第22話

文字数 4,147文字

「…どうして、私が…」

 と、言った…

 つい、言ってしまった…

 「…伸明さんは、藤原さんに、遠慮しているのよ…」

 「…遠慮?…」

 「…そう、藤原さんを、気遣っている…伸明さんと、藤原さんが、ウマが合うのは、寿さんも、知っているでしょ?…」

 「…ハイ…」

 「…だから、余計に、藤原さんに、遠慮しているんだと、思う…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…寿さんを、手に入れることは、藤原さんに、すまないという気持ちになるんだと思う…」

 「…すまない?…」

 「…仲の良い友人の奥さんや恋人を盗ることは、できないでしょ?…」

 「…」

 「…だから、伸明さんも、躊躇っているんだと思う…」

 …そんな…

 …そんなバカな?…

 私は、つい、うっかり、声に出しそうになった…

 まさか、伸明が、そんなふうに、考えていたなんて…

 思いもしなかった…

 「…二人とも、今の言葉で言えば、陰キャラ…伸明さんも、見た目は、いいけど、中身は、オタクに近い…」

 「…オタク…ですか?…」

 これも、意外…

 実に、意外だった…

 「…伸明さんは、ああ見えて、人間関係が、下手なの…そして、それは、たぶん、藤原さんも、いっしょでしょ?…」

 「…それは…」

 「…だから、藤原さんは、寿さんを、大事にする…寿さんは、頼れるから…」

 マミさんが、笑った…

 「…そして、もしかしたら、伸明さんが、寿さんに惹かれるのも、藤原さんと、同じかも、しれない…」

 「…どう、同じなんですか?…」

 「…伸明さん、ああ見えて、優柔不断なの…見た目は、藤原さん同様、長身のイケメンなのに、重要なことで、決断できない…つまり、弱い男…」

 「…」

 「…だから、自分が、弱いから、強い女に惹かれる…たぶん、そういうこと…」

 「…」

 「…でも、それでいい…」

 「…なにが、いいんですか?…」

 「…弱い男が、弱い女と、結婚すれば、この世の中、生きてゆくのが、難しいし、真逆に、強い男と強い女が、結婚すれば、互いに譲らず、衝突して、破局する…」

 マミさんが、笑いながら、言った…

 私もマミの言葉に、同感…

 同感だった…

 男と女…

 互いが、弱くても、強くても、ダメ…

 二人が、弱ければ、この世の中、生きてゆくのが、しんどいし、真逆に、二人が、強ければ、いずれ、ぶつかる…

 強い=自己主張が、強いだからだ(笑)…

 だから、折れない…

 どんなときでも、自分の意見を優先する…

 男と女が、出会って、最初の頃、互いに愛し合っているときは、いい…

 が、

 そんな時間は、すぐに、過ぎる(笑)…

 後は、生活…

 生活=いっしょに、過ごすことだ…

 いっしょに、過ごすときに、常に相手の意見に従うことは、できない…

 とりわけ、気の強い人間は、そう…

 ところが、大半は、気の強い女は、気が強い男が、好き…

 弱い男が、嫌い…

 自分が、強いから、余計に、弱い男が、嫌いなのだ…

 これは、わかるが、それでは、強い男といれば、常に相手の男を優先することになる…

 最初は、それでもいいが、元々、気が強い女が、いつまでも、相手の風下に立つことは、できない…

 俺様気質だからだ(笑)…

 自分が、一番でなければ、すまないからだ(笑)…

 すると、男も女も、互いに、俺様気質となる…

 だから、ぶつかる…

 だから、けんかになる…

 当たり前のことだ(爆笑)…

 だから、理想は、どちらかが、強いこと…

 男が、弱ければ、女は、強い…

 真逆に、

 女が、弱ければ、男は強い…

 それで、バランスが、取れる…

 それは、もちろん、常に相手の風下に立つことではないが、二人が、いつも、

 「…オレが、オレが…」

 「…アタシが、アタシが…」

 では、うまくゆくはずが、ないからだ(笑)…

 当たり前のことだ…

 私が、そんなことを、思っていると、諏訪野マミが、

 「…だから、伸明さんは、和子叔母様を頼る…」

 と、笑いながら、言った…

 「…伸明さんは、弱いから、強い和子叔母様を頼る…」

 マミが、続ける…

 「…そして、和子叔母さまは、寿さんが、好き…だから、なんの障害もない…」

 マミさんが、笑った…

 まとめたというか…

 私は、なんといっていいか、わからなかった…

 まさか、

 「…そうだったんですか?…」

 と、相槌は打てないからだ…

 だから、困った…

 反応に、困った…

 だから、

 「…」

 と、黙った…

 「…」

 と、なにも、言わなかった…

 すると、マミが、

 「…でも、おかしいわね…」

 と、電話の向こう側から、続けた…

 「…なにが、おかしいんですか?…」

 「…伸明さんよ…」

 「…伸明さんのなにが、おかしいんですか?…」

 「…だって、伸明さんのお母様も、気が強かったでしょ?…」

 マミが笑いながら、言った…

 伸明の実母、諏訪野昭子…

 和子の一卵性双生児の姉…

 見た目は、ほぼ同じ…

 その二人の姉妹が、五井本家の建造、義春兄弟に嫁いだ…

 私は、最初、意味が、わからなかった…

 昭子、和子の一卵性姉妹が、なぜ、五井本家の建造、義春兄弟に嫁いだのか?

 意味が、わからなかった…

 が、

 後になって、それは、和子が、姉の昭子を監視するために、五井本家に嫁いだことが、わかった…

 伸明の実母である、昭子は、奔放…

 男関係にだらしなかった(苦笑)…

 建造と結婚したときに、すでに、お腹の中に、伸明を身籠っていた…

 だから、伸明は、建造の子供ではない…

 そんな奔放な昭子だったが、同時に有能な人物でも、あった…

 だから、余計に、昭子の両親は、昭子の言動を恐れた…

 昭子が自由奔放に生きれば、五井家の将来が、心配になるからだ…

 だから、妹の和子を、当主の建造の弟の義春と結婚させた…

 弟の義春と、結婚させることで、五井本家に近付き、昭子を、監視することが、できるからだ…

 昭子は、両親から、

 「…これ以上、身勝手な行動をするな!…」

 と、怒られた…

結果、奔放さは、影を潜め、以後、公の場に出ることは、なかった…

 公の場には、和子が出た…

 だから、それを知らないものは、五井家の女帝を昭子だと、思っていた…

 当たり前のことだ…

 また、昭子を知っている者の中にも、誤解する者もいた…

 姿形が、瓜二つだからだ…

 これは、一卵性双生児だから、当たり前といえば、当たり前だった…

 そして、昭子が、以前の奔放さが、なくなった原因の一つに、建造の存在があった…

 建造は、自分と血が繋がってないと知っているにも、関わらず、伸明を溺愛し、当主の座も、伸明に譲った…

 血の繋がった伸明の弟の実子の秀樹がいるにも、関わらずに、だ…

 にもかかわらず、血の繋がってない、伸明を後継者とした…

 この決定を昭子は、喜んだに違いない…

 普通は、できないことだからだ…

 自分の血が繋がった息子ではなく、血が繋がってない他人を、後継者にすることは、なかなか、できることではない…

 が、

 建造には、理由があった…

 秀樹は、能力はあるが、狡猾で、上昇志向が強い男だった…

 それが、嫌だったのだ…

 建造にとって、実子である、秀樹のそんな性格は、まるで、自分の嫌な部分を見せられたようなものだった…

 まるで、自分の嫌な部分を、持った分身を見る思いだったのだ…

 誰もが、嫌な部分はある…

 そして、大抵は、自分でも、それが、わかっている…

 だが、自分の血が繋がった息子が、自分の嫌な部分と同じ部分を持っていれば、それを、見るものは、堪らない…

 堪らなく、嫌だ…

 だから、伸明を後継者とした…

 自分と血が繋がらない伸明を、後継者とした…

 私は今、マミさんと話しながら、そんなことを、思い出していた…

 すると、

 「…寿さんは、強い…」

 と、電話の向こう側から、マミさんが、言ってきた…

 「…私が、強い?…」

 「…だって、癌にかかっているにも、かかわらず、誰にも、告げなかったでしょ? …自分一人で、抱え込んでいたでしょ?…」

 「…それは…」

 「…もちろん、寿さんにも、事情があるでしょうけど…」

 マミが、笑った…

 そして、それは、たぶん、私が、なりすましであることを、知っている、ことだと、思った…

 この諏訪野マミも、知っていると思った…

 だが、あえて、それに言及せず、匂わした…

 そういうことだろう…

 私は、思った…

 同時に、吹っ切れたというか…

 このマミに、遠慮がなくなったというか…

 だから、

 「…伸明さんは?…」

 と、言った…

 「…伸明さんは、今どこに?…」

 と、聞いた…

 すると、マミが、すかさず、

 「…雲隠れしている…」

 と、答えた…

 「…藤原さんと、いっしょよね…」

 と、言って、笑った…

 私は、それを、聞いて、ピンと、来た…

 もしかしたら?

 もしかしたら、今、このマミは、諏訪野伸明の居所を私が、知っているんじゃないか?

 そう、思って、私の元へ、電話をかけてきた?

 ひょっとしたら、それが、真相なのではないか?

 そう、気付いた…

 考えてみれば、伸明が、身を隠すのは、当たり前だ…

 藤原ナオキが、五井家から、融資を受けた…

 それが、今、テレビで、嫌というほど、流れている…

 当然、マスコミの矛先は、五井にも、向かうだろう…

 いや、

 五井の力で、マスコミの動きを抑えることは、できるかも、しれない…

 現に、今、話題になっているのは、ナオキのみ…

 融資を受けたナオキのみだ…

 融資をした、五井は、話題にならない…

 そして、もしかしたら、この先も、五井のことは、話題にならない可能性が、高い…

 五井の力で、マスコミの動きを抑えることが、できるからだ…

 これは、旧ジャニーズの構図とまったく、同じ…

 ホントは、誰もが、わかっていても、マスコミは、真実を書くことが、できない…

 それと同じだ…

 私が、そんなことを、思っていると、マミが、電話の向こう側から、

 「…だから、伸明さんは、気が弱いの…」

 と、笑った…

 「…気が弱い?…」

 「…肝心のときに、雲隠れしているでしょ? それで、和子叔母さまが、激怒して…」

 マミが、意外な名前を出した…

 ここで、諏訪野和子の名前が出るとは、思わなかった…

 五井の女帝の名前が出るとは、思わなかった…

 実に、意外な展開になった…

 予想外の展開になった…

               

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