4 三十三.三三...パーセントの可能性
文字数 3,090文字
課長のデスクまで来ると芹沢は真っ直ぐに背筋を伸ばし、その分だけより高い視線で課長を見下ろす形となって、不愛想にひと言、「何ですか」と言った。
そんな部下の子供じみた反抗など意に介さず、課長は手元の書類を見ながら言った。
「今、おまえの報告書を読んだが――たぶん鍋島のも似たようなもんやろうけど――この前の空き巣の被害者と、
「いえ、今のところまだ確証はないんですが、そうは見ていません」
「関連があるというわけやな。ストーカーか」
「脅迫です。被害者とは無関係な理由で」
「無関係な理由? どういうことや」
「脅迫者、つまり空き巣犯と同一人物だと思われますが、その人物が被害者と隣の部屋に住む女性とを取り違えてるみたいなんです」
「その隣人は犯人に心当たりがあるのか」
「隣人は数日前に失踪しています」
課長は(なに?)と言わんばかりに眉を上げ、芹沢を睨んだ。
「……おまえな。いつも言うてることやが、何で肝心なことはあえて報告書から外すんや」
「意図的じゃありません。裏付けができてないだけです」
課長は深くため息をついた。「……それで、どうするつもりや。個々の事案に緊急性は認められへんようやが、このまま続けるつもりか」
「ええ」と芹沢は小さく笑った。「そうした方が、課長も肩の荷が下ろせるんじゃないかと思って」
「何やて?」
「例のヤク中がまだイキがってるんでしょう。それで検察が俺たちを外せって言ってきてるらしいですね」
「……もう耳に入ってるんか」
「やつは
「……そこまで分かってるんやったら、もう何も言わん」
「言っときますが、俺たちがやつをボコボコにしてやったのは、何も俺たちも同様にあいつにやられたからってわけじゃない。あの野郎、こともあろうに自分の娘を人質にして、挙げ句にその中学生の娘の小指を切り落としやがったんですよ」芹沢はかなり怒っていた。「それでも俺たちを暴力行為で訴えるって言うんなら、俺は構わねえ、府警には迷惑のかからねえようにさっさとバッジを返して、あいつと争ってもいいですよ」
「おまえの言いたいことはよう分かってる。検察も、おまえらの行為を違法捜査として問題にするつもりはないと言うてた」
芹沢は不敵な笑みを浮かべた。「検察の言うことをとことん信じてるようでは、課長、ひどい裏切りに遭いますよ」
「おまえに心配してもらうようになったら、俺もおしまいやな」課長は自嘲気味に笑った。「もうええ。上司思いのおまえのご厚意をありがたく頂戴することにしたから、そっちの脅迫事件の捜査をせえ」
「分かりました」
芹沢は規律正しく一礼をして、デスクに戻った。
「見事やな。これでまた芹沢くんはモテモテや」
パソコンの画面を覗き込んだままの鍋島がまた茶化した。
「うるせえ。それよりまだ見つからねえのか、例の名前は」
鍋島はぱっと振り向き、顔じゅう口だらけにして笑った。「見つかったよ」
「ほんとかよ?」芹沢は身を乗り出した。
鍋島が得意げに示した画面には、ある殺人事件の概略が記されていた。
『
一月三十一日深夜二時頃、大阪市北区
司法解剖結果――死因は刃物で左胸部を刺されたことによる失血死。血液型はО型。激しい抵抗の跡は見られない。倒れたときに階段のコンクリートで強打したらしき打撲痕が左上腕部に見られたが、直接死因に結びつくものではなかった。死後約五時間、犯行時刻は三十日の午後八時半から九時半のあいだと断定。
現場検証結果――現場は阪急東通りアーケード街の裏通りに面した廃墟ビル。周辺に争った形跡は見られなかったが、現場から約五十メートル離れた立体駐車場のトイレのゴミ箱から、刃渡り十五センチのナイフが発見されており、ナイフに付着した血液と被害者の傷口の状態から、このナイフを凶器と断定。被害者の指紋のみを採取。なお、被害者の着衣等からも本人以外の指紋や毛髪は検出されなかった。
被害者――
事件当日の被害者の行動――この日はバンドの活動もバイトもなく、昼過ぎに
捜査経過――被害者が事件当日に「女に会う」と漏らしていたことから、被害者の女性関係を中心に交友関係を調べた結果、被害者の女友達で、飲食店従業員
「――どう思う?」
食い入るように記録を読んでいた芹沢に、鍋島が訊いた。
「どうって――残りの二人、ミネオショウイチとウチダケイスケの名前が見当たらねえからには、何とも言えねえよ」
「この坂口郁代が同姓同名ってことも大いにあるしな。三人のうち一人だけでは、三十三.三三…パーセントの可能性か」
「公判中の殺人事件の被疑者。一応彼女の取材傾向には当てはまるみたいだな」
「犯行を否認してるっていうのが気にならへんか」
「なる」芹沢は頷くと鍋島に振り返った。「探ってみる価値はあるかもな」
「三十三.三三…パーセントに賭けるんやな」
「そうと決まりゃ、どうする? 先にメシでも食うか」芹沢は腕時計を覗きながら言った。
「明日にしよ」
「明日?」
「ああ。だってよう考えたら、本来俺ら今日は非番のはずや。今頃のんびりできてるはずや」鍋島は言うと大きな欠伸をした。「おまえも帰って、今夜のビルボードライヴに備えといた方がええのと違うか」
「そうだな」
芹沢もつられて欠伸をした。