第25話 愛され能力

文字数 2,956文字

「お姑さん、ご存命なの!?」
 と驚かれてしまうことが、ままあります。
 老々介護も珍しくなくなった昨今。義母ではなく私が義父の面倒を見ていることが、傍から見ると不思議なのでしょう。
 なので今回は義母の話を少し。

「義母は施設にいるんですよ」
 聞かれたら、正直にそう答えることにしています。ここでためらってしまう方もいるようですが、施設に預けること自体は悪いことではないんじゃないでしょうか。自宅より手厚い看護、介護を受けられる場合も多いでしょうし、本人のためになることも多いもの。

 もちろんうちの場合、核家族用の狭いマンションに義父を引き取っているので、それだけで環境は厳しいです。より介護度の高い義母も、というのは無理がありました。実際、義父のことだけで十分に頑張っていると見てくれる人も多く、私たちが誰かに責められたことはありません。

 忍び寄る高齢化と、介護不安で押しつぶされそうになっている人が多い昨今、この手の話をさらりと言える世の中であって欲しいと思います。みんなはどうしてるの? という素朴な疑問。そこに答える人が一人でも多い方が、安心できる人もまた増えるんじゃないかと思うのです。

 もちろん施設利用については、そう簡単な話じゃありません。全員が施設にお願いできるか、というと決してそうじゃない。世の中は不公平なもので、すべての子供を保育園に預けられないのと同様、というか数の上ではそれをはるかに上回る規模で、すべての要介護高齢者を施設でというのは無理な話です。日本では特にそうでしょう。
 話すのをためらってしまう理由は、そこにあるのかもしれません。たまたま手に入れた運の良さを(あるいはお金で解決したということを)表に出すことで、反感を買ってしまうのではないかとの恐れがあるのでしょう。

 福祉国家のお手本として、北欧の国々のことがよく語られます。
 日本とは状況が違い過ぎてとても真似できないし、あちらはあちらで問題が多いそうですが、近親者が在宅介護を行った際に国家が手当を支給するなど、やっぱり羨ましいと感じる部分はあります。日本も「施設から在宅へ」を本気で目指すなら、みんなが介護をしたいと思える工夫があってもいいですよね。

 さてK家の義母については、むしろ施設向きじゃないかと思う点があります。性格上の理由です。

 彼女が足のこわばりや震えを訴えだしたのは、かれこれ七年近くも前のことでした。
 あれこれ検査をした結果、下った診断はパーキンソン病。指定難病で、今のところ治る病気ではありません。薬は様々な種類が出ていて、合うものが見つかれば進行を遅らせることができます。

 もともと肥満で膝痛があり、体を動かすことが好きではなかった義母。糖尿病や小さな脳梗塞もあり、処方される薬も大量です。自分で体を動かせなくなってくると、本人はもちろん周囲も大変です。

 最初、この義母を献身的に介護したのは義父でした。義父がいたからこそ、私はたまに様子を見に行って家事を手伝う程度で済みました。
 義父の頑張りには頭が下がりました。義母は基本的に穏やかなので、そんな義父に甘えっぱなし。
 だけどいったん機嫌が悪くなると、義母は義父に対して感謝するどころか、きつい言葉を投げかけることがありました。性格というより、恐らくは障害のせいで、思ったことをすぐに口にしてしまうのです。ここはさすがに、義父が可哀想だと思いましたね。

 元気だった頃の義母は、言うことを聞かないジゾウを見て呆れ返ることもありました。
「つばめさんが、ちゃんとしつけをしないから!」
 私は苦笑い。
 いえいえお義母さん、ジゾウは誰よりあなたに似ているんですよ。これは遺伝的要素です。
 
 何を言われても、いわゆる嫁姑問題には発展しませんでした。
 私が傷つかなかったのは、義母の「フワフワ系」「天然」な要素が強かったから。人間いくつになっても、「可愛い子」でいられる人がいます。得してるなあと思います(笑)。

「手のかかる子」であればこそ、他人に愛されるケースもありますよね。かつての義母もそうだったんじゃないかという気がします。
 本人の昔話、あるいはアルバムなどをたどっていくと、若い頃の義母はたくさんのきょうだいに囲まれていたようです。そして特に、お姉さんの一人からとても可愛がられていた様子がうかがえます。ものすごく美人なお姉さん。たぶん人柄も良かったんでしょう。若くして亡くなられたようですが、一度お会いしてみたかったです。
 結婚後は、お姉さんの役目を義父が受け継いだんでしょう。

 本人が何を言い出しても、周囲は「はいはい」と笑って聞き流してしまう。そんな空気を義母は(たぶん生まれながらに)まとっているのです。
 義母が義父にきつい言葉を投げかけた、と書きましたが、単に正直だっただけ。そこを分かっている義父もまた、そんなに傷ついていなかったように思うのです。多くの人が彼女を憎めなかったのは、どこかに愛嬌があったから。

 愛嬌があるってなかなかすごい才能なのではないでしょうか。これがある人は、施設でも大丈夫なんじゃないかと思う。初めての介護士さんとも、何だかんだうまくやっていけますから。

 私はこの点で非常に「足りない」ので、素直で愛されるタイプの人が本当にうらやましいです。真面目な人が一生懸命に笑顔を作っても「笑顔が硬くて怖い」と取られてしまうことがあります。下手に愛嬌を目指すと、女性の場合は特に「あざとい」と誤解されることも少なくありません。
 甘え上手になれない皆さん、ここ共感してもらえますよね(笑)?
 ちなみに夫のK君も義母を羨ましいと言っていますが、彼の場合はこの資質をかなり受け継いでいるような気がします。

 むしろジゾウのような子にこそ、義母の「愛され能力」を受け継いでいって欲しいものです。だけどジゾウは困ったことに、言葉が出ないだけでなく、表情でのコミュニケーションも難しいようです。義母がジゾウの年齢だった頃、どんな風だったのでしょうか。ジゾウは義母レベルの愛嬌を手にいれることができるでしょうか。

 義母が施設のスタッフの方に優しくしてもらっている姿を見るのは、心のほっこりする瞬間ですが、一方で人の助けを得ないと生きていくのは厳しいという現実を突きつけられます。ジゾウが老いた時、誰にも愛されなかったらつらいだろうなあ……。
 
 だけどそのジゾウ。何を思ったか、中学校の演劇部に入ったようです。

 ええっ。
 よりによって演劇!? 表現の苦手な君が? 大きな声の出せない君が?
「……どうして演劇がいいと思ったのかな?」
 本人をそっと問いただすと、「裏方をやるのも、面白いかなと思って」とボソリ。

 ああ、なるほど裏方ね。もちろんそれもいい。きっと、かけがえのない青春の一ページとなるよ。
 そう言ってあげたいところです。
 だけど、とも思う。
 せっかく挑戦するなら、顔や体を使って思い切った表現ができるようになってみようよ。主役になんてなれなくてもいいからさ、私たち、笑えるようになっておこうよ。

 そんなわけで、とりあえず、親子で笑顔の練習をしておこうと思います。一朝一夕にはいかないけど、それが私たちの人生を助けてくれるかもしれませんから。
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