第65話 起爆装置 ~ Eaglet III

文字数 5,341文字

 ノートPCの顔認識プログラムを起動させ、二つの人物の顔を照合する。とはいえ、一方は鼻から下半分なので、完全に照合できるわけではない。

 今は放課後。いつものようなゆるーい雰囲気ではなく、部室内にはわずかな緊張感に包まれていた。

「アリリンに言われたとおり、ウーチューブの動画ファイルを吸い出しておいたよ」
「じゃあ、動画編集ソフトを立ち上げて、七分あたりからの映像をスローで確認して」

 俺はデスクトップPCで作業をしているミドリーにそう指示を出すと、顔認識プログラムの結果を見る。

 下半分なら九十七パーセントの適合率だ。顔全体で比べられないのは仕方が無いか。それでも同一人物の可能性は高い。

 比べているのは、例のJC……もといJKウーチューバーの顔と、この間のいじめられていたと思われる一年生の顔だ。

 彼女の名は市原央佳(いちはらおうか)という。現在、一年一組の生徒である。

 俺があの時感じたのは「誰かに似ているな」という漠然としたもの。そこで、彼女を隠し撮りし(スマホは校内で禁止されているので、普通に隠しカメラを使用)、部活の皆に見せたところ、かなめが「これって例のウーチューバーに似てるね」と言ったのがきっかけだ。

 そこから動画を検証し、ミドリーもナナリーも「うん、似てるよ」「本人っぽいね」と言い出したところから二つの顔の照合を行うに至る。

「有里朱、おまえの感じたのってこれだろ?」

 俺は心の声でそう問いかける。あのとき有里朱が声を上げなければ、俺もそれほど気にしなかったはずだ。

『うーん……わたしの感じたのはこっちじゃないんだけどなぁ』
「じゃあ、なんだよ?」
『だから、なんとなく曖昧で、まだ言えるような状態じゃないんだって』

 第六感によるアナログさゆえに、はっきりと答えが出せないのが有里朱の欠点でもある。

「まあいいや。例のウーチューバーって可能性はかなり高いし」
『そんなの隠しておいてあげなよ。わたしたちが積極的に暴かなくてもいいんじゃないの?』
「そうだな。健全なものなら俺もこんなことはしないよ」
『健全? 地主の許可も消防署への届け出もしてるんでしょ?』

 俺が気にしているのはそんなことじゃない。

「アリリン! たぶん、アリリンが気にしてたのってこれだよね」

 ミドリーが動画の中で何か見つけららしい。俺たちはすぐに彼女の方へと移動する。

「何か書いてある」

 かなめがミドリーの後ろから画面の一部を指さす。そこには燃えて溶けていく人形の顔部分に、文字のようなものが書かれているのが一瞬だけ映った。

「名前かなぁ?」

 ナナリーがその文字列を見てそんな感想を抱く。

「文字が映っているのは三体だけど、この分だと部屋にある全ての人形に文字が書かれているっぽいね。ミドリー、ちょっと戻して」

 ミドリーはPCの編集ソフトに連動したジョグダイヤルを反時計回りに回転させ、動画をスローで逆再生した。

「ストップ!」

 俺がそう言うと、ミドリーの回転させていた手が止まる。停止した画面に映し出されるのは人形の顔のアップ。そして、そこに書かれている文字がわずかに読める。

 人形には『坂田心愛』という文字が書かれていた。

「やっぱり名前だね。さかた……しんあい? 違うね……こころあい? なんか変な名前」

 とナナリーが書かれた文字の解読に難航していると、かなめが「それって『ここあ』って読むんじゃない? 小学校の時に同じ名前の子がいたよ」と助け船を出す。この少し前の世代くらいから、キラキラネームをつけられる子供は多いのだろう。

 さらにスロー再生とストップと拡大で、五体の人形に書かれている名前が判読できた。

 追加で『君津みゆき』『杉谷玲』『箕輪薫子』『中野栄里奈』の計五名だ。

 俺は急いでノートPCのある机に戻り、学校のデータベースから先ほどの名前を検索する。

「あった」

 結果はすべて宅南女子高等学校の一年一組の生徒だった。

「これって……」

 かなめが、青ざめたように口に手をあてる。彼女のことだから、すべてを察してしまったのだろう。

「え? どういうこと?」

 ナナリーはまだ事の重大さに気付いていない。俺は自らの推測を皆に告げる。

「あのウーチューバーが市原央佳であれば、動画の内容ってのは最大の皮肉か、もしくは脅しか……」

 そこから先を言うのを憚られる。なぜなら、あまりにもおぞましい行為だからだ。だが、ミドリーがずばりそれを言ってしまう。

「予行演習ってことだよね」

 つまりプレハブを一年一組の教室に見立て、自分をいじめた者たちに動画のような復讐をするのだ。

 彼女は言っていた。次はガソリンバージョンだと。気化したガソリンに着火すれば、ボヤ程度で済むはずがない。爆発、正確には爆轟という現象が起こる。

 気体の急速な熱膨張の速度が、音速を超え衝撃波を伴いながら燃焼するので、爆発に近いことが教室内という閉鎖された空間で起こされるのだ。

 最悪の場合、クラス全員が死亡するだろう。

 さすがに復讐としてはやり過ぎだ。こんなんじゃ、誰も幸せになんかなれない。

 背筋に嫌な汗が流れていく。恐ろしさと不快さと……そしてやるせなさだ。

「ねえ、アリリン。あたし思ったんだけどさ」

 ミドリーが冷静にそう呟く。

「なに?」
「あのプレハブにしても、あの人形にしても、灯油の量とか、使い捨てにしたカメラにしたって、あたしたちみたいな学生が容易に手に入れられるものじゃないよ」

 金額的なことか? ミドリーは現役ウーチューバーだから、細かい部分に気付いているのかもしれない。

「けど、ミドリーだって、動画で結構稼いでるんじゃないの?」
「お金の問題だけじゃないよ。あんな大仕掛け。一人じゃ無理。あたしみたいな電子工作ならチマチマできるけど、あれは誰かの力を借りなきゃできないよ」

 そこで俺は気付く。紙敷香織の事件との共通点を。

「第三者の存在。要するに、彼女には協力者がいるってことね」

 頭をフル回転させ、市原央佳の件に関わるかどうか考えた。今回は下手すればケガだけでは済まない。

 かといって、今から彼女へのいじめを止めさせることができるだろうか? 殺されるからと、いじめっ子たちを説得するか? そんなことを素直にバラしたら、彼女はますます孤立するだろう。

 それに、彼女へのいじめをやめさせたところで、蓄積された復讐心は消えない。いずれまた、同様の復讐を計画する可能性は大だ。

 逆に市原央佳を説得するという方法もある。だが、それは彼女に対して我慢を強いることにならないか? 

 復讐をするほどのいじめだ。相当、鬱憤が溜まっているに決まっている。その彼女に、ただ復讐をやめろといったところで、何の解決にもならないだろう。

 それどころか俺たちは、彼女にとっての敵と認識される危険性が高い。

 割と詰んでるな……。

 口に出さず心の中でぼそりと言う。

『孝允さんにしては弱気だね』

 ちょっと言葉の切り替えを間違えたかな。有里朱に聞かれてしまったらしい。

「自分とか仲間が何かされたのなら対処は簡単なんだよ。けど、見ず知らずの人間を助けることほど難しいものはないよ。本来なら関わるべきじゃないんだ」

 俺の方針に正義の味方という概念はない。基本は専守防衛に努めること。

 簡単に言えば、自分のことは自分で守る。ただし、最大限の力を持って。

 最近はそれが崩れつつあった。本来なら修正していかなくてはならない。自身の能力を見誤ってはいけないのだ。自分の戦いに他人を巻き込んではいけないと。

『あ……わたし気付いちゃったんだけど』
「どうした?」
『一年一組って、うちの教室の真上だよね?』
「ああ、そういえばそうだな」
『孝允さんが想定する爆発の規模ってどれくらい?』

 そこで有里朱の言いたいことを悟る。

「さすがにTNT火薬じゃねえからな。床を破壊するほどの威力はないとは思うが……まあ、たしかに、うちらにも危険ではあるわな」

 なんにせよ、今やらねばならないことは情報の収集だ。

 俺はJC……もといJKウーチューバーの動画をよく見てたというかなめに質問する。

「かなめちゃん! 『pawn and fawn』の動画投稿頻度ってどれくらい?」
「一週間に一度かな。過激な動画だったら不定期だよ。それでも大がかりなのは一ヶ月に一度くらいになるんじゃない? 過激なの以外は、わりと一人喋りかな」

 ということは次の動画まで少しは猶予はあるか? 仮にインパクト勝負の生放送=ライブ配信であるなら、一ヶ月くらいの時間はある。あんなのが生中継されれば社会的に与える影響もでかいだろう。

「ミドリー。この動画ってライブ配信されたものを編集して、動画として再登録しているんだよね?」
「そうだよ」
「もし、次回も同じ事をやるとしたらライブ配信ってことになるかな?」
「うーん……ネットの拡散力と場所を特定する能力はえげつないよ。頭の良い子だから、生配信をして失敗のリスクを犯すとは思えない」

 たしかに、ミドリーの言う通りだ。リアルタイムで視聴できるため、それはすぐに拡散されて場所が特定されれてしまう。そうすれば誰かが警察へ通報し、復讐は失敗に終わるだろう。起爆前に避難されてしまえば誰も死ぬこともない。彼女にとってはそんな失敗に意味はないだろう。

「けど、撮影後に投稿だと、下手をすれば編集する時間もないんじゃない?」

 と、それは俺の考えだ。撮影した後に投稿だと、タイミングを間違えれば本人が警察に捕まることになり、投稿すらできなくなる場合がある。

「そこはアリリンの言ってた第三者がやる可能性もあるよ」
「ねぇねぇ、それって共犯者がいるってこと?」

 ナナリーはまだ完全に理解できていないようで、顔にハテナマークを貼り付けたような顔をしている。俺はなるべくわかりやすく答えてやった。

「あくまでも推測。あの動画は『一人じゃセッティングも撮影も難しい』ってのはミドリーの意見だけど、説得力はある。だから、他にも誰か協力者がいるの可能性が高い。さらにあの動画がクラスメイトへの復讐を行う予行演習であるなら、予告にあったガソリンバージョンでは一年一組の教室でリアルに死者が出るってこと」
「うわぁ……」

 ナナリーは顔を歪める。そうなった時の惨状を想像してしまったのだろう。

「アリリン。学校が火事になればうちらにも危険は及ぶよね?」

 ミドリーが確認するかのように、真剣な目でこちらに問いかけた。

「そうだね。被害がどれくらいまで広がるかはわからないけど」
「じゃあ、止めよう! この子を」
「うん、七璃も賛成! 手伝えることがあったら言って」

 ミドリーだけじゃなくナナリーもそれに賛同する。ふと視線をかなめの方にと移動させると、そこには少しうつむき加減の彼女が、賛同するかどうか迷っているようにも感じる。

「かなめちゃんは無理しなくてもいいよ」
「違うの! 今度のは私たちでコントロールできるような状況じゃないんだよ。私、あっちゃんが危ない目に合うのはイヤなの。あっちゃんだけじゃない。みんなを危険に晒すくらいなら関わらない方がいいと思う」

 かなめの言っていることは正しい。シャレにならないくらいの大量虐殺が行われようとしている。下手をすればそれに巻き込まれかねない。

 誰かを大切に思うのであれば、そう願うのが自然なのだ。

『ねぇ、孝允さん』

 有里朱の声が聞こえる。

「ん?」
『誰も傷つかず、誰もが幸せになれる。そんな結末を願うのは愚かなことなのかな?』
「その『傷つかず』ってのは、誰もケガをしないってことか?」
『ううん、違うよ。心の傷もだよ。今回の件は、あの子を止めようとすれば誰かがケガを負うかもしれない。けど、止めなければわたしたちは後悔をする。それはやがて深い傷になるの』

 惨劇は引き起こしたものより、止められなかった者に深い傷を残す。見て見ぬ振りなんて、よほど心が鈍感じゃなければ、できやしないだろう。

「そうだな。どっちにせよ。俺たちには選択の余地はないのかもしれないな」
『ねえ、あの子を止められて、誰も傷つかず、それで誰も不幸にならない方法はないかな? 孝允さんならそれができるよね?』

 買いかぶりすぎだバカ。

「それ、めっちゃ大変なオーダーだぞ」
『わかってる。バカだって罵ってもいい。何も出来ないクセに口だけだって貶してもいい。でも、わたしはそれでも願うの! 誰も不幸にならない未来を」

 この子は無茶なことを言ってくれる。けどさ、おまえの気持ちは痛いほどわかるよ。
 少なくとも虐められた側が、それ以上の不幸を背負う事はあってはならない。

「ああ、任せておけ! 俺を誰だと思っている?!」

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