第55話 甘いケーキ ~ The happy sweetness

文字数 4,637文字

 本日は松戸美園に対する反攻作戦の打ち上げパーティー。

 ということで、ケーキの食べ放題を実施している某ファミレスに来ている。おいしそうに舌を出している女の子のキャラクターで有名な店だ。

「迷っちゃうなぁ」
「迷うよねぇ」

 ナナリーとミドリーがショーケースの前で今にも涎をたらしそうな表情で中のケーキを眺めている。

 このスイーツバイキングは、並んでいるケーキを自分でお皿に盛りつけるスタイルではなく、ショーケースから食べたいケーキを選んで店員さんに注文する方式なのだ。

 オーダーできるケーキは一度に二個まで、しかもケーキはよくあるバイキング用のミニサイズではなく通常に販売されているサイズのものと変わらない。だから皆、自分の胃袋と相談しながら悩みに悩んでいるわけなのである。

「うち、宇治抹茶ケーキとサバランでお願いします」

 花見川先輩が一番で注文する。性格なのか、サバサバした感じは伝わってきてはいた。

「じゃあ私、イタリアンショートケーキとチョコ生ケーキをお願いします」

 二番目はかなめだった。こういうのは本当に性格が出るな。彼女も決断力は早い方だ。

 ナナリーとミドリーはまだ迷っているようだ。とはいえ、ミドリーも決断力だけはありそうなんだけどなぁ……ネコと甘い物には性格が変わるタイプなのかもしれん。

 さて、俺の方も決めないと。

「有里朱、決まったか?」
『プレミアムショートケーキがおいしそうだね』
「じゃあ、ショートケーキで」
『待って、抹茶ケーキもいい』
「じゃあ、抹茶ケーキも追加で」
『チョコ生ケーキもいいな』
「あとで注文すればいいじゃん」
『でもでも、苺のカスタードパイも捨てがたい』
「それも後で注文しろよ」
『ほんとは全部食べたいけど、たぶん無理だから!』
「……」

 俺は有里朱を無視して店員にオーダーする。

「プレミアムショートケーキと北海道なめらかチーズケーキをお願いします」

 いちおう有里朱の第一候補のケーキと、俺の好物のチーズケーキを含めたバランス感覚のよいチョイスだ。

『孝允さん! わたしまだ決めてないのに』
「六十分しかないんだから、迷ってるなんて時間の無駄!」
『贅沢モンブランも捨てがたいよぉ……』

 まだ言ってるよ……。俺はケーキを受け取ると、とっとと席に戻ることにした。

 テーブルでは花見川先輩が豪快に、そしてかなめが優雅にケーキを食べている。この二人は外見と行動が一致していた。

「あ、あっちゃんのそれもおいしそうだね。後で私も食べよう」

 かなめが俺の皿のチーズケーキを指さしてくる。

『あ、そっか。ケーキ一個の分量って、けっこうあるから、シェアすればみんなでいろんなの種類を食べれるじゃん』

 と、有里朱が突然呟く。良いことを思いついたのだとアピールしたいのだろう。

「ん?」
『ねぇ、孝允さん。かなめちゃんに、こう言って。チーズケーキ一口あげるから、チョコ生ケーキ一口ちょうだいって』

 俺はかなめに向き直る。有里朱のかなめへの代弁は基本的に拒否しないようにしているので、そのまま呟いた。

「ねぇ、かなめちゃん。チーズケーキ一口あげるから、チョコ生ケーキ一口ちょうだい」
「うん、いいよ」

 すぐに反応が返ってくると、切ったケーキの端をフォークに乗せ、こちらの口元へと持ってくる。

「あっちゃん、あーんして」
「……」

 一瞬だけ有里朱の気恥ずかしさと共有される。おいおい、これって……いやいや、無心で行こう。変に身構えると、有里朱に妙な言いがかりをつけられるからな。

 口を大きく開けると、優しい笑顔でかなめがケーキを食べさせてくれる。まるで母親が子供に食べさせるようでもあった。なるほど、これは肉親への愛情に近いな。

『ぁはぁ、しあわせぇ……』

 ケーキを食べて幸せなのか、かなめに食べさせてもらって幸せなのか、よくわからない感情が流れてきた。有里朱が幸せなら、それはそれでいいのかもしれない。

 変に意識してしまった俺がバカみたいだな。

「あー、そのチーズケーキおいしそう。七璃もそれにすれば良かったかな」

 と、ナナリーがようやく戻ってくる。その後ろには、彼女と同じケーキが載った皿を持つミドリーがいた。

「あれ? 二人とも同じのにしたんだ」

 俺の質問に二人はハモるように答える。

「だって、おいしそうだったから」
「だって、おいしそうだったから」

 なるほど、一つ目の注文したケーキをお互いに見て、羨ましく思ったわけか。それで、同じ種類を注文してしまったと? 変なところで対抗意識を燃やすなぁ。

 四人がテーブルに着くと、各自グラスを持って乾盃をする。いちおう、お疲れさま会となっているが、俺としては戦勝パーティーに近い。これでもう松戸美園の脅威を考えなくいいのだからな。

 時間制限ありとはいえ、甘い物を好きなだけ食べながらの女の子同士のお喋り。これだ! こういう日常を俺は欲していたんだ。

 そんなわけで、初めは単なる世間話。学校での話がメインであったが、後半は反攻作戦のことに話題が移る。

「ねぇねぇ、アリス。あの松戸さんが最後の方で狂ったように暴れてたけど、何したの?」

 とナナリーが不思議そうに質問する。

「ああ、アレね。煮干しを口の中に突っ込んだの」
「ニボシ?」

 ナナリーは煮干しを知らないのか、顔にハテナマークを思い浮かべるような表情となる。

「煮干しって、あのポリポリ食べるおつまみ?」

 さらにミドリーが、おやつとして加工された『食べる煮干し』の方を思いついたようだ。もちろん、俺が持っていったのは出汁を取る方である。

 まあ、今は煮干しで出汁を取る家庭なんて少ないのだろう。よし、今度みんなで煮干しラーメンを食べに行くか。煮干しの良さを布教するチャンスでもある。

「匂いはたいしたことないけど、独特の魚臭さはあるからね」
「そっか、松戸さんにとってのトラウマのトリガーになったんだ」

 この中では一番頭の回転が速いかなめが、俺の仕組んだ罠に気付いたようだ。松戸美園は三度、シュールストレミングの匂いのトラウマを植え付けられている。煮干しのような僅かな生臭さでさえ、正常な思考を奪われてしまうだろう。

「あの松戸って子のトラウマってシュールストレミングだっけ? あの騒動って美浜さんが仕組んだのよね? しばらく部室棟使えへんって、運動部の子嘆いとったっけな」

 花見川先輩が苦笑しながら有里朱へと視線を向ける。「すみません」と心の中で謝っておいた。

「せやけど、それであないに狂うたように暴れたんや」と花見川先輩が感心したように呟く。

「まあ、あそこまで暴れるとは思わなかったですけどね」
「あれは凄かったね。マジで殺されるところだったんじゃない?」

 ミドリーが「恐ろしや恐ろしや」と大げさに演技するように、自分自身を両手で抱きかかえる。

「私もすごいドキドキしたんだからね! あっちゃん……もう、ああいう危ないことはやめてよね」
「いや、あれは本当に想定外だよ。わたしとしても、かなり焦ったんだからさ」
「けど……あの後、松戸さんどうなったんだろう?」

 かなめの不安そうな表情。松戸美園の心配をしているのではなく、彼女が再び解き放たれるのではないか、という恐怖が残っているのだろう。かなめは松戸と直接関わったことがあるから無理もない。彼女の醜悪さを間近で見ているのだから。

「学校にも来てないよね」とミドリーが補足するように呟く。

「元配下のDQNからの情報だと、松戸美園をリーダーとするグループは解散。あれ以来、彼女を見た者はいないそうよ。彼女の威光も使えないからDQNたちもおとなしくなってるって話」

 俺はそう説明するが、まだかなめの不安は拭えないようだ。

「親御さんが、松戸さんを部屋に閉じ込めて外出禁止にしたのかな?」
「あの様子だと本当に病院送りになったかもね」

 俺はそうであって欲しいと願っている。二度と彼女とは関わりたくないからだ。

「それこそ閉鎖病棟に入れたんじゃないの? あそこなら外部との遮断は完璧。ある意味彼女の身の安全だけは確保できるってね」

 と、わりと楽観的にミドリーが言う。

「まあ、彼女もおとなしくするしかないよ。今度何かあったら、警察沙汰になって誰も助けてくれないだろう。そうなったら法で裁かれて、それこそ彼女は終わりだよ」
「そういえば、結局、昔の事件って松戸が絡んでなかったんだよね?」

 ミドリーがフォークを弄びながら、確認するかのように聞いてくる。

「うん。松戸家と警察は繋がってない。慎重になりすぎていたけど、もうちょっと大胆に行動しても良かったかもね」
「あの転落死は本当に自殺なのかな? その謎は未解決のままだよね?」

 かなめの言葉には少しだけ慎重さと緊張感が込められていた。

「まあね。松戸美園に関係なかったことを安心するべきではあるんだけど……」
「何かひっかかるの?」

 そのかなめの問いは、心をざわつかせる。松戸の中学時代の話なんて、俺たちには無関係なはずなのに……。

 ほんの少しの時間、妙な沈黙が俺たちを覆う。まるで暗雲が立ち込めるかのようだ。

「ねぇねぇ、話は変わるけど、あのドローンって、あんなに遠隔操作ができるものなの? 部室からすごい距離離れてたじゃない?」

 その変な空気を払拭するべく、ナナリーから声が上がる。ドローンの操縦者からの素朴な疑問でもあった。

「あれは花見川先輩に渡したポケットwifiのおかげだよ。それを利用して部室のPCとVPNを組んでおいたから」
「う゛ぃぴーえぬ?」
「VPNはバーチャル・プライベート・ネットワーク。仮想的な専用線って意味だよ。つまり、部室のPCから直接wifiでドローンを操作したんじゃなくて、花見川先輩の持つポケットwifiを中継して操作したってこと」
「なんか難しくてわかんないや」

 絵描きでPCのアプリのみを使いこなすナナリーには、あまり必要の無い知識である。そんな彼女が立ち上がる。

「七璃、もう二個もらってくるね」

 とナナリーが元気よくショーケースの方へと歩いて行った。

「あれ? ナナリーって十個以上食ってないか?」
「あいつ、ちんちくりんの癖に大食いだな」

 俺の問いにそう答えるミドリーも、実は十個くらいは食っていた。

「うち、もうお腹いっぱい……せやけど、なんか幸せやなぁ」

 マイペースな花見川先輩。えっと、八個くらいは食ってたか。

 かなめは普通に五個あたりで食べるのをやめて、優雅にお茶を飲んでいる。やっぱり女の子たるものは、彼女のような余裕が必要だろう。

 体重を気にする有里朱は、こういう時はそのことを言い出さず、それでも六個目あたりでお腹が苦しくなってギブアップした。ほんと、胃袋ちっさいよなぁ。

 とはいえ、みんなでシェアするっていう有里朱の案で、いちおう全種類のケーキを口にしたことになるだろう。

 皆で食べるケーキは、一人で食べるケーキより十倍は美味しかった。

 俺もお腹いっぱいで幸せ。こんな日がずっと続けばいいのに……。

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