第8話 君の友達

文字数 2,333文字


 なんだか自分がすごく恥ずかしい存在に思え、ボクはナオと距離を置くようになった。堂々と姿を見せられなくなってしまったボクは。ナオのコンビニにも行かなくなくなった。
 すぐ近くにライバル店があったから生活に不便を感じることはなかった。しかし、ナオの笑顔が見られない日々は虚しく、それがまた自分の心に疑問を投げかけた。こんな関係のままで良いのか? ——と。
 そんな中でナオの十九歳の誕生日が近づいていた。それはボクにとって、互いの関係を修復する最初で最後のチャンスに思えた。

 勇気を振り絞って久々にコンビニを覗いてみたが、そこにナオの姿はなかった。
 以前に迎えに行った時にアパートの場所は確認していたから、住所はすぐに分かったが、ストーカーと思われるのは嫌だったボクは郵便受けには入れず、日にち指定の宅配便で送った。
 小さなバースデーカードに「君の友だち JUNより」と書いて、キャロル・キングの名曲『君の友だち』が収められたジェームズ・テイラーのCDと二冊の本をナオに贈った。一冊はナオが誘ってくれた映画の原作でグラフィック・ノベルの『I KILL GIANTS』。そしてもう一冊は、タイトルが誕生日向けではないと思いながらも、やはり選んでしまったアーシュラ・K・ル=グウィンの『闇の左手』。中学生の時にボクはその小説に出逢い、以来何度読み返したかわからない。その物語に描かれる惑星の人々にはナオの言葉通り性別がなかった。
 
 ナオの誕生日、自分からは連絡せずに、ナオからのメールや電話を待った。
 しかしその夜午前0時を過ぎても何も届かなかった。沢山の思いを詰め込んだ贈り物はナオにとっては重すぎたかもしれない——と、今更ながら不安になる。念のため宅配便の追跡サイトを確認してみたが、荷物は受取人不在のために営業所で止まっていた。
 不在伝票を見つけたナオはどうするだろう? 送り主がボクと知ってもちゃんと受け取ってくれるだろうか? ボクはますます不安になった。
 
 メールを受け取ったのは誕生日の翌日、夕方のことだった。
『純さま
 沢山のプレゼントありがとうございます。入院中だった祖母が亡くなって、お通夜から納骨までずっと家に帰っていました。不幸があった直後だけど、お祖母ちゃんもきっと祝ってくれるはずと、久しぶりに家族が誕生日を祝ってくれて、東京に戻ったら純さんからの不在伝票が入っていて、受け取ってビックリしました。わたしもっと早く純さんに本当のことを言えばよかったって後悔してます。でも嫌われたんじゃないとわかって安心しました。ほんとうにありがとうございました。
 黒島ナオ』

 ボクはすぐにナオに電話したが、ちょうど授業中だったことに気づいたのは回線が留守電に繋がったときだった。
「純です。メールありがとう。お祖母さんご愁傷様です。また電話します」とメッセージを残したが、三十秒以内と言われたので、なんだか素っ気ない伝言になってしまった。相手の状況も考えずに電話してしまったことをボクは後悔した。

 その夜ナオから折り返し電話があった。
「こんばんは。ナオです」
「お帰り。さっきは授業中に電話してしまってごめん。お祖母さん……残念だったね」
「ううん。末期癌って言われてからずいぶん経ってたから、みんなでお見送りできてよかったです」
「こんな時だけど、誕生日おめでとう」
「ありがとうございます。なんだか沢山頂いちゃって」
「ありがた迷惑にならなければ良いけど」
「嬉しかったです。でもよかった。わたしは純さんに嫌われたかと思ってたから」
「それはボクの台詞だよ」
「わたしが?」
「あの時は……」
「純さんのせいじゃない。でも、もう純さんとは友だちでいられなくなっちゃったって……」
「もしナオが良かったら、ずっと友だちでいよう」
「純さんはそれでいいんですか?」
「ナオがよければ、僕はずっと君の友だちだよ」
「よかった!」

 翌日、ナオからメールが届いた。
『純さま
 今日までお休みを頂いてたので、「闇の左手」を一気に読みました。不思議な小説でした。はじめは、わたしが性別の無い星なんて言ったから、調べてこの本をくれたのかなって思ったけど、純さんは中学生の頃から何度も読んでらっしゃるんですね。わたしもきっと何度も読んだらまた印象も変わるかもしれませんけど、これはSFなんですね。ファンタジーみたいって思ったら「ゲド戦記」の作家さんだってネットに書いてありました。それに女性の方なんですね。わたしなんか恋愛ものの漫画やラノベばかりで、SFって「時をかける少女」くらいしか読んだことなかったし、純さんは国立大の理系だけあって読む本が違うんだなと思いました。もし、純さんが好きな小説の中でわたしでも読めそうな本が他にもあったら教えてください。
「I KILL GIANTS」は以前から気になっていました。純さんと一緒に映画館に行ったときのことを思い出しました。あの頃は不安に思っていたけど、わたしの中にいるのは巨人でも怪物でもない等身大の自分。わたしはもっとありのままの自分を愛せるような人になりたいと、今はそう思えるようになりました。
それと、ジェームズ・テイラーって人の歌もすごく良かったです。「君の友だち」は前に聴いたことのある曲でした。歌い方が優しくて声も温かい感じがするし、すてきな歌詞ですね。歌にのせて純さんの気持ちが伝わってくるようでうれしかったです。
ほんとうに沢山のプレゼントをありがとうございました。
 ナオより感謝をこめて』

 なぜだろう? メールを読んでいるうちに涙が溢れてきた。でも、以前に感じていた切なさとは明らかに違う。これはうれし涙なのかな? ボクは不思議に思いながら涙を拭った。

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