第17話 障害の受容

文字数 3,173文字

 ジゾウが発達障害なのかどうか。これが私にとって大問題となりました。

 当時、私はジゾウを連れて地域の児童館に通っていました。児童館の先生は全員が幼児教育の専門家というわけではありませんでしたが、普段から乳幼児を見慣れている人たちです。私はここぞとばかりに意見を求めてみました。

「あら。ジゾウ君はぜーんぜん異常じゃないわよ。普通の子よ?」
 若い先生も、ベテランの先生も口をそろえ、私を励ましてくれました。
「保健師さんはね、スクリーニングで見落としがあると自分の責任にされちゃうのよ。だからちょっとでもおかしいと感じると、すぐに二次検査に回しちゃうのよ。大げさにされちゃったんだなっていう理解でいいんじゃないかしら」

 普段のジゾウを知っている先生たちの意見は心強かった! 有難いと思いました。
 とはいえ、あの健診時の私とはちょっと違う。
 我が子ジゾウに対する違和感もまた、拭えなくなっていたのです。

 意識すればするほど、「定型発達」の子との違いは明らかでした。いつも体を海老反りにしてギャン泣きするジゾウ。大人しくお母さんに抱かれているよその子が、別世界の生き物のように見えてしまうこともあります。
「抱っこを嫌がる子なんて、いないよ?」
 悪気なく発せられる、他のお母さんの言葉にはっとさせられることもありました。

 ネット上の、発達障害のチェックリストを見ると、あれもこれもジゾウに当てはまる。
「極度の人見知り」
「同年齢ぐらいの子と遊べない」
「癇癪を起しやすい」
「お気に入りがあるとそればかりになる」……
 まさにこれ、ジゾウのことじゃないですか。

 どうやら、私は厳しい現実を認めねばならないようです。
 保健師さんに腹を立てている場合じゃない。事実を冷静に受け止め、どうすれば少しでも良い子育てができるか。そこを考えなければならないのです。

 夫のK君には、もちろん相談しました。だけど疲れて帰宅した夫は、私があれこれ言うのをうるさく感じている様子。ネクタイを外しながら首を振るばかりです。
「ジゾウが障害児? んなわけねーだろ」
 くだらな過ぎて話にもならない、とでもいったような感じ。あとは(多くのパパさんと同じように)メシ、風呂、寝る。

 彼は根っからの楽天家。そこに何度も救われたからこそ、私も悲観的になることなくやってこられました。また夫はジゾウをかわいがり、(今のイクメンのレベルじゃないとはいえ)面倒も見てくれました。結構、頑張ってくれていたと思うのです。
 だけど、この時ばかりは冷たいと感じました。夫もまたこの時期にとても苦しんでいたことが後に発覚するのですが、それはまたの話に。

 とにかく私たちはこれまで、何があってもうまくやってきたとの自負がありました。でもこの「障害の受容」という点では、激しい衝突をすることになったのです。

 私だって最初は、息子に障害がありませんように、と祈ったもの。健診で引っかかった程度で傷ついたぐらいですから、根底に障害者への差別感情がなかったとは言えません。差別を許しちゃいけないと口では言いながら、自分はああはならないと思っていたわけです。
 今はそれに気づいて、もっと事実と向き合う覚悟を決めました。

 ところが意外だったのは、夫の方が私の何倍も、いいえ何十倍も強情だったということ。
「だから、ジゾウは発達障害なんかじゃねえっつってんだろ!」
 私を怒鳴りつけ、後はまるで聞く耳持たず。K君らしくないな、とは思いましたが、とにかく会話が続かないような有様です。
「ちぇっ。私は真剣に話をしてるのにな」
 再びエプロンをつけ、洗い物を始める私。内心、怒りが爆発していました。後で考えると、この時が一番の夫婦の危機だったかもしれません。

 私たちの場合、決裂まではしませんでしたが、子供の障害が発覚したか、疑いが出てきた時点で別れてしまうカップルもいるようです。障害受容って、当事者にとってはそのぐらいきつい。

 その後、私があちこちに電話をしたり、カウンセリングに出かけたりすることに対し、夫は決して良い顔をしませんでした。そんなのは余計なことだと、うちには必要のないことだと頑固に言い続けました。
 自分の息子がそんな風だなんて、とても認める気にはならなかったのでしょう。
 私は夫の理解が得られずとも、息子に必要なものは与えるという考え。こちらも頑固ですが、譲れないものはあります。

 だけど。
 ずっと後のことになりますが、彼が考えを改めてくれる日は来ました。その時のことも、お話ししておきます。

 幼稚園時代、ジゾウは次第に落ち着きを見せはじめ、そこそこ流暢に言葉を発するようになっていました。
 力を尽くしてくれた幼稚園の先生方にも感謝です。もう大丈夫だろうと判断した私は、ジゾウを(特別支援学校ではなく)普通の小学校に入れました。
 ところが入学間もなく、ジゾウはさっそく適応障害を起こし、激しい登校渋りに見舞われます。

 私は学校側と話を重ね、対応策を決めました。ジゾウは通常級に籍を置いたまま、週に一度だけ、校内設置の特別支援学級を利用させてもらうのです(これを「通級(つうきゅう)」と呼ぶこともあります)。
 そこでは個性の強い子について、困難を軽減するための指導をしてもらえるのです。ジゾウの場合はコミュニケーションの練習が必要なようでした。

 これさえも夫は強固に反対しました。いわゆる「可哀想な子」が行く教室に、ジゾウを行かせる必要はないと言うのです。
 悲しいことですが、確かに通級利用がいじめにつながるケースはあります。よその保護者の中にも、担任の先生に利用を勧められても絶対に了承しない人がいるとの話を聞いたことがあります。また子供自身が、利用の件をクラスメートに内緒にしてくれと希望することもあります。

 だけど、そんなことでいじめる方がおかしいじゃありませんか!
 それに昔と今とでは、支援級の有り方もだいぶ変わりました。今は普通に近い子が、必要な時にちょっとだけ利用するのもアリ。「特別」と名前はついていますが、そこまで特別なことではないのです(※利用に当たって行政側の許可は要ります。それなりにハードルは高いです)。
 もちろん、利用したからといって将来何らかの不利益を被ることはありません。
 
 その辺を私は必死に主張しましたが、夫には理解してもらえず。学校側に出す書類の保護者の承認欄には、自分の名しか書けませんでした。

 だけど、利用が始まってしばらく経ったある日のこと。ジゾウが夫の腕をつかみ、すがるように自分から報告してきたのです。
「あのね、支援級でね、先生がこんな面白いことを言ったんだよ! あんなこととか、こんなことをして遊んだんだよ!」

 笑顔いっぱい、とまでは行きませんが、いつも表情が乏しく、学校のことを話したがらないジゾウのことです。この時、急に生き生きし始めたという印象でした。我が家にとっては、劇的な変化といっていい状況です。

 ジゾウは、話したくて仕方がないという感じでした。支援級での先生とのふれあいの中で、前向きな感情を得たのでしょう。とにかく、これ以上の説得力を持つものはありませんでした。
 
 そういえば学校なんて嫌だ、行きたくないと毎朝大騒ぎだったのに、いつしか大人しく校門をくぐるようにもなっています。
 こうなるとパパも文句を言えず、頭を掻いています。
「支援級に行かせるのも、悪くはないのかもな……」

 そうですよ。支援級では先生がとことん面倒を見てくれるんですもの、本人は楽しいに決まっています。マンツーマン、しかもオーダーメイド。(税金を使い込んでいるという申し訳なさはありますが)利用資格のある人は利用しない手はないとさえ思う。

 長くかかりましたが、これが我が家にとっての障害の受容の瞬間でした。

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