第4話 シンデレラじゃなかった②

文字数 2,574文字

 まったくもって客を迎える感ゼロ。
 そんなK家でしたが、いざ中に入ると、廊下から奥は人が通れる程度には物が片付けられていました。

「ま、上がってよ」
 K君はずかずかと入っていき、私は言われた通りに付いて行きましたが、内心ビクビクしていました。今にもK君のご両親が帰ってくるんじゃないの? 留守中に勝手に上がり込んだことを叱られるんじゃないの?

 ともあれ、リビングで牙を剥いているワンちゃんたちが気になります。K君がよしよしと頭を撫で、私にもそうするように勧めてくるので、じゃあ大丈夫なのかと恐る恐る手を出すと、途端に噛みつかれそうになります。

 おおっと。
 慌てて手を引っ込め、ガルルルとうなっているワンちゃんたちに笑顔を向けてみても、そんなものは通じず。
 K君からは犬の毛だらけのソファーに座るよう言われ、その通りにしましたが、今度はワンちゃんたちのトイレから立ち上るにおいにクラクラします。

 持ってきたケーキを冷蔵庫に入れようとしたK君は、ドアを開けた途端にあっと声を上げました。すでに中がいっぱいで、ケーキのスペースを確保できなかったようです。
「こんなに食べ物があるのに、何を買いに行ってんだろうなー?」
 まあケーキの方は、買ったお店で保冷剤を付けてくれたので、しばらく大丈夫でしょう。

 私はぐるっと部屋の中を見回しました。ほとんど掃除というものがなされていないのは一目瞭然。壊れた家具の修理もままならないのか、扉にガムテープが貼られた箇所もあります。

 しばらくすると、外で車のエンジン音がしました。
 ご両親が帰ってきたのです!!

 私はさっと立ち上がり、挨拶をしようと待ち構えますが、ご当人たちはなかなか入ってきません。落ち着かない気分でまたソファーに腰かけます。
「いいよ、そんなに緊張しなくても」
 K君は笑いますが、こっちはとてもリラックスなんてできませんよ!

 やがてスーパーの袋を大量に下げたお二人が入ってきました。いよいよ対面の時です。
「初めまして。お邪魔しております」

 必死に笑顔を作り、最敬礼で挨拶をしました。
 お二人は真顔のまま。「ああ、来たの?」ぐらいな薄い反応が返ってきましたが、私の存在などはどうでもいいような感じです。

 お二人は、すぐに買ってきた食料品を冷蔵庫に詰める作業を始めました。
 とはいえ冷蔵庫はパンパンですから、新たに入れるスペースがありません。それを機に夫婦喧嘩が始まってしまいました。どちらのせいで買い物に行く羽目になったのか、責任のなすり合いをしているようです。

「あのさ。ケーキ、買ってきてあるんだけど」
 K君が必死に間を取り持とうとします。
「お茶でもいれようか。コーヒーがいいかな?」

 すると機嫌の悪そうなお義母さんが、ぴしゃりと言い返します。
「コーヒーなんか、うちにないわよ!」

 私はもうドキドキが止まりませんでした。私の何が、お義母さんを怒らせてしまったのでしょう。挨拶の仕方にどこか落ち度があったのかな? いや、やっぱり留守中に上がり込んでいたのがまずかったんだ。

「別にインスタントでもいいんだけどねえ……」
 K君はのんびりした口調のまま言い、キッチンに入り込んだ途端、コーヒーを見つけます。
「あ。あったぞ、コーヒー!」
 お義母さんは憮然としたまま。
「久しぶり過ぎてコーヒーメーカーの使い方なんて忘れちゃったわよ」
 お義父さんがさすがにこれはまずいと思ったのか、とりなすようにお義母さんに話しかけます。
「インスタントでもいいんじゃないか?」
「面倒臭い。私、コーヒーいらないわ」

 よっぽど私がやりますと言おうかと思いましたが、何だか口をはさめない状況でしたし、初対面の私がキッチンに入るなんて、許されるのかどうかさえ分かりません。だいたいキッチンには、これ以上人が入るスペースはなさそうでした。
 コーヒーは結局、お義父さんが黙々といれてくれました。

 ぽつねんと立っている私に、K君が食器棚からお皿を取り出し、手渡してきました。
「ケーキ、載せてもらってもいいかな?」
 もちろん構いません。私はせっせと作業にかかります。お皿はきれいなのかどうか怪しかったのですが、この際どうでも良いでしょう。
 そんなこんなでどうにかコーヒーが出て来て、硬い空気の中、みんなでテーブルを取り囲みました。

 義母の名誉のために、これだけは申し上げておきますが、決して悪い人ではないのです。
 私が発達障害についての本をあれこれ読むようになったのは、息子が生まれてからのこと。だけどこの時も直感めいたものがあって、何だか気の毒な人だなあと思いました。義母は私を憎んで言っているわけではなさそうでしたし、また息子のために嫁をテストするとかいう様子でもありません。ただ、その場その場で自分の感情をコントロールできない人っているんですね。

 ずっと後、アスペルガー症候群などの言葉を知るようになって、「ああこれも、これも、お義母さんに当てはまる!」とビックリしたのを覚えています。また(こういう言い方は本人に失礼だし、医療や心理系の方々から怒られてしまいそうですが)義母には軽度の知的障害もある、というのが私の感覚です。
 戦後間もない頃の教育を受けた人ですから、ピックアップされることもなかったんでしょう。むしろその後の人生、苦労が多かっただろうなあと想像します。

 こういう人たちを憎むべきではありません。ちょっと付き合い方を工夫すれば、むしろ普通の人より円満にやっていけることも多いものです。
 義母もこの時はすごい剣幕でしたが、いったん私に心を開いてからはそんなに気性を尖らせることもなくなりました。そしてむしろ、義母には周囲の人に愛されて、助けてもらえるような一面もあることがだんだん分かってきました。愛される技術の乏しい私には、羨ましい美点です。

 ともあれこの時の私にとっては、この義母の存在はなかなか衝撃的。
 何しろK君は中学受験をし、高校、そして大学とも名の通った所に行った人ですから、こっちはバリバリの教育ママが出てくるかと思っていたのです。このギャップを埋めるには、私なりに時間がかかったことを告白せねばなりません。

 K君の受けた教育については、むしろ義父の存在が大きかったことがだんだん分かってくるのですが、それはまた次回に。
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