第70話

文字数 3,554文字

 目が覚めたのは、それから、かなりの時間が経ってからだった…

 気が付くと、私は、ベッドに横たわったままだった…

 私は、独りぼっち…

 周囲には、誰もいなかった…

 それから、すぐに、自分の置かれた状況を思い出した…

 長谷川センセイに、言われ、伸明に、会いに来たことを、思い出した…

 それを、思い出すと、私は、慌てて、ベッドから、飛び起きた…

 むろん、飛び起きるというのは、おおげさな表現…

急いで、ベッドから降りたというのが、正しい…

 途端に、少し、フラフラしたが、問題は、ない…

 それから、窓に目をやると、辺りは、まだ暗くなってなかった…

 だから、まだ、それほど、時間が経ってないことが、わかった…

 自宅では、この五井記念病院から、帰ってきて、ベッドに横になった途端、寝込んでしまい、起きたら、夜になっていたことがあった(苦笑)…

 だから、それを、思えば、今日は、まだ、マシ…

 辺りは、まだ暗くなっていないからだ…

 まだ、昼間のままだからだ…

 だから、マシだった(苦笑)…

 そして、私は、ベッドから起き上がると、真っ先に、伸明の姿を探した…

 当然、同じ部屋にいると、思っているからだ…

 なにしろ、この病室は、伸明が、隠れ場所に使っている場所…

 今のオーナーというか、部屋の主は、伸明だからだ…

 だから、すぐに、伸明を探した…

 長谷川センセイでは、ない…

 伸明を探した…

 私が眠って、すでに何時間も経っている…

 だから、当たり前だが、長谷川センセイは、すでにいないと、思っているからだ…

 伸明の元には、いない…

 すでに、この部屋を去ったと、思ったからだ…

 私は、急いで、部屋の中を探したが、伸明は、いなかった…

 影も形もなかった…

 だから、混乱した…

 一瞬だが、混乱した…

 まるで、夢?

 白昼夢を見ているようだった…

 なぜなら、さっきまで、たしかに、ここにいた、伸明も、長谷川センセイも、いたからだ…

 それが、二人とも、いない…

 だから、まるで、夢を見ているようだった…

 いや、

 夢ではない…

 周囲を見て、そう、思った…

 たしかに、ここは、五井記念病院の一室…

 病室だ…

 部屋を見れば、わかる…

 だから、夢ではない…

 ただ、伸明と、長谷川センセイの姿がないだけ…

 ただ、それだけだ…

 私は、思った…

 私は、考えた…

 が、

 途方に暮れた…

 この病室に、一人だけ、取り残されて、途方に暮れた…

 私は、ここで、なにをすれば、いいのか、わからない…

 だから、途方に暮れた…

 そして、考えた…

 私にできること…

 このまま、伸明が、戻ってくるまで、待つか?

 それとも、ここから帰るか?

 その二択…

 その二択しかない…

 だったら、どうする?

 帰る?

 帰らない?

 それを悩んだ…

 どっちにすれば、いいのか?

 悩んだ…

 そして、どっちにすれば、いいのか、悩んでいると、

 「…寿さん?…」

 と、いう声が聞こえた…

 私は、慌てて、声のする方を振り返った…

 と、そこには、マミさんの姿があった…

 伸明の義理の妹のマミさんの姿があった…

 「…やっぱり、来たのね…」

 マミさんが、告げる…

 その口調は、諦めというか…

 いや、

 諦めではない…

 やっぱりというのは、ずばり予想通りということ…

 「…来ては、ダメ!…」

 「…これ以上、五井と関わってはダメ!…」

 「…寿さんが不幸になる…」

 と、以前、マミさんは、私に警告した…

 その警告を無視して、やって来た…

 その

「…やっぱり…」

だった…

 私は、マミさんに、そう言われると、なんと、答えていいか、わからなかった…

 だから、黙った…

 すぐには、答えなかった…

 いや、

 答えられなかったと、いってもよい…

 ただ、黙って、マミさんを見た…

 マミさんも、私を見た…

 互いに、無言で、見つめ合った…

 それは、まるで、恋人同士?

 いや、

 宿敵同士?

 いや、

 それとも、違う…

 ただ、互いに、いたたまれなかった…

 一方は、警告をし、もう一方は、警告を無視した者…

 そんな関係が、嫌だった…

 だから、互いに、無言で、見つめ合った…

 長い沈黙の時間だった…

 が、

 さすがに、いつまでも、互いに無言のままでは、いられない…

 マミさんが、再び、口を開いた…

 が、

 なにを言っているのか、わからない…

 そして、私もまたマミさんに、呼応するように、なにか、言った…

 が、

 自分でも、なにを、言っているのか、わからなかった…

 こんなバカなと、思った…

 自分で、自分が、なにを言っているのか?

 わからないなんて…

 そんなバカな話は、ない…

 私は、混乱した…

 文字通り、混乱した…

 頭が、おかしくなった…

 …なにか、変!…

 …なにか、おかしい!…

 …絶対、おかしい!…

 私は、心の中で、思った…

 心の中で、叫んだ…

 が、

 そこまで…

 そこまでだった…

 途端に目が覚めた…

 目が覚めると、目の前に伸明の顔があった…

 実に、心配そうに、私を見ている伸明の顔があった…

 …夢?…

 …今のは、夢だった?…

 と、気付いた…

 そして、目の前の伸明を見た…

 私を心配そうに、見ている伸明を見た…

 が、

 なんて、言葉をかけて、いいのか、わからなかった…

 これまで、こんなシチュエーションはなかった…

 それが、大きい…

 だから、なんと、言っていいか、わからなかった…

 そして、それは、伸明も同じだったようだ…

 ジッと、私を見るだけで、なんとも、言わなかった…

 言葉が、見つからない様子だった…

 だから、私から、言った…

 「…スイマセン…」

 と、言った…

 そうすれば、伸明も、反応する…

 なにか、言うと、思ったからだ…

 案の定、伸明は、

 「…寿さんが、謝ることじゃない…」

 と、言った…

 「…むしろ、体調が、悪いにも、かかわらず、無理をさせて、すみませんでした…」

 と、私に詫びた…

 これでは、私は、どうして、いいか、わかなかった…

 なんと、返答して、いいか、わからなかった…

 私は、今、本来、伸明が寝る、であろうベッドに寝ている…

 いわば、伸明のものを、勝手に使っているのだ…

 本来、ここに寝るべきは、伸明にも、かかわらず、だ…

 にも、かかわらず、伸明のこの対応…

 ひとが、良すぎるというか…

 まさに、お坊ちゃま…

 生粋のお坊ちゃまだった…

 だから、それを、思うと、思わず、

 「…プッ!…」

 と、吹き出した…

 笑うところではないにも、かかわらず、つい、

 「…プッ!…」

 と、吹き出してしまった…

 「…なにが、おかしいんですか?…」

 と、伸明が、不思議そうに、聞く…

 「…だって、伸明さん…ここは、伸明さんの、病室ですよ…だから、ここに、寝るのは、伸明さんのはず…それを、私が、使っているにもかかわらず、スイマセンと、謝るなんて…」

 私が、笑って言うと、

 「…たしかに、その通りかも、しれない…」

 と、伸明が、苦笑する…

 「…でしょ?…」

 私は、言って、ベッドから、カラダを起こした…

 と、

 そのときに、危うく、伸明と顔がぶつかりそうに、なった…

 これは、想定外…

 実に、想定外だった…

 互いに、紙一重の差で、ぶつかるのを、避けた…

 それから、互いに、

 「…スイマセン…」

 と、詫びた…

 小さな声で、詫びた…

 詫びながらも、伸明と、こんな近い距離で、顔を合わせたのは、以前、伸明とキスをした以来だと、思った…

 以前、伸明とキスをしたのは、亡くなった建造の墓の前…

 前五井家当主、建造の墓の前だった…

 なぜ、墓の前で、伸明と、私が、キスをしたか?

 それは、伸明が、建造に、報告したかったからだ…

 私、寿綾乃と、キスをしているところを、亡くなった建造に見せたかったからだ…

 伸明は、建造を好いていた…

 伸明は、建造に、感謝していた…

 建造と、血が繋がってないにも、かかわらず、自分を次期当主に推してくれる建造に、心の底から、感謝していた…

 そして、そのときは、気付かなかったが、きっと、あのとき、伸明は、私、寿綾乃を、建造の娘だと、思っていたに違いない…

 本物の寿綾乃は、建造の娘…

 建造の血が繋がった実の娘だった…

 本物の寿綾乃の母である、私の叔母が、建造と、熱愛していたのだ…

 だから、伸明は、私を建造の娘だと、信じていた…

 それゆえ、あのとき、建造の墓の前で、私とキスをしたのは、建造に、娘の寿綾乃は、自分が、しっかりと、護るとでも、言いたかったのだ…

 自分が、建造の娘と、結婚することを、報告したかったのだ…

 そんなことに、今さらながら、気付いた…

 あのとき、伸明が、なにを、考えていたのか、今さらながら、気付いた…

 そして、そんなことに、気付くとは、我ながら、バカ…

 救いようのない、バカだと、気付いた(苦笑)…

               
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み