第8話 親に断捨離させる

文字数 1,814文字

 せっかく手に入れた自宅を手放す、という決断は多くの人にとって並大抵のことじゃありません。K家の義両親だって、やむにやまれぬ事情がなければ、子供たちの提案を受け入れはしなかったでしょう。

 だけど大家族で暮らしていた頃と同じ家に住むのは、義両親にとって明らかにオーバースペック。いくら田舎とはいえ、広さで考えるとそれなりの大邸宅でしたから。
 あちこちの収納部屋や廊下は物であふれ、もはやその用をなしていませんでした。ということは、そこにかかっているローンや金利や税金は無駄でしかないわけです。
 だからこの時、無理矢理にでも生活をリニューアルできたのは良かったと今も思っています。

 「お金がない!」と頼ってきた義両親の存在は私たちにとって重たいものでしたが、後で考えると、義父は早めにSOSを出してくれたのかもしれません。どうにも身動きが取れなくなってから初めて相談されても、取れる対策は限られますから。

 というわけでまずは引っ越しが決まったのですが、その次に立ちはだかった問題は、半端じゃない量の荷物の整理。
 とてもじゃないけど、次の住まいに持って行ける量ではありません。「断捨離」ブームのずっと前のことでしたが、当時も何とかしなくちゃという思いだけはありました。

 すぐにでも「いる・いらない」の仕分けをし、どんどん捨てなくてはなりません。
 一刻も早く取り掛かろう、と意気込んで軍手をはめ、ゴミ袋を広げた私でしたが、今度は義母の気持ちの壁にぶつかります。

 何しろ彼女の心は、まったく現実について来ていませんでした。このゴミ屋敷の片隅で、すすり泣きの声が響きます。
「……私はここでずっと暮らしたいの……」
 私は作業に取り掛かるためにここへ来たのに、それを阻止するかのごとく義母はさめざめと泣いてしまうのでした。
 作業以前の問題です。
 義兄とK君。うまく言い含めてくれたんじゃなかったの!?

 義母としてはここで子育てをし、生きてきたという思いがあるのでしょう。彼女の家への執着には、とても強いものがありました。

 同情はしましたが、時間がありません。この時のK家には〇月〇日までに家を明け渡さねばならない、という期限があったのです。
 何としても納得してもらわねばならず、私は義父と二人がかりで引っ越しの必要性を説きました。

 義母もこの切迫感を理解したのか、どうにかうなずいてくれましたが、しかし本当の意味では納得できていなかったのでしょう。今度は物への執着を示し始めました。
「思い出の品なのよ。大切にしてきたのよ。あれもこれも、今度のおうちに持っていくわ」

 う~ん。カビだらけで、時にはゴ〇〇リの死骸がくっついているような物なのに……。
 なんて言えません(笑)。こんなガラクタ、全部捨てますよ!というのが本音ではありましたが、それを言ったら余計に傷つけてしまいます。本人にはかけがえのない宝物なのです。

 物への執着って、この世代の人には珍しくないですよね。戦後の苦労をした人なら余計にそうなんでしょう。
 さらにこの時の義母は精神的に追い詰められていたわけですから、できる限りの配慮は必要です。心の病スレスレにいることは、この時も分かっていました。

「今度のおうちには、本当のお気に入りだけ持って行きましょう」
 などと言ってなだめましたが、容赦なく捨てさせたというのが実態です(笑)。

 これは考え方だけで言えば、今の「コンマリさん」メソッドに近いものでした。「ときめく」物だけ残すというこのやり方、いいですよね。海外で評価されたのもうなずけます。
 当時はそんなメソッドなんて知らなかったわけですが、私も義父も義母を納得させるために必死でした。もちろんどれが本当のお気に入りなのか、本人もなかなか選べませんでしたが。

 とにかく山のような物、物、物……。

 ゴミは常識を超える量でした。一体何トンに及んだのか、今となっては分かりません。
 当時は粗大ごみも比較的処分しやすく、またその自治体では可燃・不燃のゴミは処分場に直接持ち込みができたので、義父とK君の二人がそれぞれの車で運びました。

 二台の車が、何十回も往復します。家に戻ってきたら玄関に積み重なった袋を車に詰めて、また出発するといった具合です。
 その袋を作るのは私と義母の仕事でしたが、義母は「いる・いらない」の判別をする以外は戦力になりませんので、ほとんど私一人がやるような感じでした。

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