第50話 裏表

文字数 5,893文字

第50話 裏表 ~ The flower of the mirror country II

 放課後、俺たちは駅の近くのカラオケボックスにいた。といっても、ここは松戸の親族が管理するビルではなく、それとは別の建物だ。

 部屋は普通よりやや広めのパーティールームを借りている。十人くらいは余裕で入れる場所なので、ゆったりと話はできるだろう。

 これからとある作戦を発動するので、部屋の中は少しばかりの緊張感があった。

「うまく行くといいね」

 かなめが穏やかな視線を向けてくる。その柔らかな声は、張り詰めていた空気を緩めていた。彼女特有の能力(スキル)ともいえる。

「そうだね。今回の目的はただの懲らしめじゃないからね」

 のんびりと来客を待つことにする。いちおう相手は年上なので少しは気を遣わなくてはならないが、俺からしてみれば年下のガキだということを失念していた。

「セッティング終わったよ」

 ミドリーが液晶モニターの裏から顔を出す。彼女には、ある仕掛けの手伝いをしてもらっていた。こういうことは、かなめやナナリーには頼めない。

「まだ時間あるから、なんか歌う? 七璃、スノハレ歌いたいな」

 選曲用のタブレットを操作しながら、ナナリーも緊張を解こうと思ったのかそんなことを言い出した。まあ、気張っていてもしゃーないわな。

「そうだね。時間もあるし……ナナリー、ギョーザ歌おうよ」

 俺は某スクールアイドルのキャラソンでもある百合系のデュエットソングを提案する。ちなみにタイトルは餃子とはかけ離れた名前で、単純にファンの間だけで通じる略称だ。

「いいね。アレ、わたしも好きだし」

 と、その場のノリで熱唱してしまう。かなめは穏やかな表情で見守ってくれていたが、ミドリーは「ナニ歌ってんだよ?」と呆れた視線を向けていた。

 二曲目を歌おうとナナリーとタブレットを見ながら盛り上がっていると、部屋の扉がガチャリと開く。

「ここって指示だよね?」
「へー、けっこう広い部屋じゃん」

 入ってきたのは臼井先輩と和田先輩。その後から佐倉先輩も入ってくる。

「あんたら? わたしたちを呼び出したのは?」

 睨み付けるような瞳の佐倉先輩。他の二人に比べてやや緊張した面持ちだ。それでも体格のせいか、威圧感はあった。

 実は昨日の段階で、佐倉にはアポイントメントを取っていた。というのも、佐倉先輩は実名でTvvitterをやっているのだ。そこへダイレクトメールを送ればいいだけなので、連絡を取るのはかなり楽であった。

 内容は、『めぐみ先輩への嫌がらせの現場を見てしまったのでお話があります。明日、カラオケボックス“ビックリエゴ”の3Fのパーティールームに来て下さい。扉には“宅女文芸部様ご予約”と書いてあるはずです』とこの部屋を指定したのだった。

「あんたたちが見たってこと?」

 佐倉先輩は部屋の中を見回し、見た目で気の強そうなミドリーに視線を固定する。まあ、目つきは悪いし何かを企んでいそうな顔なので、リーダーと勘違いしたのだろう。自信なさげなモブキャラっぽい有里朱を主犯とは思わないはずだ。

「えっと……あたしは手伝いに借り出されただけだからさ」

 苦笑いのミドリーの反応を見て、佐倉先輩はかなめへと視線を移す。順番的にそうだよなぁ……。この中では、ミドリーの次にしっかりしている。

「すみません。話があるのは、あっちゃん……この子なんだけど」

 かなめも苦笑いしながら、俺の両肩に手を置く。

「おまえか? あんな変なDM送ったのは」
「変ではありませんよ。事実ですよね? ほら」

 監視カメラの映像からプリントアウトした、佐倉先輩を含む三人がめぐみ先輩の持ち物にいたずらをしている写真を見せる。

「てめえ、どうやってこの画像を」

 ひったくるように取り上げたその写真を後ろを向いて三人が確認する。

「うわー、決定的じゃん」
「校内ってスマホ禁止じゃなかったっけ?」

 再びこちらを向いた佐倉先輩の表情は鬼のような形相だった。

「わたしらを脅迫しようっていうの?」
「金なんかないよ? 一年生ちゃん」
「そうそう。あたいら強請(ゆす)ったって、なんも出ないって」

 佐倉先輩と対照的なのがは臼井先輩と和田先輩だ。彼女たちはあまり危機感を抱いていないようで、半分笑いながらの反応だ。

「安心して下さい。金品のたかるつもりはありません。わたしの願いは、めぐみ先輩へのいじめをやめてもらうことです」

 俺のその言葉に臼井先輩と和田先輩の二人が笑い出す。

「あはは、チョーウケる」
「めぐみんも慕われてる一年の子がいるんだね」
「あの子、美術部じゃ一年の子に嫌われてるのにね」
「どうやってこの子たちをまるめこんだんだろう?」

 まるで緊張感のない笑い。すべて他人事のような彼女たちの言葉に俺は苛つきを覚える。

「約束してもらえますか?」
「ハイハイ。わかったわかった」
「そうそう。お姉さんたちの負け」

 俺は二人の先輩から、佐倉先輩へと視線を移す。彼女はぎゅっと唇を閉じて、悲痛な顔をしている。お気楽な二人の先輩方とは正反対だ。

「トモエも反省してるって」
「あたいらトモエに付き合ってやってただけだからね」
「べつにぃー、めぐみんに個人的な恨みはないしねぇ」
「だよねぇ。トモエがやめるなら、あたいらがやる必要ないし」

 そこでスピーカーから微かなノイズとともに臼井先輩と和田先輩の声が聞こえてくる。

――ガキと言えばトモエもそうだよね。あんなことに乗ってくるなんて。
――あたいは前から気付いてたよ。煽てれば乗せるは簡単だって。
――あいつ、あんな顔だから人から好かれたいって気持ちが強いんじゃね?
――そうそう。だから絵のことちょっと褒めたら、調子に乗ってやんの。
――幕張が嫌がらせを受けるのも『当然の報いだ』って誘導するのも楽だったよね。
――うん。あたい、幕張のこと前からムカついてたからね。ちょうど良かったんだよね
――エミリ、こわーい。
――なに言ってんの。あんたも幕張のこと大嫌いじゃない。
――えー、あたしはあの子とは性格が合わないだけだよ。それに目障りじゃんあの子。
――あんたの方がこえーよ。

 アンプに接続されたスマホの音声ファイルが再生されたのだ。俺が合図を送って、ミドリーがボタンを押すという段取りであった。

「キララ、エミリ、どういうこと?」

 佐倉先輩が驚いた顔で両脇の二人の顔を交互に見る。

「ちっ! ……あんときの一年か」
「どうりで見たことがある顔だと……」

 舌打ちする二人に佐倉先輩の呆然とする。

「え? どういうことなの?」

 事態を収拾するために、俺は一歩前に出て佐倉先輩としっかり目を合わせる。

「この二人は佐倉先輩のめぐみ先輩への嫉妬心を利用したんですよ。自分たちの欲望を満たすために」
「あ、あんた達……」

 佐倉先輩は自分の感情を抑えるかのように握った右手を胸元へと持ってくる。その握り拳は怒りに震えていた。

「バレたならしゃーないね」
「だね。ま、そろそろトモエといるのも飽きてきたし」
「リエんとこ行く?」
「そだねー。リエっち、トモエのこと大嫌いだもんね」

 まったく反省がないどころか、俺たちの目の前で鞍替えの算段をするとは……。

「あたいら帰っていい?」
「もう話は済んだでしょ?」

 退屈そうに欠伸までする臼井先輩。こいつらほんと、根が腐ってるな。

「もう少しお付き合いしてもらいます。だって、そうしないと、今度はそのリエ先輩とかを使って佐倉先輩に嫌がらせをしそうですから」
「は!?」
「なに言ってんの?!」

 図星のようで、すぐに動揺が顔に出てしまう二人。目の前で鞍替えの算段しておいて、相手が何も考えないと思ったのか? 頭空っぽなのか? こいつら。

「まあまあ、落ち着いてください。面白い映像も用意しましたから」

 俺は冷静になって、奥の席へと彼女らを誘導する。ただ、佐倉先輩はショックが大きかったのかその場でがっくりと項垂れている。

 そんな佐倉先輩を気遣い、かなめが何か話しかけている。そして、臼井先輩たちとは離れた席へと連れて行ってくれた。

「ミドリー。再生していいよ」
「ほいきた」

 俺の指示で、モニターに映像が流れる。それは昨日のショッピングモールでの出来事。数々の悪行の証拠。

「よく撮れてるでしょ」
「あ、あんたらいつ撮ったんだよ……」
「……」
「これ、動画サイトにアップしたらどうなると思います?」
「……」
「……」

 さすがに状況を理解したのか、動揺を隠せない先輩方。

「今ならまとめサイトにも取り上げられて、うまく行けばテレビのニュースでも流れそうですね」
「……やめろ!」

 身体は硬直しているが、臼井先輩は絞り出すような声で俺たちへの脅しをかける。

「え? なんですか?」
「やめろって言ってるんだ」
「なにをですか?」

 俺はしらばっくれる。そもそも「やめろ」と言える立場ではないだろう。

「動画サイトへの投稿をやめろと……」
「キララ……冷静になりな」

 隣の和田先輩がそう呟くと、睨むような瞳で俺を見上げた。そして言葉を続ける。

「何が目的?」
「そうですね。初めは、めぐみ先輩への嫌がらせをやめさせることでした。だけど、それじゃ根本的に変わらないなと思いまして」
「変わらない?」
「先輩方のいじめっこ体質ですよ。誰かをいじめなければ喜びを感じられないなんて、歪んでいると思いません?」
「じゃあ、どうすれば許してくれるわけ? あたいらに死ねと?」
「いえ、普通におとなしくしていてください。誰かを貶めることなく嫌がらせをすることなく、あと一年ちょっと我慢してください。普通に学校生活を楽しんでくださいよ」

 それが普通の高校生の生活だ。

「はあ? あたいらに青春をエンジョイしろと? 上辺だけでニコニコして仲良しごっこしてろって? ふざけんじゃないよ。裏の感情があるから仲良くできるんでしょ? 笑ってられるんでしょ? あんた、人間の本質をわかってないよ」

 まさか、年下の女子高生に説教されるとは思わなかった。でもまあ、彼女の言いたいこともわかるよ。人間、裏表が肝心だ。

「人間の心には裏表があるってのは同意しますよ。けど、誰かをいじめる。誰かに嫌がらせをする。これは、つまり誰かを攻撃するってことですよね? いわゆる戦争です。そして戦争ってのは必ず反撃されます。それを想定すべきですよね。人間の本質云々を言うならば、攻撃した場合のリスクを考えるべきじゃないですか? それが考えられないのは愚か者といえますよ」
「あ、あたいらは、あんたの事は攻撃してないだろうが!」

 そこが今回のネック。有里朱たちが直接いじめられたわけではない。処理の仕方によっては『正義の味方の自己満足』で終わってしまう。

「戦争ってのは様々な要因を想定します。その中でも先手を打って敵の基地を攻撃するって戦略があるのをご存じですか? わたしたちにとって、先輩たちは危険なんです。だから、封じさせてもらいますね」

 ニヤリと口角を上げる。かなめにドン引きされた歪んだ笑いだ。

「危険って……」
「この映像は動画サイトにはアップしません。けど、先輩。先輩たちが誰をいじめようとしたり、利用しようとした場合、躊躇無く公開しますよ」

 俺は目を細めて顎をやや上げ、見下すように先輩たちに冷たい言葉を投げかける。

「ようは何もしなければいいのね?」
「そういうことです。でも、先輩方の監視は続けますからね。もし、何か不穏な動きをしようものならすぐ察知できますよ」
「こえーよ一年。だけど、そんなんであたいらが本当に封じられると思ってるの?」

 和田先輩の瞳に一瞬、狂気が宿る。「やめろと言われてそう簡単にやめると思うか?」そんな言葉が隠されていそうな雰囲気だった。それはまるで、いじめという麻薬に見せられた中毒患者のように。

「公開されればどうなるかは理解していますよね」
「ああ、あたいらの人生は終わりだ」
「人生を破綻させてまで誰かをいじめたいのであれば、先輩たちは病気です。一度精神科のお医者さんに診てもらった方がいいのではないでしょうか。マジな話」
「……」
「……」

 その言葉で完全に沈黙する和田先輩。臼井先輩はすでに放心状態だ。

「帰っていいですよ」

 項垂れながら先輩たちは出口の扉へと向かう。そんな彼女らを俺は再び呼び止める。

「それともう一つ。松戸美園には近づかないで下さい。もしなんらかの誘いに乗ったのなら、不穏な動きと判断して動画を公開します」

 それは松戸に和田先輩たちを利用されないための先手。容赦ない言葉であっても、これだけは言っておかなければならなかった。

「ふふっ、鬼だな。わーたよ、あたいもあの生意気な一年にだけは下らねーよ」
「逆に松戸美園に何か脅されるようなことがあったら相談してくださいね」

 いちおうフォローはしておく。松戸が先輩たちを引き入れるのならば、宮本香織のように弱みを握るのがセオリーだろう。

 和田先輩は片手を挙げてそれに無言で返答する。そして二人は静かに部屋を出て行った。

「ふぇぇぇぇぇ、七璃緊張したぁ!」

 ナナリーが脱力したようにローテーブルへと上半身を突っ伏す。彼女は、先輩たちが入ってきてから脅えたように隅の方で固まっていたのだ。

「緊張解くのはまだ早いよ、ナナリー。佐倉先輩はまだいるんだからさ」

 部屋には酷く落ち込んだ様子の佐倉先輩が残っていた。隣にかなめが座って、慰めるように言葉をかけている。甘いと言われるかもしれないが、これは俺の指示であった。

 誰かに罰を与えるためだけにこの作戦を実施したわけではない。本来の目的を忘れてはいけない。

 メインイベントはこれからだ。ということで、LINFのメッセージを送る……と、しばらくして部屋の扉がノックされて女生徒が入ってきた。

「めぐみ!」

 佐倉先輩が目を丸くして驚きながら声を上げる。入ってきた女生徒は、花見川ゆり先輩と、幕張めぐみ先輩だった。


 さて、第二幕の始まりである。

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