第7話 あなたと決闘致します

文字数 2,100文字

 (たい)()
 そんな言葉が、ぴったりくる。
 わたしは思わず、一歩後ろに下がって、息を殺した。
 まるで剣豪同士の立ち合いみたいで、とてもお二人の間合(まあ)いの(うち)に入ることなどできない。()(ざわ)りにうろうろしていたら、問答(もんどう)()(よう)御手討(おてう)ちになりそうだ。

 ややあって――
 
「林鏡華さん。わたし、あなたに決闘を申し込みに参りましたの。もちろん、受けて下さるわよね?」

 け、決闘(けっとう)ううう⁉

 わたしの脳裡に一瞬、拳銃を構えて立つお二人の姿が浮かんだ。(とどろ)く銃声。制服の胸に真っ赤な薔薇を咲かせ、スロー・モーションで倒れるお二人。

 だめ、美しすぎる――じゃなくて、危険すぎる。

「いけません。せめて、わたしの頭の上の林檎(りんご)を弓で射るとかにして下さい!」

 風が、荒野を吹き抜けた。
 われに返ったわたしに向けられているのは、あっけに取られたような四つの瞳。

「どうしてわたしがこず枝さんの頭の上の林檎を射らなければならないの?」
 虚心にお聞きになる鏡華さんの言葉が、それこそロビン・フッドの矢のように、ぶすぶすとわが身に突き刺さる。痛すぎて、言葉も出ない。 
「ユニークなお友達だこと」
 房子さまのわたしを見る眼が、〈下々の者〉から〈道化〉に変わったような気がする。もちろん、ちっとも嬉しくはない。
「あ、いいこと思いついたわ」
 房子さまは握った右手を、左の(てのひら)に打ちつけた。芝居がかった動作だが、この方がなさると、妙にしっくりくるから不思議だ。
「決闘の方法なのですけれど、せっかくだから、お友達と一緒の方が面白いのではなくって?」
 鏡華さんの眼に、少し(いぶか)しげな色が浮かんだ。
「それは、いったいどんな方法なのですか」
 房子さまは、両手を腰に当てて胸をそらす。そして、厳かにこう告げた。
「フートボールよ! 今日から二週間後の放課後、フートボールで勝負を決めるのはいかが? それとも、スポーツはお得意じゃないかしら」
 (しゅう)(もく)の一致するところ、房子さまのフートボールのお腕前(それとも、お足前というべきだろうか)は学校一。間違っても、鏡華さんに勝ち目はないだろう。

 ところが、鏡華さんは涼しいお顔で、
「それでかまいません」
 と言い切った。
 あら、というように房子さんは軽く眼を(みは)った。ここまであっさり承知するとは、さすがに予想外だったのだろう。
「人数はどうなさいますか」
 鏡華さんは淡々と、試合の規則(ルール)について確認する。
「正式な試合は、それぞれ十一人の選手が出るらしいのだけれど、あと二週間でそれだけの人数を集めるのは無理でしょう。ですから、略式ということで、四人対四人に致しませんこと?」
「わかりました」
「負けた方は勝った方の言うことを、ひとつだけ、でも、それがどんなことでも必ず聞かなければならないというのはいかが?」
「かまいません」
 きょ、鏡華さん……そんなに自信満々に(おっしゃ)って大丈夫?
 わたしは鏡華さんの横顔を見守りながら思う。この方は、まるで抜き身の刀。ものすごく美しいのだけれど、眺めているとどうしようもなくはらはらしてしまう。
「その勇気、誉めてさしあげるわ。わたし、あなたのことがますます好きになってしまったみたい」
 房子さまは、まるで美しい宝石を()でるような視線を鏡華さんに向けた。
 もし鏡華さんが〈妹〉になることを受け入れていれば、房子さまは鏡華さんを掌中(しょうちゅう)(たま)として(いつく)しむに違いない。
 でも、もし手に入らないとしたら――
 房子さまは、その珠を砕いてしまうのではないか。

「日時は二週間後の放課後、人数は各チーム四人ずつ。勝った方は負けた方に、何でもひとつ言うことを聞かせることができる」
 鏡華さんが、ゆっくりと復唱する。
「そういうこと。そして、公平を期すため、立ち合い人兼審判はミセス・ハーパーにお願いすることにするわ。ご異存はないでしょう?」
 ミセス・ハーパーか。怖い先生ではあるけれど、確かに公平なジャッジはしてくれそうだ。
「ございません」
「よろしいわ。では、はやく三人の

な方をお探しになることね」
 房子さまは「勇敢」という部分を殊更強調された。
 そうだ。鏡華さまの味方をするというのは、そのまま房子さまに(たて)()く行為になってしまうのだ。
 そんな恐ろしい

をあえて受けようとする命知らずが、果たしてこの学び舎に存在するだろうか。
「いいえ、あと二人ですわ」
 鏡華さんは、わたしの肩に両手を置いて、房子さまの方へ押しやった。

「お一人は、もうここにおられますから」
 ちょ、ちょっと、鏡華さん、はやまらないで。わたしはフートボールなど(たしな)んだことはなくってよ。
「そうでしたわね。()(きょう)(しん)に富んだご親友がいらっしゃって羨ましいわ」
 恐ろしい。房子さまの笑顔が恐ろしすぎる。
「あなた、お名前は?」
「は、春野こず枝です」
 馬鹿馬鹿馬鹿、わたしの馬鹿! 即答してどうするのよ。ごまかすのよ、こういう時は!
「林鏡華さん、春野こず枝さん。二週間後を楽しみにしておりますわ。では、ごきげんよう」
 悠々と去ってゆかれる房子さまの後ろ姿を見送りながら、

(主よ、どうか房子さまから、わたしに関する記憶を全て消し去って下さいませ)

 わたしは必死に、そう祈っていた。 
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登場人物紹介

春野こず枝(はるの・こずえ)

本作の主人公兼語り手。香蘭女学校一年生。

母も香蘭女学校の卒業生だったが、去年亡くなった。現在は、あまり売れていない文士の父親と二人暮らし。

鏡華と「少女探偵団」を結成する。

※余談だが、使用させていただいているフリーイラストが美しすぎて、小説作者(南ノ)でさえ、「こず枝さん、あんたこんな美少女じゃないよね」と密かに思っているという噂がある。

林鏡華(リン・キョウカ)

「鳳眼」の美少女で、こず枝とは腹心の友。

台湾出身だが、父親が横浜で貿易会社を経営しているため、日本育ち。

一部の生徒にしか知られていないものの、もう一つの顔を持ち、特殊な事件を解決する。

こず枝とともに「少女探偵団」を結成。

※左の耳の上あたりの髪に、小さい紫色のリボンをイメージしていただくと、より小説のイメージに近くなります。

小野寺房子(おのでら・ふさこ)

香蘭女学校の「女王」と称せられ、下級生から憧れと畏怖の視線を集める五年生。

次期首相候補とも囁かれる大物政治家の御令嬢。

特技はフートボール。


薬師寺光子(やくしじ・みつこ)

こず枝と鏡華の級友(クラスメート)。

母親も香蘭女学校の卒業生で、こず枝の母の親友だった。

父親が小野寺家の執事のため、家族で小野寺邸に住んでいる。


柏木塔子(かしわぎ・とうこ)

香蘭女学校二年生。

一見なよなよした風情の美少女だが、なぜか「剛の者」と称される。

女王房子が唯一苦手とする相手だという噂がある。

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