第2話 招かれざる宴の客人(まろうど)
文字数 1,146文字
〈花園橋〉で市電に乗る。
〈吉浜橋〉、〈元町〉、そして三番目の駅〈麦田町〉で降りる。
桜道の坂を上 っていく。名の通り、道の両側には桜並木が続く。桜の花は既に盛りをすぎ、だいぶ葉桜になっている。わたしが女学校に入ってからの時間を表すように。
花びらは、坂の上に薄縁 のように散り敷いている。
風が吹くと、わたしの足元で花びらの幾片かが舞い上がり、小さな渦を巻く。まるで少女たちの内緒話みたい。
山手 公園の傍らを通る。
ここは、横浜に住む西洋人によって作られた日本初の洋式公園で、しかも日本で最初にテニスがプレイされた場所でもある。決して派手ではないけれど、山の手らしく上品で、落ち着いた雰囲気がある。
この公園坂を上りきった丘の上に、わが学 び舎 ――香蘭 高等女学校は建っている。
わが学び舎?
いや、わたしはまだそんな帰属感を持つことができずにいる。森鷗外の『大発見』という短篇小説の中に、
僕が洋行した時の事である。僕は椋鳥として輸出せられて、伯林 の真中 に放された。
という一節があるが、坂の上に校門が見えてきた時のわたしの顔を鏡に映せば、さぞや山 出 しの椋鳥 に似ていることだろう。
校門の前には、お車が列をなしている。運転手付きで学校まで送り迎えされるお嬢様のお乗り物だ。
この立派なお車の列を見る度に、わたしは招待されてもいない宴 に、のこのこやって来てしまったような気持ちになるのだ。
はあ。
今日も、溜息からわたしの学園生活は始まる。
校門の脇まで、わたしがお淑 やかに――というより、のろのろと辿 り着いた時だ。目の前で、ピカピカに磨き上げられた車のドアが開き、颯爽と一人の少女が降り立った。
わたしのような例外はあるにしても、基本的に深窓 の御令嬢のみが集 う横浜屈指の名門女学校。それこそ、いずれ菖蒲 か杜若 の只中 にあって、まるで光を纏 ってでもいるように人目を引く。
林鏡華。
「はやし」ではなく、「りん」と読む。林 鏡華 さん。
台湾の御出身だが、お父さまの貿易会社が横浜にある関係で、日本でお育ちになったとのこと。日本語はもちろん完璧。そして、もっと完璧なのは、そのご容姿。
背は特に高いというわけではないが、いかにも中国服 が似合いそうな、すらりとまっすぐ伸びたおみ足のために、実際より高く見える。
髪は肩より少し上くらいできれいに切り揃えた断髪 。「凛とした」という言葉がこれほど似合う方も珍しい。宝塚の男役の方が、気まぐれに娘役をやってみたような感じ。
左の耳の上あたりに小さい紫色のリボンが結んであって、それがまるで可愛らしい胡 蝶 が羽を休めているように見える。このリボンのおかげで、男装 の麗人 のように見えるこの方の、やや鋭すぎる印象が柔らげられている。
でも、とりわけ印象的なのは、あの双眸 。
〈吉浜橋〉、〈元町〉、そして三番目の駅〈麦田町〉で降りる。
桜道の坂を
花びらは、坂の上に
風が吹くと、わたしの足元で花びらの幾片かが舞い上がり、小さな渦を巻く。まるで少女たちの内緒話みたい。
ここは、横浜に住む西洋人によって作られた日本初の洋式公園で、しかも日本で最初にテニスがプレイされた場所でもある。決して派手ではないけれど、山の手らしく上品で、落ち着いた雰囲気がある。
この公園坂を上りきった丘の上に、わが
わが学び舎?
いや、わたしはまだそんな帰属感を持つことができずにいる。森鷗外の『大発見』という短篇小説の中に、
僕が洋行した時の事である。僕は椋鳥として輸出せられて、
という一節があるが、坂の上に校門が見えてきた時のわたしの顔を鏡に映せば、さぞや
校門の前には、お車が列をなしている。運転手付きで学校まで送り迎えされるお嬢様のお乗り物だ。
この立派なお車の列を見る度に、わたしは招待されてもいない
はあ。
今日も、溜息からわたしの学園生活は始まる。
校門の脇まで、わたしがお
わたしのような例外はあるにしても、基本的に
林鏡華。
「はやし」ではなく、「りん」と読む。
台湾の御出身だが、お父さまの貿易会社が横浜にある関係で、日本でお育ちになったとのこと。日本語はもちろん完璧。そして、もっと完璧なのは、そのご容姿。
背は特に高いというわけではないが、いかにも
髪は肩より少し上くらいできれいに切り揃えた
左の耳の上あたりに小さい紫色のリボンが結んであって、それがまるで可愛らしい
でも、とりわけ印象的なのは、あの