第25話 『フレイグラント・オーキッズ!』内緒話①――中華世界の「劍」の使い方
文字数 2,253文字
※以下の文章は、中華世界の「劍」について書いた解説文であり、物語の本筋とは無関係です。
☆☆☆☆☆☆☆
わたしが日本の時代小説や時代劇を読んだり見たりしていて、いつも不満に感じるのは、女性のアクションシーンが少ないということです。
いや、池波正太郎の『剣客商売』には、佐々木三冬が出てくるじゃないかと言われれば、確かにその通りなのですが、あの物語における主人公はあくまで秋山小兵衛、大治郎親子なわけで、アクションシーンにおける三冬の活躍は、はっきり言って微々たるものではないでしょうか。
あとは、忍者物におけるくノ一がありますけど、くノ一が使う刀は短くて、しかもそれを逆手に持って戦うことが多く、場面としてかなりじみである点は否定できませんよね。後は、せいぜい物陰から手裏剣投げるとかぐらいですか(笑)。
日本刀というのは、ひどく重いんですね。実際問題として、女性が長刀をぶんぶん振り回すというのは体力的にきびしいものがありますので、リアリズムを追究すればするほど、短刀を逆手に持つか、物陰から手裏剣ぴゅっ、みたいになっちゃうのだと思います。
ところが、中華世界の武侠ドラマや映画においては、女性が長い剣で男性と全く互角に華麗なアクションシーンを繰り広げます。
わたしが『フレイグラント・オーキッズ!~香蘭の乙女たち~』の第24話で書きたかったのは、実はそういう中華武侠物的なアクションシーンでした。
でも、武侠ドラマや映画を見たことがない人には、なかなか場面をイメージしにくいものがあるのではないでしょうか。そこで、「内緒話」という形で少し解説的なものを付け加えることにしました。物語の本筋とは関係ありませんので、こうしたシーンにご興味のない方は飛ばしていただいても、ストーリー上は何の影響もありません。
さて。
日本では、そもそも「剣」と「刀」の意味と使い方があいまいです。日本刀を持った侍が出てくる話なのに、前述した『剣客商売』の「
これに対し、中華世界では「劍 」と「刀 」は、はっきり区別します。簡単に説明すると、以下のようになります。
「刀」は「斬る」(中国語では「砍」という字も使われます)、あるいは「切る」もの。(日本語の「包丁」は、中国語では「菜
一方、「劍」は「突く」ものです。
だから、「刀」と「剣」では使用方法が全く異なります。
まあ、「刀」でも、突き技がないとは言えないですが、最も「刀」らしい使い方と言えば、刀身を振り上げ、迅速な上下運動によって対象物を「断ち切る」ことでしょう。
これに対し、「劍」は突き技専用です。しかも、基本的に片手で持ちます。日本刀みたいに重くないからです。
ですから、武 侠 物の女性(女侠 と呼ばれます)たちは、男性と同じように長い剣を使うことが可能になるのです。
また、これは別に使用者が男性か女性かということとは関係ないのですが、「軟劍 」というものもあります。
これは文字通り柔らかい「劍」で、切っ先を持ってぐっと撓 めることができるほど柔らかく薄い「劍」なのです。
武侠ドラマや映画で、この「軟劍」による剣戟シーンがあると、スローモーションで「びぃいいいん」と剣が震える様が描かれ、そこがなんとも言えずカッコいいのです。
次に構えですが、「刀」は斬るためのものですから、刀身を立てる必要があります。日本の剣術(剣道)では、上段・中段・下段の構え、他にも正眼の構えとかいろいろありますが、最終的に刀が縦の動きをする点は共通しています。そうでなければ、構造的に
これに対し、中華世界の「劍」は横の動きになります。切っ先で相手を突くわけですから、「劍」を握った腕を後ろに引き、そこからまっすぐ突き出すという動作になります。
この時注目されるのは、「劍」を握っていない方の手です。人差し指と中指を立て、しかもこの二本の指はぴったりと合わせます。残りの三本の指は握った形になります。
この構えや動作の参考資料として、下の記事の二枚目と三枚目の写真を御覧下さい。
URL:http://www.ifuun.com/a201711237135694/
この女性は劉亦菲 と言って、台湾の女優さんではなく、中国の女優さんです(10歳の時アメリカに移民したので、国籍はアメリカ)。ディズニー映画の「ムーラン」(実写版)で主役を演じた人と言えば、「ああ」と思う人も多いかもしれません。
劉亦菲は16歳の時、中国の武侠ドラマ「神鵰俠侶」のオーディションを受け、その際 立 った美少女ぶりに原作者の金庸 (武侠小説の代名詞と言っていい巨匠中の巨匠)をして、「ヒロインの〈小龍女 〉を演じるのはあなたしかいない!」と言わしめたエピソードが有名です。この「神鵰俠侶」によって、劉亦菲は一気にスターダムを駆け上りました。
この記事の写真も、「神鵰俠侶」の〈小龍女〉を演じた時のものです。
劉亦菲の写真をここに紹介した、もう一つの理由。
それは、眼。
彼女の眼の形は、本作の鏡華さんと同じ「鳳眼 」です。
いかがでしたでしょうか。
本作第24話における鏡華さんと夏子さんのアクションシーンをイメージしていただく際の一助となれば幸いです。
では引き続き、『フレイグラント・オーキッズ!~香蘭の乙女たち~』をお楽しみ下さいませ。
☆☆☆☆☆☆☆
☆☆☆☆☆☆☆
わたしが日本の時代小説や時代劇を読んだり見たりしていて、いつも不満に感じるのは、女性のアクションシーンが少ないということです。
いや、池波正太郎の『剣客商売』には、佐々木三冬が出てくるじゃないかと言われれば、確かにその通りなのですが、あの物語における主人公はあくまで秋山小兵衛、大治郎親子なわけで、アクションシーンにおける三冬の活躍は、はっきり言って微々たるものではないでしょうか。
あとは、忍者物におけるくノ一がありますけど、くノ一が使う刀は短くて、しかもそれを逆手に持って戦うことが多く、場面としてかなりじみである点は否定できませんよね。後は、せいぜい物陰から手裏剣投げるとかぐらいですか(笑)。
日本刀というのは、ひどく重いんですね。実際問題として、女性が長刀をぶんぶん振り回すというのは体力的にきびしいものがありますので、リアリズムを追究すればするほど、短刀を逆手に持つか、物陰から手裏剣ぴゅっ、みたいになっちゃうのだと思います。
ところが、中華世界の武侠ドラマや映画においては、女性が長い剣で男性と全く互角に華麗なアクションシーンを繰り広げます。
わたしが『フレイグラント・オーキッズ!~香蘭の乙女たち~』の第24話で書きたかったのは、実はそういう中華武侠物的なアクションシーンでした。
でも、武侠ドラマや映画を見たことがない人には、なかなか場面をイメージしにくいものがあるのではないでしょうか。そこで、「内緒話」という形で少し解説的なものを付け加えることにしました。物語の本筋とは関係ありませんので、こうしたシーンにご興味のない方は飛ばしていただいても、ストーリー上は何の影響もありません。
さて。
日本では、そもそも「剣」と「刀」の意味と使い方があいまいです。日本刀を持った侍が出てくる話なのに、前述した『剣客商売』の「
剣
客」の他に、司馬遼太郎の名作『燃えよ剣
』とかもそうですし、また「刀道」とは言わずに「剣道」(古くは「剣術」)って言いますよね。これに対し、中華世界では「
「刀」は「斬る」(中国語では「砍」という字も使われます)、あるいは「切る」もの。(日本語の「包丁」は、中国語では「菜
刀
」と言います)一方、「劍」は「突く」ものです。
だから、「刀」と「剣」では使用方法が全く異なります。
まあ、「刀」でも、突き技がないとは言えないですが、最も「刀」らしい使い方と言えば、刀身を振り上げ、迅速な上下運動によって対象物を「断ち切る」ことでしょう。
これに対し、「劍」は突き技専用です。しかも、基本的に片手で持ちます。日本刀みたいに重くないからです。
ですから、
また、これは別に使用者が男性か女性かということとは関係ないのですが、「
これは文字通り柔らかい「劍」で、切っ先を持ってぐっと
武侠ドラマや映画で、この「軟劍」による剣戟シーンがあると、スローモーションで「びぃいいいん」と剣が震える様が描かれ、そこがなんとも言えずカッコいいのです。
次に構えですが、「刀」は斬るためのものですから、刀身を立てる必要があります。日本の剣術(剣道)では、上段・中段・下段の構え、他にも正眼の構えとかいろいろありますが、最終的に刀が縦の動きをする点は共通しています。そうでなければ、構造的に
斬れない
からです。これに対し、中華世界の「劍」は横の動きになります。切っ先で相手を突くわけですから、「劍」を握った腕を後ろに引き、そこからまっすぐ突き出すという動作になります。
この時注目されるのは、「劍」を握っていない方の手です。人差し指と中指を立て、しかもこの二本の指はぴったりと合わせます。残りの三本の指は握った形になります。
この構えや動作の参考資料として、下の記事の二枚目と三枚目の写真を御覧下さい。
URL:http://www.ifuun.com/a201711237135694/
この女性は
劉亦菲は16歳の時、中国の武侠ドラマ「神鵰俠侶」のオーディションを受け、その
この記事の写真も、「神鵰俠侶」の〈小龍女〉を演じた時のものです。
劉亦菲の写真をここに紹介した、もう一つの理由。
それは、眼。
彼女の眼の形は、本作の鏡華さんと同じ「
いかがでしたでしょうか。
本作第24話における鏡華さんと夏子さんのアクションシーンをイメージしていただく際の一助となれば幸いです。
では引き続き、『フレイグラント・オーキッズ!~香蘭の乙女たち~』をお楽しみ下さいませ。
☆☆☆☆☆☆☆