第17話 私のやり方であなたを守る ~ Mock Turtle II 

文字数 2,430文字

【若葉かなめ視点】

 あっちゃんこと美浜有里朱は、中学で知り合った友だちだ。二人とも読書が大好きでお互いに好きな本を貸し合ったりしたのがきっかけ。

 ただ、あの子は自分に自信を持てない子で、そのことが周りを苛つかせてしまうこともあった。

 不器用な子だけど、自分本位で考える人間なんかより、あっちゃんは純粋だ。それは、すぐに何かに染まってしまう私が憧れてしまうほどに。

 (あや)ういな、というのはわかっていた。それが顕著にあらわれたのは高校になってからだ。

 入学当初は二人とも目立つことなくクラスに溶け込んでいたと思う。席が近い何人かをLINFに登録して、たわいもないやりとりをしていた。それはあっちゃんも同じく。

 けど、あっちゃんは自分に自信が持てないこともあって、LINFの返事一つにしても悩んでしまう性格だ。既読からの返事の遅さに「既読無視」のマナー違反と罵られ、彼女に対して苛つく子が出始める。

 あっちゃんはそういう子なんだと何度か(なだ)めたが、クラスメイトのその(いら)つきは全員に伝播し、実生活で起こるちょっとしたことにも文句を付け始めるようになる。

 皆、初めはあっちゃんに対して注意を促す程度だったと思う。それがいつの間にか、粗を探して、それをつついていくという陰湿な遊びへと変化していった。

 もちろん私はそれを必死に止めた。間に入って庇い続けた。

 だけど、そうやって悪目立ちすることは、マイナスにしかならない。その頃からあっちゃんと同様に、私への仕打ちも酷いものになってくる。

 なんてことない行為に対する批判、文句、陰口。それでも、あっちゃんと一緒なら耐えられた。あの子への攻撃が少しでも私に向かうのであれば、それで良かった。

 けど……事態は最悪の方向へと向かう。

 一年二組の松戸美園(みその)という女子は、地元の大病院の娘ということもあって、校内に配下のような仲間を作っていた。DQN系グループやスクールカーストの上位グループとは違い、明らかに女王様気取りであった。

 松戸美園は配下の女子たちへ間接的にいじめを行わせる。それが彼女にとっての娯楽の一つなのだろう。

 そんな松戸美園に私たちは目を付けられてしまったのだ。

 一組には彼女の配下である、高木さんと千駄堀さんと栗ヶ沢さんがいた。彼女たちを通して辛辣ないじめが始まってしまう。

 もちろん、担任の先生に相談してみたけど、まったく取り合ってくれなかった。証拠もないのに学校側は動けないとのことだ。

 だから自己防衛するしかなかった。

 最初はどうにかあっちゃんに被害が及ばないように、自分が被るように誘導していた。ところが、いつの頃からかあの子は、そんな私を見るのが耐えられなくなり、一人で行動するようになる。

 そして、あの子は私に対して酷い台詞を吐いた。

「かなめちゃんは、わたしのことを庇うふりして……それで自己満足してるんでしょ。わたしだって、正義感気取りのかなめちゃんに庇われていて、いい気分でいいられるわけないじゃん! もういい! わたしに構わないで」
「あっちゃん……」

 彼女は嘘を吐くときに左手を握りしめる。演技も下手だから、それが嘘だってことはすぐにわかってしまう。

 けど、私には何も言えなかった。だって、あの子を助けるフリをしても、結局問題は何も解決していないのだから。

「かなめちゃんなんか大嫌い!」

 自分自身の無力さを感じる。このまま私は何もできないのだろうか?


**


 廊下であっちゃんが高木さんたちに囲まれている。いつもの癖であの子のもとへと駆け出しそうになる。

 今助けにいっても拒絶されるだけだ。

 気付かないふりをして通り過ぎるべきか?

「美浜ってまだリアルミラー使ってるんだ。ちょっと見せてくれない?」

 高木さんはあっちゃんの承諾も得ずにその手鏡を取り上げる。それは『不思議の国のアリス』がデザインされた見覚えのあるもの。

 あの子は自分の名前に自信を持てない。だから、せめてキャラクターだけは好きになってほしくて、私が雑貨店で必死に薦めて二人で一緒に買ったもの。そんな想い出が零れてくる。

 あの子は口をへの字に曲げて今にも泣き出しそうな表情になっている。散々弄られたあげくに手鏡を取り上げられたのだろう。

 その時、千駄堀さんのスマホが反応し、画面を確認した彼女が高木さんに告げる。

「破壊命令だって。松戸さん、容赦ねーな」

 その時、私の中で一つの答えが出る。

「ねぇ」

 高木の肩を叩く。

「あ? なんだよ若葉かよ。おまえも一緒にいじめられにきたのか?」
「違う。私も仲間に入れて。それを壊せばいいんでしょ?」

 彼女の手に持った手鏡を右手で取り上げ、それを背中に回して左手にあった自分の同型の手鏡を高く上げ、床にたたきつける。

 鈍い音がした。

「かなめちゃん……」

 あの子は呆然と私を見上げる。そりゃそうだ。少し前まで友人だった人間が、いじめる側に回ったのだから。

「はは、マジでやりやがった」

 高木が拾い上げたそれは、鏡の部分が完全にヒビが入って使い物にならなくなっていた。たぶん、現金をそのまま喝上げされるよりツライだろう。

 それを理解してか、千駄堀さんや栗ヶ沢がわたしを認めたように声をかけてくる。

「チャレンジャーじゃん」
「松戸さんが好みそうなシチュだね」

 さらに高木さんが私の肩を抱くと、壊れた手鏡を手で摘まむように顔の前にだしてポーズをとった。それを千駄堀さんがスマホで写真を撮る。画像は多分、松戸さんに送信されるのだろう。

「仲間に入るなら、松戸さんとこ行くだろ?」

 私は頷く。あっちゃんが助けを拒むのなら、私は私のやり方であなたを守る。それしかもう方法はないの。

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