第34話 『フレイグラント・オーキッズ!』内緒話②――台湾妖怪「魔神仔」

文字数 1,635文字

 本編のストーリーの中で、柏木塔子さんを拉致監禁(?)していた「魔神仔(モォ・シィ・ナー)」。この「魔神仔」は、中国由来ではない台湾固有の妖怪の代表的存在と言えるものです。

 今回参考にした書籍は、『妖怪臺灣:三百年島嶼奇幻誌‧妖鬼神遊卷』(2017)及び『妖怪臺灣:三百年島山海述異記‧怪譚奇夢卷』(2020)の二冊。本文は全て何敬堯が書き、挿絵は全て張季雅が描いています。第一冊である『妖鬼神遊卷』が583頁、二冊目の『怪譚奇夢卷』が437頁、合計1000頁を超える大変な労作です。

 何敬堯には台湾妖怪を主題にした『幻之夢——塗角窟異夢錄』等の小説作品もあり、台湾妖怪に関する分野で非常に有名な作家です。
 張季雅は台湾を代表する女性漫画家で、台湾烏龍茶をめぐる歴史を見事なエンターテインメントに仕立て上げた傑作『異人茶跡:淡水1865』シリーズの作者です(この『異人茶跡:淡水1865』については、いつかわたしの『台灣懶惰日記』でも取り上げたいと思っています)。
 
 妖怪を紹介する本というのは、ビジュアル的な部分がとても大事だと思うんです。日本では、やはり水木しげるの功績が大きいですよね。周知の通り、『ゲゲゲの鬼太郎』に出てくる妖怪のイメージは、江戸時代の鳥山石燕『画図百鬼夜行』の影響が強く、有名な「ぬらりひょん」とかも石燕が描いたイメージほとんどそのままで、ある意味日本人は、江戸時代から妖怪のイメージを共有してきたとも言えそうです。

 一方、台湾における妖怪図鑑的な本というのは――『臺灣妖怪研究室報告』(2015)等があったとは言え、取り上げられた妖怪の数もあまり多くなく、全体的に小冊子的な印象で、そのイメージが人口に膾炙するまでには至っていない印象でした。その意味で、この『妖怪臺灣』シリーズ全二冊は画期的な書だったと言えます。特に台湾を代表する漫画家張季雅さんが挿絵を担当しただけあって、収録された台湾妖怪たちの、怖さの中に不思議な色気のある造形が本当にすばらしいのです。

 残念ながら本文中の挿絵を紹介することはできませんので、表紙だけお見せしたいと思います。



『妖怪臺灣:三百年島嶼奇幻誌‧妖鬼神遊卷』(右)の方の表紙に、「魔神仔」が描かれています。矢印をつけたのが、下図です。



『フレイグラント・オーキッズ!』本編の中で、こず枝さんが「河童?」と思うシーンがありますが、確かに似てますよね!

『妖怪臺灣』によれば、「魔神仔」とは以下のような妖怪です。日本語訳の部分はわたし(南ノ)によります。

 據說魔神仔外貌,猶如猿猴,雙眼血紅,四肢有蹼,全身的皮膚猶如蛙類般濕滑,鳴叫聲猶如猴子般吱吱嘈雜,以山野昆蟲如蚱蜢、蚯蚓、或者青蛙、樹葉為食。(訳:魔神仔の外見は猿に似て、眼は血のように赤く、四肢には水掻きがある。全身の皮膚は蛙のように湿り気があり滑らかで、鳴き声は猿に似てぎゃあぎゃあと騒々しい。山野のバッタやミミズ、カエル、木の葉などを食すと云われている。)※1

 四肢に「水掻き」があり、皮膚が「蛙のように湿り気があり滑らか」。やはりかなり河童っぽいイメージですよね。
 河童に似てると言われると、なんとなくユーモラスで親近感が湧きそうですが、安心してしまうのは早計です。以下の一節を御覧下さい。

 被拐騙的人,茫然若失,就算魔神仔餵他們吃蛙腿、草根、死蟲,他們也會吃得津津有味。甚至,魔神仔也會以暴力對待被拐騙者,以藤條毒打他們。(訳:魔神仔にさらわれた者は茫然自失の状態となり、蛙の足、草の根、虫の死骸等を与えられてもむしゃむしゃとうまそうに食べてしまう。魔神仔は時にさらってきた者に対し、藤の蔓の鞭でめった打ちにするなど激しい虐待を加えることさえある。)※2

 このように、魔神仔は一見かわいらしいイメージとは異なり、かなり変態的且つ暴力的な妖怪なのでした。

※1 何敬堯、張季雅『妖怪臺灣:三百年島嶼奇幻誌‧妖鬼神遊卷』、聯經出版事業股份有限公司、P368。
※2 同上書、同頁。
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登場人物紹介

春野こず枝(はるの・こずえ)

本作の主人公兼語り手。香蘭女学校一年生。

母も香蘭女学校の卒業生だったが、去年亡くなった。現在は、あまり売れていない文士の父親と二人暮らし。

鏡華と「少女探偵団」を結成する。

※余談だが、使用させていただいているフリーイラストが美しすぎて、小説作者(南ノ)でさえ、「こず枝さん、あんたこんな美少女じゃないよね」と密かに思っているという噂がある。

林鏡華(リン・キョウカ)

「鳳眼」の美少女で、こず枝とは腹心の友。

台湾出身だが、父親が横浜で貿易会社を経営しているため、日本育ち。

一部の生徒にしか知られていないものの、もう一つの顔を持ち、特殊な事件を解決する。

こず枝とともに「少女探偵団」を結成。

※左の耳の上あたりの髪に、小さい紫色のリボンをイメージしていただくと、より小説のイメージに近くなります。

小野寺房子(おのでら・ふさこ)

香蘭女学校の「女王」と称せられ、下級生から憧れと畏怖の視線を集める五年生。

次期首相候補とも囁かれる大物政治家の御令嬢。

特技はフートボール。


薬師寺光子(やくしじ・みつこ)

こず枝と鏡華の級友(クラスメート)。

母親も香蘭女学校の卒業生で、こず枝の母の親友だった。

父親が小野寺家の執事のため、家族で小野寺邸に住んでいる。


柏木塔子(かしわぎ・とうこ)

香蘭女学校二年生。

一見なよなよした風情の美少女だが、なぜか「剛の者」と称される。

女王房子が唯一苦手とする相手だという噂がある。

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