第45話

文字数 4,248文字

 伸明の姿が、テレビ画面に映っていた…

 が、

 それは、伸明の顔が、テレビに映されただけ…

 伸明が、テレビに出演しているわけでも、なんでもなかった…

 だから、とっさに、

 …FK興産のこと?…

 と、思った…

 今、FK興産の創業者で、オーナー社長である、藤原ナオキは、留置所の中にいる…

 脱税で逮捕されたためだ…

 ナオキは、諏訪野伸明から、お金を融資してもらっていた…

 それを、税務署に申告しなかったから、脱税で、捕まった…

 が、

 ナオキに、お金を融資した諏訪野伸明は、逮捕されてない…

 これは、どういうこと?

 やはり、五井家当主だから…

 五井だから、守られた?

 五井は、スーパー金持ち…

 日本中に知られた名家…

 だから、この日本の至る所に人脈があるだろう…

 だから、逮捕を見逃された?

 そう、思っていた…

 が、

 今、その伸明が、テレビ画面に映った…

 ということは、やはり、伸明も逮捕されるのか?

 そう、思った…

 ナオキに続けて、逮捕されるのか?

 そう、考えて、聞き耳を立てた…

 いや、

 耳だけではない…

 食べる手を止めて、テレビ画面をしっかり、見つめた…

 テレビ画面を凝視した…

 すると、だ…

 「…五井は、FK興産の株の取得を今、ほのめかしているということですか?…

 と、いう声が、聞こえてきた…

 …株の取得をほのめかしている?…

 意味がわからなかった…

 いや、

 意味は、わかる…

 あのユリコが、教えてくれた…

 要するに、実績作り…

 諏訪野伸明は、五井家の当主になって、日が浅い…

 だが、れっきとした五井家当主…

 だから、当主としての、実績が必要…

 目に見える実績が必要だ…

 それゆえ、伸明と交流のある、ナオキの会社に資金を融資したのを、利用した…

 いくら、ナオキに融資したのか、知らないが、それを、端緒に、FK興産を乗っ取ろうとした…

 そうすれば、FK興産は、五井グループの傘下に入る…

 FK興産は、伸明から、見れば、吹けば飛ぶような、チンケな会社に違いない…

 が、

 それでも、世間に名が知られている…

 社長のナオキが、テレビに出ているからだ…

 ナオキは、週一で、テレビのキャスターをやっている…

 それは、ナオキが、長身のイケメンだから…

 だから、会社が、大きくなり出して、それなりに、世間で知られるようになると、キャスターの仕事が来た…

 長身のイケメンだから、キャスターの仕事が、来た…

 正直、ナオキが、長身のイケメンでなければ、キャスターの仕事など、やって来なかったろう…

 世の中、そんなものだ(笑)…

 一方、ナオキは、ナオキで、自分が、週一でも、テレビでキャスターを務めることで、自分の名前が、世間に広まり、その結果、自分の会社の知名度が上がることを、目当てに、キャスターの仕事を引き受けた…

 つまりは、テレビ局と、ナオキの利益が、互いに合致したわけだ…

 そして、その目論見は、成功した…

 ナオキの顔は、世間に知られ、その結果かどうかは、わからないが、会社も、ドンドン大きくなった…

 ハッキリ言えば、時代の波に乗ったのだろう…

 私は、今では、そう、思う…

 が、

 所詮は、創業二十年程度の会社…

 従業員も、およそ千人程度…

 いわゆるベンチャー企業としては、大きい方かも、しれないが、孫のソフトバンクや、三木谷の楽天から、比べれば、比較にならないくらい小さい…

 が、

 それなりに、成功している…

 社会的な知名度もある…

 会社は、それほど、大きくなくても、ナオキが、テレビのキャスターをしているからだ…

 だから、その藤原ナオキが、経営するFK興産を、五井グループの傘下に入れれば、諏訪野伸明のれっきとした実績作りになる…

 会社は、決して、大きくはないが、知名度もある企業だ…

 それが、五井グループの傘下に入れば、諏訪野伸明の実績作りになる…

 なにより、半年か、ちょっと前に五井家当主に就任した伸明の当主就任に花を添えることが、できる…

 私は、そう、考えた…

 そして、そう考えながら、テレビを見た…

 一言も、聞き逃すまいと、テレビを見た…

 が、

 「…五井は、FK興産の株の取得を今、ほのめかしているということですか?…

 という話の具体的な話の続きはなかった…

 その代わり、

 「…五井が、修正申告に応じたようです…」

 と、いう声が聞こえてきた…

 …修正申告?…

 …どういうこと?…

 私の心の声を代弁するように、

 「…それは、どういうことですか?…」

 と、いう、もう一人のキャスターの声が、聞こえてきた…

 「…要するに税金の追徴課税に応じたということでしょう…色々ありましたからね…」

 と、言った…

 …色々ありましたか?…

 実にうまい表現だ…

 本心では、不正融資で、藤原ナオキが、逮捕されたことに言及しているのだが、それを、口にできないのだろう…

 上から、口留めされているのだろう…

 なにしろ、五井だ…

 テレビ局でも、なんでも、食い込んでいるだろう…

 だから、ハッキリと、五井の名前を口に出来ない…

 いわば、このキャスターの言葉は、皮肉なのだが、これ以上は、口にすることは、できないギリギリのラインに違いない…

 いや、

 むしろ、このキャスターを称賛するべきかも、しれない…

 そんなギリギリの皮肉でも、口にできる人間は、決して、多くはないからだ…

 私は、思った…

 同時に、閃いた…

 …だったら、ナオキは、どうなる?…

 …逮捕されたナオキは、どうなる?…

 …脱税で、逮捕されたナオキは、どうなる?…

 一方は、追徴課税で、済ませ、もう一方は、逮捕された…

 これでは、あまりにも、不公平過ぎる…

 たしかに、諏訪野伸明と藤原ナオキでは、地位が違う…

 社会的な地位が違う…

 それにしても、あんまりではないか?

 私は、思った…

 この国は、民主国家ではなかったのか?

 私は、考えた…

 考えずには、いられなかった…

 すると、このキャスターが、

 「…そういえば、他社でキャスターを務めた方が、逮捕されたと聞きましたが…」

 と、話を振った…

 すると、もう一人のキャスターが、顔色を変えて、絶句した…

 明らかに、

 「…」

 と、絶句した…

 おそらく、それは、禁句…

 事前の打ち合わせになかったやりとりだったに違いない…

 が、

 そんなことも、構わず、そのキャスターは、

 「…彼も、まもなく、出てくると思いますよ…」

 と、平然と言った…

 すると、それまで、絶句していたキャスターも、思わず、その言葉に反応した…

 「…どうして、そんなことが、わかるんですか?…」

 と、言った…

 当たり前のことだ…

 「…整合性ですよ…」

 「…整合性?…」

 「…同じ事件で、一方が、追徴課税で、済んで、もう一方が、逮捕では、つり合いが、取れないでしょ?…」

 「…それは…」

 「…だから、すぐに、留置所から、出てくると、思いますよ…おそらく、保釈金を積んで、追徴課税を払って、シャバに出てくると思いますよ…」

 キャスターが、したり顔で、言ってのけた…

 私は、驚いた…

 よもや、そんな展開は、考えたことも、なかったからだ…

 藤原ナオキは、逮捕された…

 が、

 だからと、いって、自分は、どうして、いいか、わからなかった…

 とりたてて、自分にできることは、なにもなかった…

 せいぜいが、留置所にいる、ナオキに面会に行くことだったが、ナオキには、悪いが、最近、体調が、よろしくなかった…

 だから、ナオキに、面会にも、行かなかった…

 が、

 どうしても、面会に行けないほど、体調が、悪いかと、問われれば、それほどでもない…

 現に、今日の昼間、五井記念病院に、行ったではないか?

 我ながら、そう、気付いた…

 だったら、なぜ?

 自分自身に、問うた…

 やはり、それは、私が、冷たい女だから?

 ふと、気付いた…

 もっと、情に厚い女なら、多少、自分の体調が悪くても、なにを置いても、留置場にいる、ナオキに会いに行くはずだ…

 それとも?

 それとも、これは、甘え?

 自分自身に対する甘え?

 今さら、私が、ナオキに会いに行っても、ナオキが、喜ぶはずがない…

 そう、思っていたから、行かなかった?

 そうも、思った…

 なぜなら、私とナオキは、もう十五年近く、付き合っている…

 初めて、ナオキと出会ったときは、私は、まだ女子高生だった…

 そんな長い付き合いだから、互いに、相手のことが、よくわかっている…

 相手が、なにを考え、どうすれば、喜ぶか?

 どうすれば、悲しむか?

 よく、わかっている…

 私が、留置所に、ナオキに面会に、行っても、ナオキは、さして、喜ばなかったろう…

 むしろ、

 「…綾乃さん…カラダは、大丈夫?…」

 と、気遣って、くれるだろう…

 藤原ナオキとは、そういう男だ…

 私にとって、藤原ナオキとは、そういう男だ…

 なにより、私のことを、優先してくれる男だ…

 それが、わかっているからこそ、私は、留置所にいる、ナオキに、面会に行かなかった…

 が、

 これは、甘え?

 それとも、これは、私の一方的な思い込み?

 ナオキは、やっぱり、留置所に面会に来て欲しかった?

 そうも、思った…

 きっと、留置所に入れられれば、心細いに決まっているからだ…

 だから、やっぱり、私は、面会に行くべきだった?…

 私は、そう考えた…

 すると、それまでの自分の考えが、すべて、自己弁護のように、感じて、嫌になった…

 自分が、どうして、ナオキに面会に行かなかったのか?

 その理由を、オンパレードに、グズグズ言っている…

 そう、思ったからだ…

 それに、気付くと、我ながら、落ち込んだ…

 …嫌な女!…

 我ながら、自分のことを、そう、思った…

 自分で、自分を、そう、思った…

 何事も、自分優先で、考える、嫌な女…

 そう、思った…

 そして、なにより、そんな女を、普段から、自分が、一番毛嫌いしているじゃないか?

 そう、思った…

 それが今、自分が、そうなっている…

 自分自身が、そうなっている…

 それに、気付くと、自分自身に落胆した…

 自分が、一番毛嫌いしている、人間に、自分自身が、なっている…

 その現実に、気付いたからだ…

 だから、その現実に、気付くと、すでに、手元の箸が、止まった…

 あんなにも、お腹が空いていたにも、かかわらず、手元の箸が、止まった…

 つけっぱなしにしているテレビの音も、耳に入らなかった…

 私は、ただ、自己嫌悪の中にいた…

 ただただ、自分の中で、自分を許せなかった…

               
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