第54話

文字数 4,304文字

 結局、長谷川センセイしか、いない…

 その事実に、気付いた…

 今さらだが、長谷川センセイしか、いない事実に、気付いた…

 では、どうすればいいか?

 どう、長谷川センセイに接触すれば、いいか?

 考えた…

 当たり前だが、私は、長谷川センセイと個人的に、付き合いはない…

 ただの担当医…

 五井記念病院における、私の担当医に過ぎない…

 だから、普通に、考えれば、病院に診察に行き、長谷川センセイに、接触するしか、ない…

 そう、思った…

 それ以外に、方法は、ない…

 だから、そう、気付くと、私は、それを、実践することにした…

 さすがに、思って、すぐに、行動することは、できない…

 まだ、昨日、五井記念病院から、帰ってきたばかりだ…

 五井記念病院に検診に行ったばかりだ…

 だから、数日、日を空けなければ、おかしい…

 日を置かなければ、不自然だ…

 昨日、検診に行って、明日、また検診に行けば、

 「…そんなに、体調が、悪いんですか?…」

 と、聞かれることになる…

 しかしながら、そんなに体調は、悪くない(笑)…

 あくまで、長谷川センセイに会うための口実…

 口実に、過ぎないからだ…


 だから、結局、長谷川センセイに会うために、五井記念病院を、訪れたのは、翌週だった…

 翌週の同じ曜日だった…

 なぜなら、長谷川センセイが、いつ五井記念病院に勤務しているのか?

 それを、考えたからだ…

 誰でも、そうだが、それなりの病院で、毎日、医師が勤務することは、あまりない…

 例えば、ある医師は、毎週、月曜日と、木曜日が、勤務日とか…

 そういう具合だ…

 そして、そのセンセイが、では、月曜日と、木曜日以外、なにをしているのか?

 と、問えば、大抵は、別の病院に勤務している場合が、多い…

 つまりは、アルバイトやパートをかけもちするようなもの…

 A病院と、B病院、さらには、C病院と、かけもちする医師が多い…

 自分が、オーナーの開業医ではないのだから、それも、当たり前かも、しれない…

 勤務医だから、当たり前かも、しれない…

 いずれにしろ、それに、気付いた私は、先週、五井記念病院を訪れた曜日と同じ曜日に、五井記念病院に顔を出した…

 あるいは、事前に、五井記念病院に電話をかけて、

 「…長谷川センセイの勤務日は、いつですか?…」

 と、聞けば、良いだけかも、しれない…

 が、

 それを、するのは、はばかられた…

 電話を受けたオペレーターの方から、

 「…一体、どんな御用事ですか?…」

 と、聞かれれば、返答に困るからだ…

 まさか、本当のことを、言うことは、できない…

 「…五井記念病院のどこかに、五井家当主の諏訪野伸明が、身を隠しているはずだから、その居場所を、長谷川センセイに教えてもらいたいから…」

 なんて、言えるはずがないからだ(笑)…

 だから、悩んだ末に、直接、長谷川センセイに会うことにした…

 検診の名目で、長谷川センセイに会い、わざと、二人きりになって、

 「…実は…」

 と、言って、伸明の居場所を聞き出し、さらには、その日は、無理でも、後日、長谷川センセイに、同行してもらおうと、考えた…

 なぜなら、私一人では、五井記念病院のどこの病室に伸明が隠れているか、わかっても、会えるかどうか、わからないからだ…

 具体的には、病院の関係者以外、立ち入り禁止とか、そういう可能性も高い…

 なにより、VIPの病室にいるに違いない…

 そんなVIPの病室に、誰もが、簡単に近寄れるとは、思えない…

 それが、当たり前だ…

 そして、そんなことが、簡単にできれば、例えば、汚職の嫌疑で、告発された政治家が、病院に逃げ込むはずがない…

 これも当たり前だが、汚職の嫌疑で、告発された政治家が、逃げ込むのは、大きな病院が、多い…

 街の小さな個人医院では、隠れることが、できないからだ…

 どこに、いるのか、すぐにわかってしまう(爆笑)…

 それが、大きな病院ならば、大きなマンションのようなもの…

 部屋数が、あまりにも、多いので、例えば、どこに隠れているか、マスコミの人間が、患者を装って、病院に侵入しても、結局、どこの病室にいるか、わからない…

 あるいは、どこの病室にいるか、見当は、ついても、その病室に行くことは、できない…

 大帝が、VIPの病室だから、関係者以外、出入りできないことになっているからだ…

 いわゆるセキュリティーが、堅固になっているからだ…

 だから、汚職の疑いをかけられた政治家は、大きな病院に身を隠す…

 その方が安全だからだ…

 そして、それは、伸明も同じ…

 同じだ…

 ナオキにお金を貸した件で、脱税を疑られたゆえに、五井記念病院に身を隠した…

 なぜなら、お金を借りたナオキは、脱税の疑いで、逮捕されたからだ…

 だから、当然、お金を貸した伸明は、どうして、逮捕されないのか?

 世間で、話題になる…

 それを、避けるために、伸明は、五井記念病院に身を隠したのだろう…

 なにより、伸明は、五井家当主…

 五井系列の病院に身を隠すのは、造作もないことだからだ…

 だから、五井記念病院に身を隠した…

 そういうことだ…

 が、

 マスコミは、伸明を追うことは、なかった…

 なぜなら、それは、五井家当主だから…

 五井系列の企業は、マスコミにも、食い込んでいる…

 だから、わかっていても、後追いすることは、できない…

 ならば、なぜ、伸明は、身を隠したか?

 それは、おそらく、万が一を考えてのことだろう…

 マスコミは動かないと、思うが、安心はできない…

 まして、今の世の中だ…

 ユーチューバーが、突撃してくる事態も想定できる(苦笑)…

 だから、そんな色々な場面を想定すれば、何事もなくても、大事をとって、五井記念病衣に入院して、身を隠すのが、一番、だからだ…

 私は、そう、思った…

 私は、そう、考えた…

 
 そして、当日、長谷川センセイに会うために、五井記念病院を訪れた…

 が、

 当然、予約はない…

 これまでならば、事前に予約をしているのだから、簡単に、担当の長谷川センセイのいる、診察室へ行けたが、それは、できなかった…

 まず、最初に、再診の受付を済ませ、それから、長谷川センセイのいる外科に行かなければ、ならない…

 正直、少々、億劫だ…

 少々、面倒臭い…

 私は、思った…

 が、

 これも、長谷川センセイに会うためだ…

 仕方がない…

 私は、思った…

 私は、考えた…

 そして、そう考えながら、所定の手続きを踏んでいると、思いがけない人物から、

 「…寿さん?…」

 と、声がかかった…

 「…ハイ?…」

 と、私は、反射的に、声のした方を振り返った…

 と、そこには、若い看護師の女性が、いた…

 まだ二十代そこそこの女性が、いた…

 私は、どこかで、見た覚えがあると、思ったが、すぐには、誰か、思い出せなかった…

 …一体、誰だろ?…

 考えた…

 が、

 すぐに、思い出した…

 先週、検診で、長谷川センセイに会ったときに、近くにいた女性だ…

 たしか、あのとき、若い看護師が、二人いたが、そのうちの一人の女性だ…

 私は、思い出した…

 そして、思い出すと、慌てて、待合室で、座っていた席から、立ち上がり、

 「…ご無沙汰しています…」

 と、丁寧に、腰を曲げて、頭を下げた…

 すると、相手も、当惑したらしい…

 「…い、いえ、とんでも、ありません…」

 と、慌てて、言った…

 自分より、十歳は、年上の私が、丁寧に腰を曲げて、頭を下げたから、一瞬、どうしていいか、わからない様子だった…

 そして、そんな彼女の仕草を見て、

 …若いな…

 と、思った…

 自分には、すでに、こんなことは、できない歳になった…

 つくづく、思った…

 当惑した態度が、かわいらしい…

 もうすぐ、33歳になる私には、そんなかわいらしい態度は、取れない…

 変な話、乃木坂など、坂道グループのメンバーと、同じ…

 つまりは、眼前の彼女は、制服が、似合う年齢だ…

 だから、私の行動に、戸惑う仕草も、また愛らしい…

 可愛らしい…

 私は、考えた…

 まもなく33歳になろうとする私では、できない可愛らしさだ(苦笑)…

 それは、ちょうど、私が、乃木坂など、坂道グループの制服を着て、踊るようなもの…

 とてもではないが、私の年齢では、似合わない…

 そういうことだ…

 そして、そんなことを、内心考えていると、彼女が、

 「…今日は、どうして、ここへ?…」

 と、私に聞いてきた…

 当たり前のことだ…

 だから、私は、

 「…いえ、少し体調が、悪くなったので…」

 と、短く、言った…

 すでに、用意した言葉だ…

 体調が、悪くなったからと、言えば、誰もが、納得する…

 そういうことだ…

 事前に、考えていたセリフを口にしただけだ…

 が、

 彼女の反応は、違った…

 「…エッ?…」

 と、短くだが、絶句した…

 これは、予想外…

 まさに、予想外の事態だった…

 「…そんな…先週は、体調が良かったと、思ったのに…」

 と、まるで、子供が言うように、言った…

 私は、慌てた…

 内心、慌てふためいた…

 まさか、彼女が、こんな態度を取ると、思わなかったからだ…

 私は、素人…

 まだ、若いとはいえ、プロの看護師から、見れば、私のウソが、バレたのかも?

 内心、そう、思った…

 が、

 違った…

 「…そ、そうだったんですか?…」

 と、彼女が、驚いたからだ…

 「…先週、検診に来たときは、問題がなかったのに…」

 と、独り言のように、呟いた…

 私は、それを、聞いて、内心、

 …シメシメ…

 と、思った…

 やはり、ウソをつくのは、苦手だ…

 私自身、ウソをついたことは、あまりない…

 だからだろう…

 目の前の彼女が、

 「…ホントですか? …だって、先週は、あんなに元気だったじゃ、ないですか?…」

 と、反論されたら、どうして、いいか、わからない…

 なにしろ、体調が、悪いのは、ウソだからだ…

 だから、若いとは、いえ、プロの看護師に、

 「…そんなはず、ない!…」

 と、強く断言でも、されたら、どうして、いいか、わからない…

 そういうことだ…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…そうですか…」

 と、意気消沈した声で、彼女が言った…

 「…ダメですね…まだ看護師の研修を始めたばかりなので…」

 …エッ?…

 …看護師の研修を始めたばかり?…

 これは、驚いた…

 若いとは、思っていたが、まさか、まだ看護師の研修を始めたばかりとは、思わなかった…

 と、同時に、気付いた…

 これは、都合がいい…

 実に、自分に都合がいい、と、気付いた…

 私のウソがバレないからだ…

 実に、都合がいい…

 そう、思った…

               

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