第22話 真実の扉

文字数 3,963文字


 レイに祈りを捧げた翌朝、ホテルで遅めの朝食を終える頃に木村検事から連絡があった。これから検察庁の庁舎で藤本が事情聴取に応じることになったという。藤本の供述から何か新たな事実が判明したら、ナオに連絡してくれることになった。

 夕方、ナオとボクは高松地方検察庁に招かれた。連休中のことで表玄関は閉まっていたため、木村検事自身が裏口から案内してくれる。休日出勤していた他の職員もすでに帰宅したという人気のないフロアに靴音だけが響く。案内されたのは三人には少し広めの部屋だったが、そのドアが真実の扉になることをボクは願った。
「連絡が遅くなってごめんなさい」と言いながら、木村検事自身がミネラルウォーターを用意してくれた。「供述記録の要点をまとめながら、事件の流れを整理していました。それほど沢山の事実が浮かび上がってきましたよ」
 目の前のペットボトルの蓋を開けて口に潤すと、検事は先を急ぐ。
「結論から伝えますと、八木麗さんの死亡は、事故或いは自殺という点には変わりありません。但し、被疑者二人を殺人未遂罪として公訴する方針で捜査を進めます。併せて強制性交の件の捜査も進めるつもりです」
 ナオが一瞬ビクッと肩を震わせ、それを見て木村検事が尋ねる。
「一つ確認しておきたいのですが、黒島さんは未成年ですよね? 強制性交とかかなり直接的な言葉を聞かせることになると思いますが、大丈夫ですか?」
 少し間を置いてからナオは応えた。
「もうすぐ二十歳ですし、わたしは女優を目指していますから、どんなことにも耳を塞がず、目を逸らさないと心に決めています」
「わかりました。それでは、ストレートにお話ししますが、もし辛くなったら言ってください」
「はい」
「リベンジポルノってわかりますか?」
「ふられた腹いせにベッドで撮った動画や写真をネットで公開する……それですね」とボクは応えた。
「これは昨日までにすでに掴んでいたことですが、被疑者の二人はそのリベンジポルノで荒稼ぎをしていたんです」
「リベンジポルノで荒稼ぎってどういうことですか?」とボクは訊ねる。
「インターネットの闇サイトで請け負うんです。『あなたを傷つけ、苦しめた女を、あなたに代わって懲らしめます』とか言葉巧みに広告を出して依頼者から報酬を得る。詳細な情報を得た後、ターゲットの女性に巧妙に近づいて、親しくなったら泥酔させてホテルに連れて行って性交に持ち込む。相手が誘いに応じなかったり、抵抗したときは睡眠薬を使って眠らせて、自分たちのワゴン車やキャンピングカーで行為に及ぶ」
「強姦じゃないですか」とナオは声を震わせる。
「法律的には強制性交と言います。彼らはその様子を動画に撮影してインターネットで公開し、その結果を依頼者に報告する」
 ナオは顔を伏せた。
「大丈夫ですか?」と検事は心配するが、ナオは「はい、大丈夫です」と応えてすぐに顔を上げた。
「実際に交際していた相手だけじゃなく、片思いの相手をターゲットにすることもあったようで、すでに複数の女性から証言を得ています」
「なんて卑劣な」とボクは声に出してしまった。
「藤本司は今年二十一歳ですが、事件当時は十七歳の少年です。彼は見張り役や連絡係で、依頼者からの振込をATMから引き出す『出し子』でした。分かり易く言うと使い走りの仕事で二人から金銭を得ていました。ちょうど麗さんが被害に遭ったのは彼らが犯罪に手を染めたばかりの頃です。ターゲットの女性に近づくリーダー格は、二週間前に兵庫県の明石で逮捕されて実名報道された高知出身の畑山允浩(はたけやまみつひろ)。身長百八十二センチの長身で、被害者の多くは、『ファッションモデルのような外見だった』と言います——私はそうは思いませんが。もう一人の役割はビデオ撮影やインターネットですが、その男も撮影だけじゃなく強制性交の実行犯です。東京で盗撮事件で逮捕され、今は懲役刑で服役中です。畑山と違って大きく報道されているわけではありませんが」
「その男の名前、山本信治じゃありませんか?」とボクは訊ねる。
「なんで知ってるの?」と検事は驚いた。
「やっぱり」とナオ。「東京で山本から盗撮被害を受けたのはわたしなんです。盗撮だけじゃなく盗聴もされていました」
「それを早く言って! わかってたら、立会事務官を同席させたのに」
「すみません。検事さんは知ってると思って」

 盗撮の話をきっかけに何かのスイッチが入ったのか、木村検事は急に態度が変わった。ナオとのやりとりがしばらく続く。
「民事は示談成立って記録にあったけど、示談金は受け取ったのね?」
「はい。レイの事件の犯人だとも知らずに受け取ってしまいました。どうしたらいいでしょう」
「うーん、それは問題ない。刑が酌量された可能性はあるけど、あなたには直接関わらないから。でも。……と言うことは、山本はあなたが犯行当時のことを知っているか、何か証拠になるようなものを持っていると疑った可能性が高いわね」
「そういうことですか?」
「そういうこと以外考えられないでしょ? いや、断定はまずいけど……」
「でも、わたしのところには何もありませんし、事件のことも今日この話を聞くまで詳しく知らなかったんです」
「おそらく、山本はあなたを疑って自分から近づいた。それが逆にあなたの部屋の盗聴や盗撮で捕まって、ミイラ取りがミイラになっちゃったわけだ。悪いことは出来ないわね」
 不思議に思ったボクは疑問を挟んだ。
「監視目的なら、なぜ風呂場にまでカメラを設置したんでしょう?」
「山本は、性依存症窃視障害と言って、盗撮そのものに快感を覚えるある種の精神疾患なのよ。そういう場合、示談が成立していると大抵の場合刑は少し軽くなる。山本の場合は複数回の逮捕で、手口が悪質だったから懲役刑になったけど、最長の一年ではなく刑期は六ヶ月。でも盗撮の目的が他の犯罪の証拠隠滅や監視だったら酌量の余地はないわね。それも容疑が殺人未遂となると」
「なるほど。それにしても、なんでレイがそんなリベンジポルノの被害に遭うんですか?」とボクは更に疑問をぶつけた。
「この先は、ついさっき藤本が語った供述調書に基づいて説明するわね」
「はい」と僕もナオも同時に返答した。
「藤本が麗さんを見かけたのは、証言によると五月二日で、場所は昨日の書店の入り口付近。麗さんは裏の駐車場で被疑者の二人が歩けないほど泥酔した女性をワゴン車に乗せる様子を偶然目撃した。藤本はそれが麗さんと気づいて、目を逸らすために声を掛けた。それでも麗さんはワゴン車の二人の行動を見ていた。気づいた畑山が麗さんに近づき、危険を感じた麗さんはその場から逃げて建物の影に隠れた。その後、畑山が麗さんを見つけ出し、麗さんは畑山の股間を蹴り上げて逃走した」
「蹴った相手は藤本じゃなかったんだ」とナオが呟いた。「でもレイらしい」
「二日後に藤本は再び麗さんを書店の裏の駐車場に呼び出す。そこで、麗さんに蹴られたせいで畑山が怪我をして入院しているから慰謝料を払え——と脅した。麗さんは応じないどころか、もし自分が怪我をさせたのなら自首するから警察に行こうと藤本に迫る。怖くなった藤本は麗さんにスタンガンで衝撃を与えてその場から逃げようとした。転んだ拍子にポケットから飛び出した麗さんの携帯を藤本は自分のポケットに入れて逃走し、その後何度も着信があったので電源を切った」
「その着信はわたしからだと思います」とナオが付け加えた。
「なるほど。藤本の連絡を受けて駆けつけた畑山と山本は、周囲を探し回って麗さんを見つける。彼らは麗さんの背後から近づき、無理やりワゴン車に乗せると、睡眠薬の入った特製ドリンクを口から流し込んだ。藤本はその時はじめて彼らが麗さんに何をするかに気づいて、それだけは止めてくれと懇願した。しかし二人は容赦せず、その後ワゴン車の中で強制性交を繰り返し、その様子をビデオに収めた。藤本はそう証言してるけれど、自分は車外で見張り役をしていたから目撃はしていないと主張してる」
「やっぱりそうだったんですね」と言いながらナオは震えていた。
「大丈夫?」
「ごめんなさい。続けてください」
「午前0時を過ぎて、畑山、山本の二人は意識が混濁した状態の麗さんを現場に運び、その際には藤本も同乗している。その様子は現場の防犯カメラに記録されてるけれど、二人が麗さんを下ろしたところで映像は停止している。この映像には二人の姿しか映ってないけれど、藤本はまだ車内にいたのよ」
「その映像は何度も見ました」
「ここからは当時の記録からの引用だけど、実はその夜はセキュリティーシステムの記録装置の入れ替えで、その時間帯は防犯カメラ映像を記録する装置をRAIDシステム——わかるかな?」
「RAIDは、Redundant Arrays of Inexpensive Disks。複数台のハードディスクを冗長化したデータストレージシステムですね」とボクは応えた。
「その辺は私より詳しそうね。そのRAIDシステムに入れ替えるための工事で録画が一時的に停止されたから、それ以降約一時間分の記録がないの。県警は映像に残された二人の姿とワゴン車のナンバーから容疑者を割り出し、そのうちの一人だった山本は、ニュース報道後に工事関係者に連絡を繰り返していたため、真っ先に殺人容疑で逮捕された。当時設備会社のシステムエンジニアだった山本は、会社での勤務態度も良好で評価も高かった。でも、一貫して黙秘したために勾留され、その間に容疑者として取り調べを受けていることが会社に知られて解雇されてる。その一方で、完全黙秘の山本と対照的に、後から逮捕された畑山は『自分たちは被害者だ』と強く主張している」
「いったいなんの被害者ですか?」とナオは尋ねた。
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