第71話 集団的過熱取材 ~ Card Soldiers

文字数 4,305文字

 校門を出ると、何人かの生徒が大人たちに囲まれていた。腕に腕章を付けた報道陣が無作為に下校する生徒へ声をかけている。

 カメラとマイクという凶器を持った大人たちは、独特の空気に支配されていた。真実を究明するという使命感に囚われ、十代のセンシティブな心を土足で踏みにじるという行為にすら気付かないのだろう。

「今日自殺した子とはお友達ですか?」
「校内で二人も自殺者が出るなんて異常ですよね?」
「何か自殺の兆候はありましたか?」

 生徒達の心情も理解しない、不躾なインタビューの声があちこちから聞こえてきた。

 もちろん、彼らのターゲットはうちらにも向かってくる。遠慮なしにこちらに近づいてくる報道陣に皆、顔をしかめていた。

「ね、そこのキミたち。今いい?」

 こういう時はビシッと断るべきである。

「ダメです。わたしたちは撮影されることを許可しませんので、どいてくれませんか?」
 舌打ちするカメラマンの中年男と困惑する若手の女性アナウンサー。彼らの目的は夕方のニュースで使うための素材集めだろう。

「そこをなんとか、お願いできないかな?」

 カメラを向けたまま、マイクを突き出される。こいつらは人の話を聴けないのかな?

「拒否します。そこ、撮影はやめてくださいといいましたよね? 訴えますよ」

 帰宅時に返却されたスマホを前方に掲げて「放送倫理()番組()向上機構()に連絡しますよ」と告げた。

「わ、わかった。それは勘弁してくれよ」

 そう言って立ち去っていく報道陣の一行。と安心していたら、別の局の集団がこちらへ来る。

「自殺した子について何か教えて貰えませんか?」
「撮影は許可できません。わたしたちの映像を使ったらBPOに訴えますよ」

 躱しても躱しても、ゾンビのように次から次へと沸いて出る報道陣。ゲームの世界だったら、銃をぶっ放して道を切り開くのだが、相手が生身の人間だけに対応がいちいち面倒くさい。

「はわわ……どうしよう?」

 ナナリーがわたしの後ろに隠れながら脅えている。相変わらず最弱っぷりが愛らしい。この子の笑顔を守る為なら、俺、なんだってしちゃうぞ!

 そんな彼女とは正反対に、央佳ちゃんが苛立ちの言葉を吐き出す。

「あー、鬱陶しい!」
「ほんと悪臭をまき散らす生ゴミだね。生ゴミだったら燃やせるからまだマシなのに」

 さらにミドリーが顔を歪め、嫌悪感を報道陣に向ける。ネットスラングの「マスゴミ」を使わないだけまだマシか。いや、意味を考えるとこっちの方が酷い。というか、ウーチューバーコンビは怖い物知らずなところもあるようだ。

「もう大丈夫でしょ。激戦区は抜けたみたいだから」

 かなめがほっと息を吐く。報道陣が固まっているのは校門近くの道路。下校する生徒を直接狙ってのことだから、そこを過ぎれば無理に追いかけてくることもない。

 何しろ、十五時をもって生徒たちは一斉に下校を始めたのだからな。うちらが無理でも、インタビューを受けてくれる子は、まだまだいるだろう。

「なあ、美浜さん。どこかで作戦会議をしないか?」

 田中さんが俺に声をかけてきたのを聞いて、ナナリーが「前から思ってたんだけど」と前置きをして口を挟む。

「そういえば田中さんって田中さんのままだったね」
「ん? どういうことだい?」
「苗字で呼び合うのって、なんか距離感があるっていうか……うちの部ってアリスのせいで変なニックネーム付けたり、下の名前で呼んだりしてるんだよね」
「そうなのか? ボクはあまり気にしないが」

 本当に気にしなさそうに、田中さんは涼しい顔でそう言った。

「アリリンのパターンだと、タナカーがいいのかな?」

 とミドリーもその話に加わってくる。そのセンスのないニックネームはなんだ?

『あはは、孝允さんのパターンだと、超絶ダサいじゃん』

 有里朱にも笑われた。なに、この敗北感?

「え? ヒロミーじゃないの?」

 ナナリーも茶化すように候補を挙げる。うん、たしかにダサいな。反省しよう。

「普通に央美(ヒロミ)さんでいいじゃない」

 かなめまでそれに食い付いた。央佳ちゃんはといえば、姉の事なのであまり興味がなさそうにしている。

「あたしがつけるならナカリンかな」
「えー? 七璃ならカリンにするよ」

 二人とも『リン』派らしい。だったら俺は『カリー』にしようとして、有里朱に止められた。

『カリーは却下だよ。田中さんのイメージカラーが黄色になっちゃうじゃん』

 そういう理由なのかよ! てなツッコミはやめておいた。

「どうしてもってなら『プレザンス』でいいよ」

 田中さん本人がそう告げる。

「プレザンス? どういう意味?」

 と事情を知らないミドリーが声を上げた。

「ボクがネトゲの仲間内で付けてたニックネームだよ。【不思議の国のアリス】のモデルとされる人物のミドルネームだ」
「アリス・プレザンス・リデルだね」

 本好きのかなめが目を輝かせる。ファンの間では有名だが、一般人はその名前を知らないからな。

「身バレしないの?」

 ウーチューバーでもあるミドリーはそこらへんのことにはかなり神経質になっているので、他人のことに対しても同様に思うのだろう。

「そのゲームももうサービス停止しちゃってるみたいだし、今でもその名前を知るのは、そこの美浜さんと、lacieと呼ばれるおっさんくらいかな」
「そういえば、体育館でアリスが田中さんと会ったときに、そんなこと言ってたね」

 ナナリーは俺が田中さんに対して、プレザンスさんの名を出したことを目撃しているんだよな。

「んー、プレザンスはちょっと長いね。省略した方がいいかも」

 ナナリーがその名前には納得していないように首を傾げる。

「プレザン? いや、プレさんでいいんじゃね? 田中さんのさんとザンをかけるという、省略二文字になりつつも、実際は一文字しか削ってないパターン」

 と、ミドリンの意見。

「ミドリン。余計な解説いいから。けど、プレさんっていいかもね」
「ま、まあ、タナカーとかヒロミーよりいいかも」

 かなめがしぶしぶ納得する。そりゃ、初期案に比べれば彼女の中ではマシな部類なのだろう。俺としても異論はない。

「なあ、美浜さん。いつもこんなんなのかい?」

 田中さん……もといプレさんが困惑した顔をする。

「そうだよ。楽しいでしょ? あ、わたしはアリスでいいよ。プレさん」
「ああ、わかった。そう呼ばせてもらおうアリス。その上で聞かせてくれないか? lacieのことを」


**


 俺とかなめは一旦帰宅して、着替えてからナナリーの家に集まることにした。駅から近いので、ミドリーやプレさんや央佳ちゃんが帰りやすいというのもある。

 夏休みを迎えるとはいえ、今後学校で何が起こるかを考えると、黙って見過ごすわけにもいかない状態となっていた。

 ましてや、あの松戸美園さえもコントロールされていたというのであれば、有里朱自身も無関係とはいえなくなるだろう。

 そして、もう一つ『lacie』の問題。そう、千葉孝允という存在をこのまま皆に隠しておいていいのだろうか?

 これから校内は荒れて、人間関係もどんどん酷くなっていくのは予想がつく。それが今の文芸部に波及しないとは言い切れない。ちょっとした不信が信頼関係に亀裂をもたらすのは確実だ。

 隠し事があれば、それは人間関係に歪みを生む。だからといって、全てを打ち明けた場合、さらなる不信を抱かれることにもなる。

 打ち明けるかの判断は難しい。

 現在、『有里朱とロリーナの二重人格』という設定を教えたのはかなめとナナリーだけ。ミドリー、プレさん、央佳ちゃんは二重人格という設定すら知らない。

 プレさんとlacieの関係を伝えるとなると、二重人格だけでなく、千葉孝允の存在も伝えなければならないだろう。精神同居型憑依という前代未聞の事実を信じてくれる人がいるのだろうか?

『みどりちゃんはわかってくれそうじゃない?』
「まあ、そうだな。性格的にも受け入れてはもらえるだろう」

 ミドリーは物言いは手厳しいが、ウーチューバーをやってるだけあってわりと柔軟な思考の持ち主だ。論理よりも自分の正義を貫くタイプなので、味方の意見ならそれを受け入れるだろう。

『プレさんも、ぎりぎり理解してくれると思う。だって、わたしたちが出会う前から孝允さんとお友達だったんでしょ?』
「俺としては、そっちの方が問題だな。彼女は論理的な思考の持ち主だ。俺らのこの現象を、論理的に説明できる解答を持っていない」
『彼女に考えてもらうのは?』
「言ったろ、論理的な思考の持ち主だって。彼女の考えでは、二重人格ではなくイマジナリーフレンドという結論だ。だが、それだと説明の付かないところがいくつもある。精神が二つあるという前提すら否定される。つまり、俺たちは嘘を吐いていると。そうなるとさらに不信感を抱かせることになるだろう」

 彼女には理屈で納得してもらわなければならない。それはある意味ハードルが高いとも言える。

『不信感? なんで?』
「そもそも有里朱と千葉孝允の間にはなんの接点もないんだ。それでいて俺の情報をおまえは知っている。プレさんのようなクラッキング能力を隠しているのではないかって思われるだろ?」
『そんな能力ないんだけどなぁ』
「それは俺がよく知っている」
『でもさ、わたしたち、まるっきり接点がないわけじゃないでしょ?』

 その言葉で十年前の写真の件を思い出す。どこかで撮られた集合写真。その中に写る俺と有里朱の姿。

「あれも謎だよなぁ。俺には記憶ないし、おまえの母親に誤魔化されたし、おまえは五才だから覚えて無くても不思議じゃないし……」
『けど、孝允さんがきちんと存在しているってのは写真からもわかったし、konozamaのIDからも、あとイベント会場でプレさんの妹の央佳ちゃんを……あ!」
「どうした?」
『孝允さんって六年前に央佳ちゃんと会ってるよね? 迷子として保護したんでしょ? その頃だったら央佳ちゃんは九才。彼女だって何かしら覚えているんじゃないの?』

 千葉孝允とプレさんを繋ぐ重要な事件。

 そこからヒントになるようなことを得られればいいのだが。

「仕方ない。仲間を信じて全てを打ち明けるか」

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