第9話

文字数 4,965文字

 …これは、報い…

 …矢代綾子が、寿綾乃になりすました報いだと、思った…

 だから、落胆はない…

 落胆=絶望は、ない…

 最初から、癌が、治ることは、ないと、思っていたからだ…

 癌が治る希望を持つから、それが、治らないことを、知って絶望する…

 が、

 最初から、なにも、期待しなければ、絶望は、ない…

 そういうことだ…

 それに、元々、私は、一匹狼というか…

 子供のころから、他人と群れるのが、嫌いだった…

 群れるのが、嫌いなタイプだった…

 これは、女では、珍しい(苦笑)…

 女は、普通は、つるむものだ…

 誰かと、仲良くするものだ…

 典型的なのが、トイレ…

 学生時代、親しい女の友達が、トイレに行くと、言うと、自分は、トイレに、行きたくなくても、トイレの入り口まで、付き合う…

 が、

 私は、そんなことは、しなかった…

 いや、

 性格的に、できなかったというのが、正しいのかも、しれない…

 私は、ひとりぼっちではないが、それほど、親しい友人もいなかった…

 だから、寿綾乃になれた…

 寿綾乃になりすますことが、できた…

 私が、田舎から、上京しても、悲しむものはなかった…

 故郷にそれほど、親しい友人、知人は、いなかったからだ…

 だから、矢代綾子が、寿綾乃になりすますことが、できたのだ…

 どんなところにいても、ちょっとした有名人では、なりすますことが、できない…

 「…アイツは、最近見ないが、どうした?…」

 と、大勢の人間が、聞いてくるからだ…

 が、

 私には、それがなかった…

 たしかに、自分でいうのも、なんだが、美人に生まれたが、決して、目立つタイプでは、なかったからだ…

 美人=目立つというわけでは、決して、ない…

 美人=顔立ちは、良いが、目立たないタイプもいる…

 私は、そのタイプだった…

 顔立ちは、いいが、クラスの男連中が、

 「…キレイだ…」

 「…かわいいだ…」

 と、おおげさに、騒ぐことは、ないレベル…
 が、

 それが、幸いした…

 だから、田舎から、一人で、都会に出てきても、話題になることが、なかった…

 そして、自分で、言うのも、おかしいが、上京して、一人で、暮らして、いくうちに、ドンドンきれいに、なってきた…

 おそらく、それは、自分で、言うのも、おかしいが、一人で、生きるようになったから…

 頼れるものは、自分一人…

 だから、常に、気が張っている…

 それが、外面に現れたのだろう…

 いわば、内面から、変わったというか…

 そして、若くして、イケメンの藤原ナオキと男女の関係になったことで、自分に自信が、ついたことも、あるだろう…

 「…綾乃ちゃんは、美人だ…」

 「…綾乃ちゃんは、可愛い…」

 と、いつも、イケメンのナオキに言われれば、誰もが、その気になる…

 私も例外ではない…

 矢代綾子=寿綾乃も、例外ではないということだ(笑)…

 普通の男に言われても、自信になるが、それが、長身のイケメンの藤原ナオキに、言われると、余計に自信になる…

 藤原ナオキが、女にモテモテで、多数の女を知っているからだ…

 だから、そんなイケメンの藤原ナオキに、言われ続けたことで、自信が、ついた…

 それが、外面に出たのだろう…

 メイクを変えたわけでも、軽く整形手術をしたわけでも、なんでもない…

 いわば、自信がつくことで、私の雰囲気が変わったというのが、正直なところ…

 芸能人ではないが、有名になる前は、顔立ちは、いいが、どこか、あか抜けない女の子だったのが、有名になり、自分に自信がつく…

 すると、その自信が、オーラとなり、なんとなく、華やかな雰囲気が、出てくる…

 キラキラした雰囲気が、出てくる…

 それと、似ている…

 ハッキリ言えば、女として、自分に自信が出たのかも、しれない…

 環境が、ひとを、変える…

 その好例かも、しれない…

 母が亡くなり、天涯孤独の身になり、一人で、生きることになった…

 そこで、自分より、はるか年上の藤原ナオキと、男女の関係になった…

 イケメンの藤原ナオキに、褒められることで、ドンドン自分に自信がついてきた…

 そういうことかも、しれない…

 これは、誰にでも、ありがちなこと…

 真逆の例で言えば、お金持ちのひとが、落ちぶれた例…

 お金があるから、自分に自信が出て、それが、行動に現れる…

 常に、自信を持った行動になる…

 自分に自信があるからだ…

 それが、行動に出る…

 それが、態度に出る…

 が、

 それが、一転して、落ちぶれると、どうなるか?

 自分に自信が、なくなり、それもまた、態度に現れる…

 以前の自信を持った態度から、ウソのように、自分に自信がなくなる…

 ハッキリ言えば、コソコソと、ひとの目につかないような行動をするようになる…

 自分が、落ちぶれた姿を見せたくないためだ…

 それが、消極的な行動に現れる…

 私の場合も、それと、似ている…

 環境が変わり、自分に自信を持つことで、生来、顔立ちが、良かったが、決して、目立つタイプでは、なかった私が、目立つようになった…

 私は、そんなことを、思った…

 私は、そんなことを、考えた…

 が、

 肝心のことを、忘れていた…

 どうして、長谷川センセイが、ユリコを知ったということだ…

 長谷川センセイから、いきなり、ユリコの名前が出て、動揺したところに、話が、ユリコから、ユリコの元の夫である、藤原ナオキに代わった…

 それで、私が、つい、以前は、藤原ナオキの秘書をしていたことを、話したものだから、いつのまにか、話が、そこにいった…

 いまさら、ユリコの話に戻れなかったということは、ある…

 が、

 それでも、聞くべきであった…

 長谷川センセイに、どうして、ユリコと知り合ったか、聞くべきだったと、いまさらながら、思う…

 いまさらながら、自分の愚かさを思う…

 なぜなら、あのユリコは、強敵だからだ…

 だから、なぜ、長谷川センセイと知り合ったか、知る必要がある…

 単に、五井記念病院に、診察に来ただけなのか?

 それとも、別になにか、目的があるのか?

 知る必要がある…

 調べる必要がある…

 それを、五井記念病院からの帰り際に思った…

 …相変わらず、バカな女…

 自分自身を思う…

 つい、おしゃべりに夢中になり、肝心のことを、聞き忘れた…

 今さらながら、自分自身の愚かさを、嘆かずには、いられない…

 今さらながら、自分自身のバカさ加減を呪わずには、いられない…

 同時に、こんな脳天気だから、これまで、生きてこられたのだと、痛感した…

 我ながら、どこか、抜けている(苦笑)…

 だから、母が死に、天涯孤独の身になっても、周囲が思うほど、自分が、不幸だと、思わなかったのかも、しれない…

 どんな環境にいても、肝心なのは、それを、当人が、どう受け止めるか否か…

 例えば、自分が、美人でなくても、頭が良くなくても、お金も、なにもなくても、自分に自信を持っている女は、世の中には、いくらでもいる(笑)…

 真逆に、美人に生まれたり、頭が良く生まれたり、お金持ちに生まれても、自分に自信がない女も、世の中には、たくさん、いる…

 そして、そういう女は、すべからく、ネガティブ…

 自分の欠点を探して、自分は、勝てないと、考える…

 美人に生まれても、私以上の美人は、ごまんといると、言ってみたり…

 東大に入っても、東大では、私は、せいぜい、真ん中あたりと言ってみたり…

 お金持ちに生まれても、それ以上のお金持ちを例に挙げたり…

 とにかく、常に自分以上の人間と比べて、自信をなくす…

 さらに言えば、お金持ちでも、美人でなかったり、真逆に、美人でも、お金持ちでなかったり、頭がよくなかったり…

 とにかく自分にないものを、見て、自信をなくす…

 ネガティブな人間は、皆、そういうものだ…

 そして、それを考えると、色々、複雑というか…

 摩訶不思議なものを、見た気がする…

 要するに、優れているにも、かかわらず、自分に自信がないものが、いる一方で、優れていないにも、かかわらず、自分に自信がある、人間もいる…

 これは、一体、どういうことか?

 生まれつきのものか?

 生まれつき=遺伝のものか?

 それとも、環境によるものか?

 わけが、わからない…

 どうしようもなく、理解に苦しむのだ(爆笑)…

 そんなことを、考えながら、家路についた…

 私、寿綾乃の住む、億ションに戻った…

 
 家に戻ると、当然のことながら、誰もいなかった…

 が、

 それでも、私は、

 「…ただいま…」

 と、言って、玄関に入った…

 これは、習い性というか…

 すでに、ジュン君やナオキと、住んでいた頃からの習慣になっている…

 誰もが、そうだろう…

 たとえ、一人暮らしでも、自分が家に帰ってくると、つい、

 「…ただいま…」

 と、口にするものだ…

 私も、同じ…

 同じだ…

 返答するものが、いないにも、かかわらず、

 「…ただいま…」

 と、口にする…

 が、

 当たり前だが、返事はない…

 だから、考えてみれば、孤独というか…

 寂寥感に襲われても、おかしくはない…

 が、

 不思議と、私は、そんな寂寥感に襲われることは、なかった…

 これは、私が、変わっているからだろうか?

 いや、

 そうではない…

 私は、自分自身に、言った…

 たぶん、私は、生きるのに、精一杯なのだ…

 だから、孤独を感じる暇もない…

 それが、答えだろう…

 以前、ネットの記事で、読んだが、ある中年の男性漫画家が、年中、ここが痛い、あそこが、痛いと、言っていたそうだ…

 が、

 あるとき、急に仕事が、激減して、大騒ぎになった…

 生活が、たちゆかなくなるからだ…

 すると、途端に、それまで、年がら年中、口にしていた、痛みが、どこかに、消えたそうだ…

 それどころでは、なくなったからだ(笑)…

 それと、私も似ているのかも、しれない…

 一人で、生きているから、頼れるものは、なにもない…

 だから、常に気が張っている…

 そんな女が、寂しいとか、辛いとか、言っていたら、一気に、自分がダメになるというか…

 自分が、正常で、いられなくなる…

 だから、無意識に自分で自分を守っているというか…

 一人だから、寂しいとか、考えない…

 そういうことかも、しれない…

 そうでなければ、自分の置かれた状況に、不安を感じて、いきなり、婚活にでも、走り出すかも、しれない…

 一人で、生きてゆくのが、辛いからだ…

 が、

 私には、それがない…

 おそらく、私自身が、ネガティブな人間だからかも、しれない…

 容易にひとを信用できない…

 だから、婚活をして、それまで、知らなかった他人と、いっしょに、住むことなど、とても、できない…

 相手が、どんな人間だか、わからないからだ…

 常に警戒する…

 だから、今、スマホのアプリで、婚活をして、あっさりと、結婚する人間の気が知れない…

 それまで、会ったことのない、異性と、たやすく結婚する人間の神経がわからない…

 私などは、昔ながらに、会社や、バイト先で、知り合った異性…

 いわゆる、仕事仲間とか、学生時代の親しい友人でなければ、信用できない…

 そういう人間でなければ、付き合えないし、結婚もできない…

 要するに、私は、簡単にひとを、信用できない人間なのだろう…

 私が、寿綾乃になりすましているから、それを、暴露されるのを、恐れる気持ちもある…

 が、

 それがなくても、おそらく、同じだろう…

 私は、私…

 簡単に変われるものではない…

 元々、一人が好きで、他人といるのが、苦手…

 だから、婚活も、しない…

 一人が、嫌ではなく、むしろ、他人といっしょに、いることで、他人に気を遣うのが、嫌…

 私は、そういう女だ(笑)…

 だから、一人が、性に合っている…

 それゆえ、今の暮らしに満足している…

 正直、将来を思えば、不安が尽きないが、それは、今のところ、極力考えないことに、している…

 なにしろ、癌を、持つ身だ…

 いつまで、生きられるか、わからない…

 だからかも、しれない…

 将来に希望を持てる身でないからかも、しれない…

 私が、そんなことを、考えながら、家の中に入って、奥に、進むと、誰かが、いることが、わかった…

 ひとの気配がしたのだ…

 …まさか? 誰かいる?…

 私は、遅る、遅る、部屋の中を、進んだ…

               
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