3 パスワードなんか知らない
文字数 3,384文字
【大阪改造計画・道路はおまえらだけのもんやない!
迷惑駐車に悩む商店主たちの怒りが爆発――】
【ある不登校少女の告白・『学校は刑務所』
彼女が本当に言いたかったこと――】
【景観論争がいまだ燻る古都
高層マンション建設を巡る各界の本音と建て前――】
【『彼女を自分だけのものにしたかった』
部下を殺害したセクハラ証券マンの歪んだ〝愛〟――】
【エコ活動をトレンドで終わらせないで
神戸発・リサイクル運動を支える主婦たちの熱き闘い――】
【潜入レポート・路上生活、三日やったらやめられない?
大阪・とある巨大公園周辺のもう一つの『住宅地図』――】
【インタビュー・十四歳の少女棋士
『初めて将棋を見たのは、祖父に連れられて行った新世界』――】
【ラブホテル殺人・函館~大阪二十日間の逃避行の呆気ない幕切れ
二十歳年下の愛人を殺したエリート教授の純情と狂気――】
「――はぁー、しかしいろいろやってるな」
デスクの両脇に『週刊タイム』のバックナンバーを山と積み上げて、芹沢はページを捲りながら感嘆の声を上げた。
「記事も読みやすいし、分かりやすいよ。読み手が気付かなかった問題点を最後で鋭く指摘するあたり、惹き付けられるな」
「確かに、元敏腕記者や」と鍋島も同意した。「ますます気になるな。彼女がいったい何を追ってたのか」
芹沢は顔を上げた。「津和野に行くべきだと思うか?」
「いや、今はまだそうは思わへんな。編集長の言うように、彼女は地元密着型のライターや。おそらく今度も、取り上げてる題材は京阪神地区の出来事やと考えてええと思う。津和野へ行ったのは、たぶん二次的な取材やろ」
「だろうな。行くとしてももうちょっと何か分かってからでいいだろ」芹沢は頷いた。「例の三人の名前しか手がかりがないんじゃ、行っても調べようがねえ」
「同じ調べるんやったら、まずこっちでやることがある」
「殺人の被疑者――その線だな」
「そう」
鍋島は立ち上がってパソコンの置いてあるデスクに行った。過去の殺人事件の記録から、例の三人の名前を見つけ出そうというのだ。鍵を回してデスクの抽斗を開け、中の収納ケースにずらりと並んだUSBメモリを見ると、迷惑そうに顔をしかめて言った。
「何やこれ、また増えてないか?」
「ああ、この前から北村 が新しいの作ってたみたいだけど」
「……あいつもマメやな」
「湊 さんもボヤいてたよ。その根気を別の方向に活かせねえもんかって」芹沢は雑誌を捲りながら笑った。
「とりあえずは大阪からでええやろな。それだけでも相当あるけど」
鍋島はUSBに貼られたテープの文字を確認し、パソコンに差した。「これって、ちゃんと名前で検索できるようになってるんやろな」
「本店のデータベースで調べりゃ、簡単に見つかるんじゃねえのか」
「あそこのは気に食わん」と鍋島は吐き捨てた。「パスワードの変更をしょっちゅう要求してくる。おまけに検索履歴を全部記録してるとかいう話や。人がいつ何を調べようが、勝手やっちゅうの」
芹沢はふんと鼻を鳴らすと、さっき記事を調べているあいだに書き留めておいたメモ用紙を取った。「佐伯葉子が今までに取材した刑事事件が全部で、ええっと――俺が数えたところ十件だ。そのうちの八件が殺人。そのすべてが公判直前に取材を始め、結審してから判決までに掲載してる。そういう前例からいくと、もしもうまい具合に例の三人が刑事事件の関係者だとしたら、比較的最近の事件だと考えていいだろうな」
「はたしてそううまいこといくかな」鍋島は画面を見つめてキーを叩いた。「……え、あれ? くそ、ここもパスワード変わってる!」
鍋島は顔を上げると部屋を見渡した。「北村ぁ!」
「――え、は、はいっ」
怯えた声を出したのは、間仕切り戸を開けてちょうど部屋に入って来た若い刑事だった。肩をすくめて固まったあと、一目散に鍋島のもとへ来てぺこりと頭を下げた。
「パスワード変えたやろ」
「え? な、何ですか?」
「このパスワード。事件データの」鍋島は画面を指差した。
「……あ、ええ、はい」
「勝手に変えんなよ」
「あ、でもその――変えたときに新しいのをメモしてお配りしましたけど」
「知らんがな」
「じゅ、巡査部長――受け取られてご自分のデスクの抽斗に入れてらっしゃいました」
そこで雑誌を読んでいた芹沢が頷いた。「ああ、そうだったな」
「……知ってたんなら言えよ」鍋島は相棒を睨みつけた。
「言う間もなくおまえが怒鳴ったんだろ」芹沢は顔を上げた。「パワハラで訴えられるぜ」
「いやそんな、とんでもない」北村は慌てたように手と首を振った。
鍋島は真顔で北村をじっと見つめると、抽斗を開けてごそごそとかき回した。しかしすぐに諦めてパソコンを北村に向けた。
「パスワード入れて」
北村ははい、と答えてキーを叩いた。芹沢は雑誌に視線を戻してふっと笑った。
そのとき、デスクの電話が鳴って、芹沢が受話器を取った。「一係」
《あ――芹沢さん?》
「はい」ここ二、三日で覚えた声だった。「辻野さんだろ」
《ええ》
辻野仁美にはこの前、一係への直通番号を教えてあったのだ。
「どうしたんですか。今度はドラキュラに首でも噛まれたとか?」
「《面白くない》」
言ったのは鍋島と仁美の二人だった。受話器の向こうで仁美が鼻を鳴らし、鍋島に至っては、両腕を抱えて互いの二の腕をさすり、肩をすくめて眉をひそめている。『サブい』ということのようだ。――これだから、関西人は。軽く言っただけで、ウケなんて狙ってねえし。なのにいちいち評価するなよ。芹沢は気分を害し、面倒臭そうに受話器を持ち替えた。
「――で? ご用件は?」
《雑誌社で何か判った?》
「そんなにすぐに判らないって」
《どうして? 編集長に話を聞いたんでしょ?》
芹沢は大きなため息をついた。「いいか、考えてもみてよ。佐伯さんは何のためにおたくにあんなメッセージを残したんだ? 誰にでも喋ってる内容だったら、あんな風に思わせぶりな手がかりだけで、あとは秘密にする必要なんてないよね。向こうも何も聞いてねえってよ」
《……そう言えばそうか》
「何か報 せることがあったらこっちから言うよ。おたくは今まで通りの生活を送ってりゃいいから」
「それより、部屋を引き払ったかって訊いてくれ」鍋島が口を挟んだ。
芹沢は訊いた。「なあ、まさかまだあの部屋にいる?」
《え、いてるけど》
「何で。危険だから実家へ帰れって言ったよね?」
《葉子の部屋を調べることにしたから》
「は?」
《あたしなりにちょっと調べてみようと思って。彼女の部屋、そこらじゅういろんな本や資料だらけなのよ。それを一つ一つ調べたら、何かヒントになるようなことでも見つかるかも》
「警察相手に、堂々の犯行宣言だ」芹沢は呆れたように笑った。「他人の留守中に部屋に上がり込むなんて――」
《あたしと葉子は、何かあったときにって、お互いの部屋の鍵を預かってるの。つまり、留守中でもどうぞってことなのよ。あたしたちの友情って、そこまで深いわけ》
「……信じらんねえ」芹沢は頭を振った。「ありえねえわ」
《あなたに理解してもらおうとは思ってないから》仁美はふんと笑った。
「とにかく、余計なことはしなくていいって」
《どうして?》
芹沢は深くため息をついた。「あんた、まだ懲りてねえのか? 空き巣に入られて、その次はナイフで脅された。これ以上深入りすると、次は何されるか分かったもんじゃねえぞ。佐伯さんだってあのメッセージに残してただろ、京都へ帰れって」
《でも――》
「悪いこと言わねえから、実家が面倒なら彼氏の部屋にでも転がり込んじまえよ」
《彼は実家。家族と住んでるのよ》
「だったら、あんたも家族と住みな」
芹沢は言うと一方的に電話を切った。「――ったく、探偵でも雇った気分でいやがる」
「府民の皆さんに愛される警官を目指すとなると、道はこれ、実に厳しいねえ芹沢くん」
パソコンの画面を見つめながら、鍋島は大袈裟な抑揚をつけて言った。完全に芹沢を茶化しているのだ。
「俺はあの女の部下じゃねえんだ。いちいち進捗確認されるいわれはないはずさ」
「そうムキになるなよ」
そこへ、植田刑事課長が「芹沢、ちょっと来い」とデスクから呼んだ。
「ほれ、お呼びやで。ほんまもんの上司が」
鍋島は顎で芹沢を促した。芹沢は舌打ちして立ち上がった。
迷惑駐車に悩む商店主たちの怒りが爆発――】
【ある不登校少女の告白・『学校は刑務所』
彼女が本当に言いたかったこと――】
【景観論争がいまだ燻る古都
高層マンション建設を巡る各界の本音と建て前――】
【『彼女を自分だけのものにしたかった』
部下を殺害したセクハラ証券マンの歪んだ〝愛〟――】
【エコ活動をトレンドで終わらせないで
神戸発・リサイクル運動を支える主婦たちの熱き闘い――】
【潜入レポート・路上生活、三日やったらやめられない?
大阪・とある巨大公園周辺のもう一つの『住宅地図』――】
【インタビュー・十四歳の少女棋士
『初めて将棋を見たのは、祖父に連れられて行った新世界』――】
【ラブホテル殺人・函館~大阪二十日間の逃避行の呆気ない幕切れ
二十歳年下の愛人を殺したエリート教授の純情と狂気――】
「――はぁー、しかしいろいろやってるな」
デスクの両脇に『週刊タイム』のバックナンバーを山と積み上げて、芹沢はページを捲りながら感嘆の声を上げた。
「記事も読みやすいし、分かりやすいよ。読み手が気付かなかった問題点を最後で鋭く指摘するあたり、惹き付けられるな」
「確かに、元敏腕記者や」と鍋島も同意した。「ますます気になるな。彼女がいったい何を追ってたのか」
芹沢は顔を上げた。「津和野に行くべきだと思うか?」
「いや、今はまだそうは思わへんな。編集長の言うように、彼女は地元密着型のライターや。おそらく今度も、取り上げてる題材は京阪神地区の出来事やと考えてええと思う。津和野へ行ったのは、たぶん二次的な取材やろ」
「だろうな。行くとしてももうちょっと何か分かってからでいいだろ」芹沢は頷いた。「例の三人の名前しか手がかりがないんじゃ、行っても調べようがねえ」
「同じ調べるんやったら、まずこっちでやることがある」
「殺人の被疑者――その線だな」
「そう」
鍋島は立ち上がってパソコンの置いてあるデスクに行った。過去の殺人事件の記録から、例の三人の名前を見つけ出そうというのだ。鍵を回してデスクの抽斗を開け、中の収納ケースにずらりと並んだUSBメモリを見ると、迷惑そうに顔をしかめて言った。
「何やこれ、また増えてないか?」
「ああ、この前から
「……あいつもマメやな」
「
「とりあえずは大阪からでええやろな。それだけでも相当あるけど」
鍋島はUSBに貼られたテープの文字を確認し、パソコンに差した。「これって、ちゃんと名前で検索できるようになってるんやろな」
「本店のデータベースで調べりゃ、簡単に見つかるんじゃねえのか」
「あそこのは気に食わん」と鍋島は吐き捨てた。「パスワードの変更をしょっちゅう要求してくる。おまけに検索履歴を全部記録してるとかいう話や。人がいつ何を調べようが、勝手やっちゅうの」
芹沢はふんと鼻を鳴らすと、さっき記事を調べているあいだに書き留めておいたメモ用紙を取った。「佐伯葉子が今までに取材した刑事事件が全部で、ええっと――俺が数えたところ十件だ。そのうちの八件が殺人。そのすべてが公判直前に取材を始め、結審してから判決までに掲載してる。そういう前例からいくと、もしもうまい具合に例の三人が刑事事件の関係者だとしたら、比較的最近の事件だと考えていいだろうな」
「はたしてそううまいこといくかな」鍋島は画面を見つめてキーを叩いた。「……え、あれ? くそ、ここもパスワード変わってる!」
鍋島は顔を上げると部屋を見渡した。「北村ぁ!」
「――え、は、はいっ」
怯えた声を出したのは、間仕切り戸を開けてちょうど部屋に入って来た若い刑事だった。肩をすくめて固まったあと、一目散に鍋島のもとへ来てぺこりと頭を下げた。
「パスワード変えたやろ」
「え? な、何ですか?」
「このパスワード。事件データの」鍋島は画面を指差した。
「……あ、ええ、はい」
「勝手に変えんなよ」
「あ、でもその――変えたときに新しいのをメモしてお配りしましたけど」
「知らんがな」
「じゅ、巡査部長――受け取られてご自分のデスクの抽斗に入れてらっしゃいました」
そこで雑誌を読んでいた芹沢が頷いた。「ああ、そうだったな」
「……知ってたんなら言えよ」鍋島は相棒を睨みつけた。
「言う間もなくおまえが怒鳴ったんだろ」芹沢は顔を上げた。「パワハラで訴えられるぜ」
「いやそんな、とんでもない」北村は慌てたように手と首を振った。
鍋島は真顔で北村をじっと見つめると、抽斗を開けてごそごそとかき回した。しかしすぐに諦めてパソコンを北村に向けた。
「パスワード入れて」
北村ははい、と答えてキーを叩いた。芹沢は雑誌に視線を戻してふっと笑った。
そのとき、デスクの電話が鳴って、芹沢が受話器を取った。「一係」
《あ――芹沢さん?》
「はい」ここ二、三日で覚えた声だった。「辻野さんだろ」
《ええ》
辻野仁美にはこの前、一係への直通番号を教えてあったのだ。
「どうしたんですか。今度はドラキュラに首でも噛まれたとか?」
「《面白くない》」
言ったのは鍋島と仁美の二人だった。受話器の向こうで仁美が鼻を鳴らし、鍋島に至っては、両腕を抱えて互いの二の腕をさすり、肩をすくめて眉をひそめている。『サブい』ということのようだ。――これだから、関西人は。軽く言っただけで、ウケなんて狙ってねえし。なのにいちいち評価するなよ。芹沢は気分を害し、面倒臭そうに受話器を持ち替えた。
「――で? ご用件は?」
《雑誌社で何か判った?》
「そんなにすぐに判らないって」
《どうして? 編集長に話を聞いたんでしょ?》
芹沢は大きなため息をついた。「いいか、考えてもみてよ。佐伯さんは何のためにおたくにあんなメッセージを残したんだ? 誰にでも喋ってる内容だったら、あんな風に思わせぶりな手がかりだけで、あとは秘密にする必要なんてないよね。向こうも何も聞いてねえってよ」
《……そう言えばそうか》
「何か
「それより、部屋を引き払ったかって訊いてくれ」鍋島が口を挟んだ。
芹沢は訊いた。「なあ、まさかまだあの部屋にいる?」
《え、いてるけど》
「何で。危険だから実家へ帰れって言ったよね?」
《葉子の部屋を調べることにしたから》
「は?」
《あたしなりにちょっと調べてみようと思って。彼女の部屋、そこらじゅういろんな本や資料だらけなのよ。それを一つ一つ調べたら、何かヒントになるようなことでも見つかるかも》
「警察相手に、堂々の犯行宣言だ」芹沢は呆れたように笑った。「他人の留守中に部屋に上がり込むなんて――」
《あたしと葉子は、何かあったときにって、お互いの部屋の鍵を預かってるの。つまり、留守中でもどうぞってことなのよ。あたしたちの友情って、そこまで深いわけ》
「……信じらんねえ」芹沢は頭を振った。「ありえねえわ」
《あなたに理解してもらおうとは思ってないから》仁美はふんと笑った。
「とにかく、余計なことはしなくていいって」
《どうして?》
芹沢は深くため息をついた。「あんた、まだ懲りてねえのか? 空き巣に入られて、その次はナイフで脅された。これ以上深入りすると、次は何されるか分かったもんじゃねえぞ。佐伯さんだってあのメッセージに残してただろ、京都へ帰れって」
《でも――》
「悪いこと言わねえから、実家が面倒なら彼氏の部屋にでも転がり込んじまえよ」
《彼は実家。家族と住んでるのよ》
「だったら、あんたも家族と住みな」
芹沢は言うと一方的に電話を切った。「――ったく、探偵でも雇った気分でいやがる」
「府民の皆さんに愛される警官を目指すとなると、道はこれ、実に厳しいねえ芹沢くん」
パソコンの画面を見つめながら、鍋島は大袈裟な抑揚をつけて言った。完全に芹沢を茶化しているのだ。
「俺はあの女の部下じゃねえんだ。いちいち進捗確認されるいわれはないはずさ」
「そうムキになるなよ」
そこへ、植田刑事課長が「芹沢、ちょっと来い」とデスクから呼んだ。
「ほれ、お呼びやで。ほんまもんの上司が」
鍋島は顎で芹沢を促した。芹沢は舌打ちして立ち上がった。