第59話

文字数 3,665文字

 すべて、お見通し…

 見抜いていた…

 私は、思った…

 私は、考えた…

 そして、ふと、気付くと、長谷川センセイの背後に立っていた、長井さんが、ビックリした様子で、私と長谷川センセイを見ていた…

 まさに、驚愕した表情で、私と長谷川センセイを見ていた…

 当たり前だ…

 当たり前だった…

 長谷川センセイの背後に立つ、長井さんが、驚いた顔で、私と長谷川センセイを交互に見ていた…

 まさか…

 まさか、今、テレビやネットで、話題の諏訪野伸明や、藤原ナオキの話を、私や長谷川センセイがしているとは、思わなかったに違いない…

 まさか、脱税で逮捕された藤原ナオキや、ナオキに金を貸して、追徴課税で、済んだ、諏訪野伸明のことを、話しているとは、夢にも、思わなかったに違いない…

 だから、驚いた…

 だから、驚愕した…

 そういうことだった…

 そして、私が、長井さんを見る視線に、長谷川センセイも、気付いた…

 私が、ジッと、長井さんを見ていることに、気付いた…

 そして、それに、気付くと、長谷川センセイも、長井さんを、振り返って、

 「…長井さん…申し訳ないが、このことは、内密に…」

 と、苦笑いを、浮かべながら、頼んだ…

 長井さんは、ビックリしたままだ…

 「…頼むよ…」

 と、長谷川センセイが、両手で、長井さんを拝むような仕草をして、懇願した…

 だから、余計に、緊張したのか、

 「…ハイ…」

 と、長井さんが、ぎこちなく、返答した…

 まさか、勤務医の長谷川センセイが、研修中の看護師の自分に、そんな仕草をするとは、夢に、思わなかっただろう…

 動揺しているのは、明らかだった…

 まさか、今、世間で、話題になっている、五井家の当主と、テレビのキャスターの藤原ナオキのことを、私と長谷川センセイが、話題にしているとは、夢にも、思わなかったのだろう…

 当たり前のことだ…

 私が、長井さんの立場でも、驚愕する…

 まさか、自分の目の前で、当たり前のように、今、テレビやネットで、話題になっている人物のことを、身近に話しているとは、誰も思わないからだ…

 そして、私が、そんなことを、考えていると、長谷川センセイが、長井さんを振り返って、見るのを、止めて、私に、向き直った…

 それから、真剣な表情で、

 「…それで、寿さん…ボクに、どうして、欲しいと…」

 と、直球で、聞いてきた…

 私は、それを、聞いて、一瞬、どう返答しようか、悩んだ…

 が、

 悩んでも、仕方が、ない…

 隠しても、仕方がない…

 ここは、正面突破…

 正攻法に限ると、考えた…

 だから、

 「…いえ、実は…」

 と、言って、言葉を切った…

 相手の関心を引くためだ…

 わざと、言葉を切った…

 「…実は、なんですか?…」

 長谷川センセイが、じれったそうに、私を促す。

 私は、内心、しめしめと、思った…

 思いながら、

 「…実は、その諏訪野さん…五井家当主の諏訪野伸明さん、なんですが、噂では、この五井記念病院に、身を隠していると聞いて…」

 と、言った…

 実に、意味深に言った…

 「…諏訪野さんが、この病院に?…」

 長谷川センセイが、驚愕した…

 「…ウソ?…」

 「…いえ、ホントです…」

 私は、断言した…

 すると、

 「…寿さん…どこから、その情報を…」

 と、聞いてきた…

 当たり前のことだ…

 が、

 さすがに、それに答えるわけには、いかなかった…

 だから、

 「…情報源は、秘密です…」

 と、笑って言った…

 「…秘密?…」

 「…これは、裁判でも、認められてます…マスコミが、誰から、その情報を得たか?
言わなくていい…情報源を開示しなくていいと…」

 と、言って、笑った…

 「…もっとも、それは、マスコミについて、言ったことです…私は、マスコミの人間でも、なんでも、ありませんが…」

 と、付け足して、笑った…

 わざと、笑いを取った…

 が、

 目の前の長谷川センセイは、笑わなかった…

 当たり前だが、笑わなかった…

 その代わりに、驚いていた…

 驚愕していた…

 「…諏訪野さんが、この病院に?…」

 と、呟いて、絶句していた…

 「…まさか…そんな…」

 と、言って、絶句していた…
 
 「…いや、たしかに、言われてみれば、わかる…いや、その可能性は、高い…政治家でも、なんでも、都合が悪くなると、病院に入院して、雲隠れする連中が多い…それに、ここは、五井記念病院…五井家の当主の諏訪野さんが、隠れるには、好都合…絶好の場所だ…たとえ、諏訪野さんが、この病院に隠れていても、これだけの大病院だから、どこに隠れているか、探すのも、容易じゃない…」

 長谷川センセイが、ブツブツと、独り言を呟く…

 「…そうか…そうだったんだ…

 長谷川センセイが、合点がいったようだ…

 私が言ったことを、咀嚼して、考えたのだろう…

 咀嚼して、ホントのことか、ウソか、考えたのだろう…

 そして、その結果、

 …あり得る!…

 と、判断した…

 …その可能性は高い!…

 と、判断した…

 そういうことだ…

 私は、思った…

 私は、考えた…

 そして、そう、考えていると、

 「…それで、ボクに、どうしろと?…」

 長谷川センセイが、聞いてきた…

 「…諏訪野さんが、この病院のどこに、いるか、探って欲しいとでも?…」

 ずばり、長谷川センセイが、私の思った通りのことを、口にした…

 ずばり、的を得た回答だった…

 が、

 やはりと、いうか…

 どう、返答して、いいか、わからない…

 だから、少し、考えて、黙って、頷いた…

 ただ、黙ったまま、首をコクンと、縦に振って頷いた…

 すぐに、

 「…その通りです…」

 と、いうのは、躊躇われたからだ…

 子供では、ないのだから、

 「…お嬢ちゃん…このチョコレート欲しい?…」

 と、大人に聞かれて、

 「…うん…欲しい…」

 と、すぐに、答えるわけには、いかない…

 それは、子供だから、できること…
 
 大人になれば、いかに、欲しくても、すぐに、

 「…欲しい…」

 とは、言えない…

 正直、メンツもある…

 メンツ=プライドもあるからだ…

 これは、子供だから、チョコレートをたとえに、挙げたが、大人では、たとえば、彼氏や彼女を例に挙げるとしよう…

 すると、どうだ?

 イケメンや美人の異性に、

 「…オマエ…オレと付き合いたいか?…」

 とか、

 「…アナタ…アタシと付き合いたいの?…」

 と、直球で、聞かれて、すぐに、

 「…ハイ…」

 とは、なかなか、言えない(苦笑)…

 メンツがあるからだ…

 メンツ=プライドがあるからだ…

 だから、すぐには、答えない…

 たとえ、心の底では、付き合いたくても、すぐには、返事をしない…

 それと、同じだ…

 今の私は、それと、同じだ…

 そして、そんな私の態度を見て、長谷川センセイは、

 「…そうですか?…」

 と、ゆっくりと、言った…

 それから、

 「…そうですよね?…」

 と、自分自身を納得させるように、繰り返した…

 「…寿さんの立場なら、そう…そう、考えるに決まっている…」

 長谷川センセイは、一人ブツブツ、呟く…

 私は、そんな長谷川センセイを、黙って、見ていた…

 「…」

 と、無言で、見ていた…

 すると、

 「…いいですよ…」

 と、あっさりと、言った…

 「…ボクにできることなら、力になりますよ…」

 長谷川センセイが、約束してくれた…

 私は、

 「…ホントに、よろしいのですか?…」

 と、聞いた…

 いや、

 聞かずには、いられなかった…

 が、

 その返答は、

 「…当たり前じゃないですか?…」

 と、あっさりしたものだった…

 「…当たり前? …どうして、当たり前なんですか?…」

 「…寿さんの頼みですよ…美人の寿さんの頼みですよ…断れるわけないじゃ、ないですか?…」

 長谷川センセイが、笑って言う…

 が、

 私は、それが、ジョークだと、わかった…

 ジョーク=本心から、言っていることでは、ないと、わかった…

 おそらく本音は、諏訪野伸明に会いたいのだろう…

 伸明に、接して、みたいのだろう…

 なんといっても、この長谷川センセイは、五井西家の血を引いている…

 五井西家の傍流の傍流だが、血を引いている…

 だから、伸明に興味がある…

 それに、尽きる…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…プッ!…」

 と、吹き出す声が聞こえた…

 私は、驚いて、声のした方を見た…

 長井さんだった…

 声の主は、長井さんだった…

 同時に、長谷川センセイも、振り返って、長井さんを見た…

 そして、私と長谷川センセイが、長井さんを見ているのが、わかると、当然のことながら、長井さんが、慌てた…

 だから、とっさに、言い訳するように、

 「…だって、長谷川センセイ…寿さんのファンだから、そんな安請け合いして…」

 と、笑って言った…

 「…安請け合い?…」

 「…だって、寿さんの言う通りだったら、そんなに簡単に、五井家の当主が、いる部屋が、どこか、わかるはず、ないでしょ? こんなに、大きな病院なんだから…」

 長井さんが、答える…

 言われてみれば、その通り…

 その通りだった…

              
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