第93話 小さな世界 ~ Post-processing

文字数 4,450文字

 警察の事情聴取が終わり、ミドリーの主導で「お疲れ会」と称して部室に集まろうとしたが、校門付近には、どこからか事件を嗅ぎつけたマスコミが集まっていたらしい。

 仕方なくどこかファミレスに入ろうという話になったところで、有里朱は皆に合流できた。

 有里朱は被害者とはいえ、事件の中心人物でもあったために警察の聴取に時間がかかったのだ。

 ちなみに師匠は、有里朱たちの救出のためにいろいろと非合法なことをやらかしているので、警察に絞られていたそうだ。まあ、有里朱の供述のおかげでなんとか解放されたが、後々いろいろ面倒な手続きがあるようである。

 そんなわけで、師匠は「お疲れ会」には参加せずそのまま帰ったそうだ。この埋め合わせはあとでしますから!

 そして、ミドリーたちと合流した有里朱だが、ナナリーの顔を見て俯いてしまう。

 今回、有里朱自身が心苦しいと思っていたのはナナリーの件だ。彼女を『見捨てる』と選択したのだから、そりゃ本人に会うのは気まずいだろう。

 だからこそ、有里朱の第一声はナナリーへの謝罪だった。

「ごめん、ななりちゃん。わたし……あなたを見捨てた。本当にごめんなさい」

 腰を九十度以上に折り曲げて、誠心誠意、謝り倒す。こんなことで許されるわけがない。有里朱はそう思っていただろう。

「アリス、顔を上げて。謝らなくてもいいんだよ。アリスがどう動くか、みんながどう動くのか、全部わかってて、信じてて、そのおかげで今こうして七璃たちは無事でいるんだから」

 苦笑いをしながらナナリーは許してくれる。それでも有里朱の心は気が済まないのかもしれない。

「けど……」

 そんな有里朱の罪悪感を薄めてくれるように、ナナリーが一つの提案をする。

「うーん……だったら、一つだけ七璃の願いを聞いてくれるかな?」
「願い?」
「七璃とアリスって、互恵関係だっての覚えてる?」

 それは俺が有里朱の主導権を持っていたときにナナリーと交わした約束……というより契約。友達ではなく、互いに利益を与え合う関係。

「うん」
「あれはアリスの中のチバタカヨシさんとの契約だったじゃない? そうじゃなくて、純粋に七璃と友達になって欲しいの。親友なんて言わない……今まで通り、学校とかで楽しくお話しして、何かあったら助け合う。もちろん、かなめさんの方が大切だってのはわかってるから、七璃は二の次にしていいからさ」
「ななりちゃん……」
「だから、七璃と友だちになってください」

 ナナリーが右手を差し出す。その手は僅かに震えているような気がした。

「ななりちゃん!」

 差し出した手を無視……じゃなくて、そのままナナリーに抱きつく有里朱。ぎゅっと彼女を抱き締め、耳元で「わたし、ななりちゃんとはずっと友達になりたいと思ってた」と囁く。

 ナナリーの方も「よかったぁ、断られたらどうしようかと思った」と返答してきた。

「アリリンが断るわけないじゃん」

 とミドリーがおちゃらけながら、ナナリーの頭に手を乗せてくしゃっと撫でる。

「私たちはみんな友達よ」

 と、今度はかなめが近づいてくると、外側から二人を抱き締めた。皆で協力し合い、悪意に打ち勝ったのだ。誰一人かけても、今回の困難を乗り越えることはできなかったであろう。

 だからこそ、かなめは絆を確かめ合うようにそう呟いたのだ。

「かなめさん……」
「かなめでいいよ。もしくはもっと親しく呼んでくれても」
「うん、じゃあ、カナリン!」

 その呼び方に少し驚きの表情を見せるかなめだが、嬉しそうに今度はナナリーに向かってこう問いかける。

「じゃあ、ななりさ……じゃなくて、そうね、なっちゃんって呼んでいい?」
「うん、オッケーだよ。そうなるとミドリンはみっちゃんなのかな?」
「こらこら、あたしまで巻き込むな」
「ミドリンも友達じゃん」
「そうね。改めてよろしくみっちゃん」

 となると、プレさんはプッチャンか? どこかにそんなキャラがいたような気もするが……。

 そんな四人の様子を穏やかに笑みを浮かべながら眺めている田中姉妹。初めて会った時より、プレさんの表情はより柔らかく人間味を帯びてきたような気がした。

 央佳ちゃんも、初対面の時の尖った印象はほとんど消えている。今は有里朱にとってはかわいい後輩だ。

 六人の少女の集団はワイワイガヤガヤと好き勝手に喋りながら夜の街を歩いて行く。

 これで半分くらいのいじめ問題が解決し、有里朱たちは平穏を取り戻したかのように見えた。

 だた、今回の事件はいじめというよりは悲惨な殺人事件が絡んでいる。

 青田涼香による柏英重朗殺害、そして大畔(おおぐろ)美衣奈(みいな)による美田(みた)理多子(りたこ)殺害。さらに一年一組全員を監禁し、稲毛七璃と若葉かなめを誘拐した黒幕が流山海美であることが半ば公になり、学校は混乱をきたしていた。

 大畔美衣奈以外は、すべて宅女の生徒なのだから。

 むろん実名報道はされなかった。ところが、どこからか嗅ぎつけたマスコミが、連日のように校門から出入りする生徒達や学校関係者に、インタビューという名の尋問を続ける。まるで、自分が正義であると信じて疑わないかのように。

 夏休みの間でなかったら生徒たちの混乱はさらに拍車がかかっていただろう。

 そのあまりにも強引な取材に、有里朱たちも動かないわけにはいかなかった。例の如く部室に集まっての作戦会議。

「夏休みが終わるまでに平穏を取り戻したいね」

 かなめのその意見に皆が賛同する。

「それならいい考えがあるよ。これ知ってる?」

 ミドリーが家から持ってきたのは、長いマイクのような物体。

「なにこれ?」

 ナナリーが恐る恐る触ってみる。いや、ただの機械なんだからそこまで怖がらなくても。

「これって、超指向性マイクですか?」

 撮影機材のことには詳しい央佳ちゃんがそう問いかける。彼女も現役ウーチューバーだからな。その手の機材を扱ったことがあるのだろう。

「そうだよ」
「たしか十メートルくらい先の音声を拾えるんだっけ?」

 有里朱の知識は既に俺らと共有されているので、そこらへんの事も知っていた。

「マスコミの奴らって、カメラが回ってないときは滅茶苦茶口悪いんだよね」

 ミドリーがそう皆に言うと、央佳ちゃんがそれに反応した。

「あー、わたし聞いたことあります。おまけに煙草の投げ捨てとか道路の占有とか、やりたい放題ですよね」
「ほんと、マナー悪い人多くて困っちゃうよね」

 かなめもそれに同意する。

「だからこそ、そういう真実を国民に知らせるのも、ジャーナリストの役目じゃないかな?」

 みどりの茶目っ気たっぷりというか、嫌味たっぷりの言葉。

「ジャーナリスト?」

 その嫌味を理解していないナナリーが首を傾げる。

「あたしたちじゃないよ。ジャーナリストが自分自身の悪事をそのまま全世界へと配信するの」
「つまり、わたしたちが撮影して動画サイトにアップすれば」

 有里朱がミドリーのやりたいことを理解する。昔の彼女に比べればかなり頭の回転は速くなってきた。知識だけじゃなくて、その応用力も効率化されている。

「世界へ拡散」
「そうか、撮影自粛ムードになるよね。この学校周辺も静かになるかも」

 かなめもミドリーの思惑に気付いたようだ。

 というわけで、現在、取材するマスコミを逆取材している。といっても、彼らの前に姿を現す必要はない。

 超指向性マイクで、少し離れた取材陣の会話を盗み録りをするだけ。カメラが回ってなければ、かなりの人間性が表れるものだ。

「この事件ってガキが調子に乗ってやったって噂だよな」
「最近のガキは怖いね。ま、こんな頭の悪い学校行ってるんだから、程度が知れるがな」
「チーフがさ、いい()が録れなかったら、適当に(でっ)ち上げていいって」
「マジかよ。この学校のガキも関係者もさ、口が固いから大変だったんだよな」
「どっかの劇団の子にこの学校の制服着せてインタビューさせりゃいいんじゃね?」
「そうだな、どうせ顔はモザイクかけるんだし」

 さらに、そのヤラセの現場を撮影している所を、密かに隠し撮りをする。こちらが何か仕掛けなくても勝手にボロを出してくれるのは楽で良かった。

 劇団の子にはかわいそうだが、モザイクなしでこちらも動画サイトへ流す。もちろん、どこの局がやったのかがわかるように、その部分ははっきりと見せた。

 ただし、他の局も似たようなスタッフの口汚い発言やヤラセはあったが、見せしめとして一局のみを晒す。

 これは、いきなり全局を敵に回すことを回避するためだ。すべてのマスコミに徒党を組まれてはこちらとしても動きづらくなるからだ。

 各局の問題映像は、それぞれの局に送る。これは釘を刺すためでもあった。今回の目的は学校の平穏を取り戻すことで、マスコミを潰すことではない。あくまで自粛ムードを作らせるのが優先だ。

 もちろん、長期戦であれば全面戦争でも勝つ方法はある。だが、それでは有里朱たちが卒業してしまう。

 二学期が始まるまでの短い期間で、一番手っ取り早く平穏を取り戻せる方法をとったまでであった。

 結果は上々。

 ネットでの炎上で、某局への批判は高まり、ついにはテレビ局近くのデモにまで発展したという。まあ、あんまりいい印象は持たれてなかったからな、某局は。

 炎上のきっかけは、ミドリーや央佳ちゃんの助けを少し借りたりもしている。彼女たちの動画チャンネルで暴露動画を宣伝すれば、その拡散力はかなりのものになるだろう。

 もともとメディアに対してよく思っていなかった人間が一気に食いついたために、騒ぎはかつてないほどに炎上した。

 おかげで学校への取材は自粛モードとなり、平穏な日々が戻ってくる。

 とはいえ、流山空美による一連の事件の爪痕は完全に消えるわけでもない。

 宅女の信頼は失墜し、来年の入学者数次第では廃校になる危険性が出てきた。ならば『スクールアイドル』をやろうなんて、古臭いギャグを言えるような雰囲気でもない。

 おまけに新学期が始まれば、同調圧力のある二年一組の教室へと舞い戻ることになる。いくら味方がいても、けして居心地のよい世界ではなかった。

 世知辛いとはよく言ったものである。

 だからといって、パワーアップした美浜有里朱がそんなことで挫けるはずはなかった。

「わたしね、考えていることがあるの」

 いつもの部室で有里朱は、皆に向かってそう告げる。

 それは小さな小さな、革命の始まりでもあった。



◆次回 少女革命

わたしの居場所はわたしが守る!

最終回まであと2話!!

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