第25話 攻撃は最大の防御なり ~ Humpty Dumpty III

文字数 7,255文字

 翌日はかなめと一緒に出かける用事があった。先々週くらいに約束したものである。

 有里朱は朝からウッキウキであった。妙に気分がいいという感情がヒシヒシと伝わってくる。久々に親友とのお出かけだなのだから当たり前か。

 俺としてはストーカー騒動が一段落してからと思ったが、先週、俺個人の用事で一度断っているのだ。二度断るのはさすがに心が痛い。有里朱もストーカーの事で精神的に参っているわけだから気分転換も必要だろう。

 てなわけで、十時に東浦和駅で待ち合わせをした。

 五分前に行くと彼女はすでに来ている。赤いフレアスカートに黒白の細かいボーダー柄のブラウス、そして亜麻色のジャケット。ガーリーなファッションは松戸たちに付き合っていた時に影響されたのだろうか。

 まるきりのすっぴんではなく、色つきのリップを塗っているようだ。それでも、素は地味にかわいい。

 有里朱の上位互換と思われるくらいの容姿である。背の高さも同じで、わりと顔立ちは似ているところも多いのかな? 姉妹と言っても通じるかもしれない。特型駆逐艦に喩えるなら、有里朱が白雪で、かなめは吹雪と行ったところか。

 対する有里朱は上から下までファストファッションのウニクロ。

 グレーのフリンジラップスカートに黒地に水玉のブラウス。そしてその上に黒のクルーネックセーターだ。せっかくの十代なのだから、もうちょっとかわいい格好すればいいのになぁ、と思いながら私服は有里朱にお任せで着てきた。

「かなめちゃん、もう来てたんだ」
「うん、ちょっと駅に用事あったからね」
「そういや、かなめちゃんの私服見るの久しぶりかも」

 ここらへんは有里朱の言葉をそのままかなめに伝えている。二人で会話したいっていう彼女の気持ちを反映してだ。

「そうだっけ? あ、そうかもね。ごめんね」
「うん、いいんだよ。ただ、わたしと違って垢抜けたなぁと思って」
「まあ、いろいろあったからね。そうだ、今日はあっちゃんに似合う服を探しに行こうと思ったの」
「まあ、ウニクロだしね」
「ウニクロでも組み合わせによっては、もっとセンスでるよ」

 そんな女の子チックな会話を楽しみながら(俺は有里朱の言葉を伝えるだけだが)、三つ先にある越谷レイクタウン駅で下車した。

 ここには巨大なジャスコがある。もう一度言う。超巨大なジャスコがあるのだ。

 この巨大なショッピングモールはその敷地面積に、あの東京の巨大な野球場(ドーム付)が七個も入る広さだ。とても一日じゃ回りきれないであろう。

「ひっろいねー」

 かなめが三階の吹き抜けの部分から一階を見下ろす。日曜ということで家族連れの客も多く、店内はそれなりに混んでいた。

 二人はウインドーショッピングを楽しんでいる。実際に買わなくても満足するのだろう。キャッキャウフフと笑いながら服や小物を見て回っていた。

 会話は有里朱に任せ、俺は俯瞰するような感覚で二人を見守る。

 そろそろお腹空いたかなと思ったところで、かなめが問いかけてきた。

「どこで食べる?」
「うちらの財布の事情だとフードコートかなぁ?」

 他に候補がなかったので素直に三階にあるフードコートへと向かうことにした。

 さすがに休日。フードコート内は、小さい子供が走り回っており、疲れ切ったお父さんたちはスマホのゲームに熱狂しながら席取りをして家族待ちだ。すでに満席状態で、空席を探すのも厳しい。

「席ないときついね。どうしよう、あっちゃん」
「ここまできてマッグとか、モズバーガーとかはないよね?」

 せっかく来たのだから、地元でも食べられるようなファストフードにわざわざ行くこともない。とはいえ、本格的なレストランとなると、ランチメニューでも千円以上はする。

「いいんじゃない? テイクアウトにしてテラス席に行こうよ」

 かなめはその手のことは気にしないようであった。目的は食べものでないのだから難しく考える必要は無いのだろう。

「そうだね。あそこなら座れなくてもいいや」

 モズバーガーで有里朱の好物だという海老カツバーガーを買ってテラスへ行く。飲み物は自動販売機で購入。知的飲料も練乳の入った甘ったるいコーヒーもないので、彼女の意見を取り入れ緑茶にする。

 テラスに出ると、十一月にしては珍しいくらいの青空だった。少し風は冷たいが気分は良い。

「わぁー、景色いいねぇ」とかなめ。
「そうだね、なんもないねぇー」と、有里朱の言葉をそのまま伝える。俺の感想じゃないぞ。

 目の前に広がるのは湖という名のただの調節池。水面は穏やかで波も無く、辺り一面に目立つ建物も無い。というのも駅の周辺はほとんど手つかずの土地で、駅とジャスコ以外何もない状態なのだ。建設中のマンションもあるが、それは反対側だろう。

「田舎だねぇー」
「東浦和とどっちがいいかな?」
「こっちだと、夜真っ暗じゃない? ちょっと怖いかも」

 かなめの言うことはもっともだ。これから住宅がぼんぼん建っていくのだろうが、今はまだ商業施設だけポツンと一つあるだけの状態。

 住宅がそれなりに密集している東浦和の方が安心感はあった。

 柵に寄りかかりながらのささやかな昼食。とりとめのない会話を楽しみながら、しばしの穏やかな時間を過ごす。

「さーて、午後も頑張って回ろっか」
「そだね。まだ半分も回れてないし」

 そうして、テラスを後にしたところで気付いてしまう。あの男がいたのだ。

 その心の動きに有里朱が気付く。

『どうしたの? まさか、あのストーカー?』
「ああ、付いてきてるな。けど、これだけ大勢の人がいるんだ、手出しはできないだろう。それにここは監視カメラがたくさん付いているからな」
『そうだね』
「安心して楽しめばいい」
『うん』

 念のため、トートバッグに入れてるスマホで録画もしておくか。すべての場所にカメラがあるわけじゃないし。

 それからは問題なく楽しい時間が過ぎていく。夕方になり、結局何も買わずに帰宅するというのに、有里朱は愉しかったと言っていた。

 東浦和の駅に着いたとき、見知った顔が視界に入る。

 松戸の元配下の三組の女生徒だ。名前は調べればわかるのだろうけど、面倒なので配下A、B、Cとしよう。彼女たちは反対側のホームにいた。人もあまり多くない時間帯なので、すぐに気付いた。

「あ、岩瀬さんたちだ」

 かなめも気付いたようだ。そっか、一人は岩瀬というのか。じゃあ、配下Aは岩瀬ということで。ま、松戸の事も片がついたし、どうでもいいな。

『なんか様子がおかしいよ』

 有里朱が注目したのはその挙動の不自然さだ。一人の子が、自分自身のブラウスの胸元あたりを両手でぶちっと破く。そのままホームの端にいる三十後半くらいのおっさんの所に近づいた。

 おっさんは、初めは気付かなかったものの、近づいた女子高生の胸元がはだけていることを発見し、思わずガン見してしまう。

 女生徒達はそれを見て、さらに近づきおっさんの手を掴んで声をあげる。

「痴漢です!」

 なるほど、痴漢冤罪は金になると知っているのだな。示談に持ち込むだけでウン十万円の金が入る。今の法律なら勘違いで被害届を出してもデメリットはない。むしろ守られる立場だ。

 手慣れた手口から、今までも同様のことをしていたっぽいな。

 知らないおっさんだし、庇う理由もない。こっちとしても、もっと厄介なストーカー問題を抱えている。余裕なんてなかったはずだ。

『孝允さん……なんとかなりませんか?』

 なのに、こいつはまた他人を助けようと願ってしまう。

 俺はオッサンとその周囲を観察。おっさんはサラリーマン風の男で、グレーのスーツを着ている。

 ネクタイは黒と濃いグレーのストライプで、間に赤と白の細い線が入っていた。

 そいういや、俺もあれと同じネクタイ持ってたな。たしかネクタイの先の方を裏返すとピンク髪の魔法少女が描かれているオタクグッズじゃなかったっけ?

 しかたない、同じオタとして助けてやるか。

 俺はかなめとともに反対側のホームへと向かう。彼女の話では、あの胸をはだけさせた女生徒が岩瀬というらしい。

 ホームに下りると、女生徒とオッサンの所にはすでに駅員が事情を聞きに来ており、あきらかに痴漢冤罪が成立しそうな雰囲気であった。

 俺たちが近づくと、岩瀬たちが渋い顔をする。

「あのー、駅員さん。わたし状況を見てたんですけど」

 その問いかけに、話を聞いていた駅員が面倒くさそうな顔でこちらを向く。

「あー、証言ならあとで警察が来た時に言って」
「えっと、駅員さんも面倒でしたらこの件は対応する必要は無いと思いますよ。だって、全部この子たちの嘘なんですから」

 俺は女生徒達を指さす。彼女たちが「なんだよあんた!」と騒ぎ出すが、それを無視してその指をそのまま斜め上に向ける。そこにはホーム上を監視するカメラがあった。

「全部録画されてますよね? 録画データを全部調べてこの子たちを警察に引き渡しますか? 面倒ですよね? じゃあ、この件はこれで終了ということで」

 俺は、パンと両手を合わせる。これで手打ちにしようという意味だ。

 だが、岩瀬たちは敢えなく逃亡する。当然、残った者たちは唖然としていた。まあ、これで駅員も無駄な仕事をしなくて済むだろうし、オッサンの冤罪も晴れて自由の身だ。面倒事にあえて突っ込むことはしないだろう。

 ただ、お灸を据えなければならない者もいる。

 帰ったら編集して動画サイトにアップしよう。ちょっと悪質すぎるからな。

 実はバッグの中のスマホで録画していたのだ。本来はストーカー対策であったのだが。

 岩瀬たちは松戸の配下だったとはいえ、高木や馬橋たちのように忠実なる部下ではなかった。誰かを弄ぶために、強い者の配下にあえてなったのだ。

 命令されていじめを行ったのではなく、自ら進んでいじめを提案したのであろう。

 俺の分類では、彼女たちは【配下系の寄生型】。力の強い者を笠に着る傾向が強い。忠誠型のように、より強い恐怖で制御しても意味はない。そもそも、こいつらは恐怖で支配されているわけではないのだ。他人を見下したり、いじめたり、そういう手段の為に強い者を利用し寄生するだけだ。

 だから対処方としては、遊戯系と同じく、一度痛い目をみないとわからない。動画公開を検討したのも、これ以上被害者を増やさないためである。


「じゃあね?」
「あっちゃんも気をつけてね」

 学校近くでかなめと別れる。本来はもっと先で別れるのだが、ちょっと用事があると彼女に告げた。本当はストーカーに対処するためだ。

『どうする気?』
「昨日のあの手紙はヤバいよな。常人が書く文章じゃない。だんだんおかしくなってきていることは確かだ」
『行動がエスカレートしてきたらマズいんでしょ?』
「そうだ。だから、方針を変更する」
『何するの?』
「攻めに回るんだよ」

 俺は男が付いてきているのをそれとなく確認しながら学校裏の林道へ入っていく。

 トートバッグには念のための防犯グッズが入っているので、最悪の場合でもなんとかなる装備だ。

 今はもう四時半になる。もうすぐ日が沈むので辺りは暗い。心なしか男の付いてくる速度が上がった気がした。こちらも少し早足となる。

 さらに男が加速。

 これは危険だと判断し、林道から雑木林の中へ入っていく。森ではないとはいえ、うっそうと茂る木々の中は、国道に比べて外灯もなく真っ暗に近い。

 俺は鞄の中から暗視ゴーグルを取り出す。軍用ではなくおもちゃに近い物でIR光源が必要なものだ。それでも、雑木林の中を動き回るには問題ない。木に貼ったテープ類もきちんと反応してくれる。

 雑木林の中をやや早足で、追いつかれないように動き、トラップの場所を探す。

「あった!」
『あれは、落とし穴タイプだっけ?』

 そうだな。暗視ゴーグルだから色が見にくいけどその通りだ。今度は色だけじゃなくて、テープを貼る形とか場所でわかるようにしよう。

 俺はそのまま駆け抜け、落とし穴のある場所を飛び越える。

 後ろから来る男も、そこを通り過ぎようとしてズボッと片足がはまり前につんのめる。
「……ぐふっ!」

 倒れたまま呻き声をあげる男。

 動けなくなった所に近寄り、ポケットに忍ばせていた手製のスタンガンを押し当てる。
 これは、Konozamaで買ったある部品を使って作ったものだ。スタンガン自体は売られていないが、パーツを手に入れればハンドメイドは可能である。

 バチバチッという音とともに電極から青い光が放電。何度か押し付けた後、男の身体が固まる。といっても意識はまだあるだろうから、頭にすっぽりと麻袋を被せた。

『殺してないよね』
「生きてるよ。ほら、背中が呼吸で僅かに動いてるだろ?」

 とはいえ、スタンガンを押し当てた直後は呼吸できなかったとは思うけどな。

『びっくりしたよ。凄い音だったね』
「俺も想定外の大きさにびびったよ」
『これでこの人……もう懲りて追いかけてこないかな?』
「ん? 別に懲らしめるためにやったんじゃないぞ」
『え?』

 俺は男のポケットから財布を取り出す。

『ちょっと……だめだよ。人の物とっちゃ』
「違うって」

 俺は財布から免許証を取り出してそれをスマホのカメラで映す。作業が終わったら、きちんとしまってポケットへと戻した。もちろん現金には手をつけていない。

 さらに男の上着の内ポケットからスマホを取り出し、画面を表示させてロック画面の解除を試みようとするが……これ指紋認証か。

 男の指を拝借してロックを解除。

 自分のスマホと相手のスマホを変換ケーブルで繋げ、情報のバックアップを取る。これで相手のスマホの電話番号とメールアドレスや電話帳の中身がわかる。

「よし、これで終了だ」

 スマホを内ポケットに戻すと、そのまま退散。

『これでいいの?』
「犯罪行為はやってないよ。あ、スタンガンはちょっと過剰防衛になっちゃうかな? けど、こっちは女子高生であっちは大人だからなぁ、裁判になったとしても問題はないか」『情報収集して、どうするの?』
「そりゃ、ストーキングをやめさせる」

 正攻法では難しいストーカー対策。だが、相手の事を理解すれば、そこそこの解決策は見つかるのだ。

『あの人ケガしてないよね?』

 まーた心配しているのか。

「大丈夫だ。つまずいたときにどっか擦りむいた程度だろ。夏じゃないから肌の露出も少ないし、無傷に近いとは思うけどね。

 家に帰ると、取り込んだ情報の整理だ。

 免許証から、男の名は思井(おもい)啓介(けいすけ)ということがわかる。生年月日は昭和五十五年四月九日生まれの三十八歳。

 住所は東浦和市下口新田○の○。うちのマンションからかなり近い。グーグーマップで確認すると、方角的に有里朱の部屋の窓から見える位置にある。

 カーテンの隙間から住所の方向を見る。木造の小さなアパートのベランダ側がこちらを向いている。あそこから超望遠レンズで覗かれたら、家の中まで見えてしまうかも知れない。

 さらにノートパソコンとスマホを繋いで、抽出したデータを整理する。

 それにより男のスマホの電話番号、メールアドレス、そして電話帳の内容までわかった。電話帳には勤め先と親類の番号が書いてあった。有里朱と同じで、友だちがほとんどいないという悲しい事実も同時にわかる。

『なんだか、こっちがストーカーみたいだね』
「そうなんだよね。まさにこれは目には目をの戦法だ」

 けど、やり方間違えるととんでもないことになる。最悪、逆上したあの男に殺されるだろう。その部分は有里朱には伝えない。不安をこれ以上煽っても仕方が無いのだ。

 本名もわかったところで、あのレトロなホームページと合わせてネットから情報収集。Tvvitterアカウント、Faceboogの本人ページ、Skypuのアカウントも発掘。

 勤務先の不動産会社に、両親の住む場所、電話番号……そして気になる電話番号が一つ。

 ただ「J」とだけ書いてあった。かけてみるにせよ、有里朱のスマホからかけるのはリスクが大きい。

 今回の作戦では無視しても構わないだろう。

 これだけ揃えば逆襲の準備は整う。あとはPCでTvvitterのダミーアカウントとダミーの無料メールアドレスでも習得しよう。

 ツールはネットで探せば見つかるはずだ。簡単なプログラムなら俺でも組めるので最悪それでいこう。

 念のため一通、空メールを送ってみる。MAILER-DAEMONさんからは戻ってこない。アドレスの有効を確認をしたところで今後のための文章の作成、画像の編集、出力まで行う。

 あとは新たな玩具を試してみるか。

 さらにバックアップファイルを探っていくと、いくつかの画像が見つかる。それは心臓を鷲づかみされるような恐ろしさだった。

 映っているのは有里朱の横顔。ただし、映っている場所が問題だ。

 そこは有里朱の通う学校の一年一組の教室。映しているアングルとしては、教室の後ろの入り口辺りであろう。

 校内に男が忍び込んで撮影できるのか? 扉が開いているところを見ると休み時間だと思う。そんなところに怪しげな男が入ってきたら一発でわかってしまうはず。警察を呼ばれても仕方の無い案件であろう。だが、そんな事実はなかった。

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