに言えば、全員にバレた…

 私の関係する周囲の人間たちに、バレた…

 が、

 あのときは、諏訪野マミは、いなかった…

 いや、

 いたのかも、しれないが、忘れた(苦笑)…

 マミには、悪いが、それどころでは、なかったからだ…

 私の闘病、そして、五井家のゴタゴタ…

 それで、てんやわんやの大騒動だったからだ…

 だから、詳細は、忘れた…

 覚えていない…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…良かった…ホントに、良かった…」

 と、電話の向こう側から、マミが、繰り返した…

 それを、聞いて、私は、

 「…ありがとうございます…」

 と、繰り返した…

 「…マミさんに喜んで頂いて、嬉しいです…」

 私が、言うと、

 「…寿さん…生きてきて、良かった…」

 と、電話の向こう側から、ホッとした様子で、マミが、言った…

 「…伸明さんも、きっと、喜んでいると、思う…」

 「…伸明さんが喜んでいる?…」

 意外な名前が出てきた…

 諏訪野伸明…

 五井家当主…

 たしかに、私は、伸明さんが、好き…

 以前、一度だけだが、伸明とキスをした…

 が、

 それ以上の進展はない…

 30歳を過ぎた女と40歳を過ぎた男だが、それ以上の関係はない…

 ただ、キスをしただけ…

 これでは、中学生や高校生と同じだ…

 普通は、男女の関係があるだろう…

 カラダの関係があるだろう…

 が、

 なにもなし(苦笑)…

 にもかかわらず、伸明が私を好きだということは、今さら、マミさんに言われなくても、わかっていた…

 キスをすれば、好きだとか、セックスをすれば、好きだとか、そんなことを、今さら口にする歳ではない…

 互いに、相手が、好きか否かは、わかる…

 ただ、きっかけがないだけ…

 セックスに至るきっかけがないだけだ(苦笑)…

 私は、思った…

 すると、

 「…伸明さんは、寿さんを、心配していたわ…」

 と、電話の向こう側から、マミが、言ってきた…

 「…心配…ですか?…」

 「…そうよ…寿さん…伸明さんが、寿さんを、好きなのは、知っているでしょ?…」

 「…それは…」

 曖昧に、言葉を濁した…

 まさか、それを、認めるわけには、いかない…

 いかに、相手が、マミさんでも、それを、認めるわけには、いかない…

 なにしろ、相手は、五井家当主だ…

 身分が、違い過ぎる…

 私とは、身分が違い過ぎる…

 だから、

 「…でも、マミさん…」

 と、軽く笑いながら、言った…

 「…でも、なに?…」

 「…たった一度、キスをしただけですよ…」

 「…エッ?…」

 「…それ以上の関係はありません…」

 私は、笑いながら、言った…

 すると、どうだ?

 「…」

 と、マミが固まった…

 きっと、なんて、言っていいか、わからなかったのだろう…

 当惑するマミの顔が、目に浮かぶようだった…

 が、

 違った…

 いきなり、電話の向こう側から、

 「…寿さん…そんなこと、なんの関係もない!…」

 と、マミが、怒った調子で、怒鳴った…

 「…関係ない?…」

 「…そう、関係ない…今さら、中学生や高校生でも、ないのだから、キスをしたから、好きになったとか、セックスをしたから、結婚するとか、いう歳でもないでしょ!…」

 マミが、怒った口調で言う…

 それを、聞いて、思わず、吹き出しそうになった…

 言われてみれば、その通り…

 その通りだからだ…

 マミの言葉で、肩の力が抜けた…

 「…ですよね…」

 と、私もつい、軽い口調で、答えた…

 「…当たり前よ!…」

 マミが、怒った口調で、言う…

 まだ、怒りが収まらない様子だった…

 「…お子様じゃ、ないんだから…」

 マミの、怒った顔が、目に浮かんだ…

 そして、その光景が、目に浮かぶと、思わず、吹き出した…

 我慢ができなかったのだ…

 それが、電話の向こう側にも、聞こえたのだろう…

 「…寿さん、なにが、おかしいの?…」

 と、マミが、電話の向こう側から、聞いてきた…

 私は、迷わず、

 「…だって、マミさん…三十を過ぎた女が、今さら、キスをしたから、好きだとか、セックスを、したから、どうだとか、言う歳じゃないでしょ? …それを、真剣に言うのが、なんだか、おかしくて…」

 と、言った…

 きっと、マミなら、わかってくれると、思ったのだ…

 そして、それは、間違いでは、なかった…

 少しの間を置いて、

 「…それは…」

 と、苦笑した…

 「…それは、寿さんの言う通り…」

 と、続けた…

 そして、

 「…でも、伸明さんが、寿さんを好きなのは、間違いない…」

 と、またしても、最初の話に戻った…

 「…でも、まだ、キスをしただけですよ…」

 と、言いたかったが、止めた…

 言えなかったというのが、正しい…

 それでは、堂々巡り…

 またしても、最初の話に、戻ってしまう(苦笑)…

 だから、

 「…」

 と、黙った…

 「…」

 と、沈黙した…

 すると、マミが、

 「…その伸明さんのことだけれど…」

 と、言いにくそうに、切り出した…

               
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