第15話 未来の友達 ~ Dormouse II

文字数 4,613文字

 稲毛さんの行動に有里朱も気付いたようだ。

 その後、稲毛七璃はふらふらと駅へと戻っていく。そして改札を抜け、ホームに上がると二番線の東側の一番端まで歩いて行く。

 もう何も未練はないのだろうか?

 できれば思いとどまって欲しい。だって、無理矢理自殺を止められても、それはなんの解決にもならないのだから。

 馬橋からのいじめが止まったとしても、他の者にいじめられないとは限らない。

 そんな地獄の日々を恐怖に震えながら過ごすなど、あの子の神経では無理だろう。いずれ心は折れてしまう。

 有里朱だって身体を俺に乗っ取られてなきゃ、また同じ事をしたに決まっている。

 声をかけるか? なんて?

 友だちになろう? 胡散臭すぎるぞ。

 何かきっかけがあれば……。

『孝允さん!』

 有里朱が焦り始める。次の電車が来るまであと五分。しかも通過する電車だから減速はほとんどしない。時間がないぞ。

 最終目的(ゴールポスト)は稲毛さんを現世に思いとどまらせること。

 TL(タイムライン)を探る。何かヒントはないのか?

 ふいに頭の中で繋がっていく情報。再びお面を被り、彼女の元へと駆け出す。前に忘年会でやったことがあるから、わりと得意だった。

 消えそうな命の灯火。それを消さない為に、俺は彼女の背中に呼びかける。

「ハハッ! ぼくミッシー! 来年は九十歳なんだけど知ってるかな?」

 しまった。有里朱の身体だということを忘れて、ちょいと声の出し方間違えた。声高すぎだな。

「ふぇ?」

 俺の姿を見て唖然としている稲毛さん。しかたない、微調整しながら真似てくか。

「来年はイベントもいっぱいあって大変なんだ」
「あなた……誰?」

 半開きの目でこちらに視線を向ける稲毛さん。有里朱のことは完全に不審者に思われているだろう。

 だけどここは夢の国。頼むから着ぐるみの『お約束』に気付いて!

 俺は最後の望みにその台詞を言う。

「ほら、僕が君のすぐ側にいるよ。だって僕らは仲間じゃないか!」

 彼女が真のミッシーファンなら知っている有名な台詞だ。俺は手を差し出す。

「バカみたい。なんで七璃なんかに構うの?」

 稲毛さんは泣きそうな顔をしている。感動しているのではない。感情がぐちゃぐちゃになって制御できなくなっているのだろう。

 その時、彼女の後ろを電車が物凄い勢いで走り抜けていった。
 風圧で蹌踉けそうになる彼女の手を、俺は右手で強く握る。

 左手でお面を取り、稲毛さんの瞳を見つめる。くりっとした大きな目は、本当にお人形さんのような可愛さを醸し出していた。

「わたし、一組の美浜有里朱。あなたはわたしのこと知らないかも知れないけど、わたしはあなたのことを知ってるの」
「ありす……?」

 そっちに反応したか。有里朱の心が熱を帯びる。これは恥ずかしいという感情だろう。

「わたしはあなたに謝らなきゃいけないの。高木さんって知ってる? わたしはあの人たちにいじめられていた。この前、我慢できなくて逃げ出しちゃった。そしたらあの人たちは稲毛さんの事をターゲットにしたの」
「……ああ、あの時の」

 思い出したようだ。瞳孔が僅かに広がる。

「ごめんなさい」
「ちょっと痛くて冷たかったけど、あれくらいたいしたことないよ。馬橋さんの方がもっとキツイことするし……」

 なんとか会話は成立している。それでもぎりぎり。失敗すれば即終了。彼女の背後は冥府への入り口だ。

「それでね。これを見てくれない?」

 ようやく本題に入ることができる。

 スマホ内に転送した編集したての動画だ。今日、馬橋たちに呼び出しを受けた時の映像である。いきなりこれを見せつけても説得はできなかっただろう。

「なにこれ? あなたも馬橋さんにいじめられてたの?」

 動画サイトに投稿する前なので、まだモザイクはかかっていない。。

「今日、あなたがトイレでいじめられているところをスマホで撮影しちゃったの。そしたら、捕まっちゃってね」
「そうなんだ……お気の毒に」
「でもね。逆に利用してやったの。わたしを脅してきたところを仕返ししてやったのよ」

 今まではいじめっ子相手にしか喋っていなかったので、女子高生になりきって喋るのにまだ慣れていない。

 いじめていた奴らとは違って、この子は有里朱の友だちになり得る子だ。気をつけてしゃべらないと不信感を抱かれる。

 本当は専門用語とか使って簡潔に説明したいのだが、いろいろもどかしい。

「すごいなぁ……みはまさんだっけ? 七璃なんか、逆らうことすら考えられなかったからね」
「まだこの話には続きがあるの。この映像を取引に使って、わたしにもう関わらないことを誓わせた。けどね、それはあなたに対してもなの。もう、馬橋さんは、稲毛さんには手出しはしない。したら、この映像が全世界に流れるからね」

 俺はにこっと笑みを作る。味方だよという小賢しいアピール。通用するかどうかはわからないけど。

「……なんで、七璃なんか」
「Tvvitterのニューネココマさんってあなたのことでしょ? 『pixib』でも同名で二次創作のイラストをあげてるよね?」
「なんで知ってるの?」

 ちょっとひき気味に、顔を強張らせていく稲毛さん。ヤバイ……不審がられている。なんとか取り繕わないと。

「あなたの描いたイラストにキュンと来たの」
「ふぇ?」
「とても優しくて柔らかくて、それでいて心に届くの。キャラクターの心情が余すところなく伝わってくる感じ。特に桜Tnickのコトミのイラストいいよね。あれ、見ているだけで泣けてくるっていうか、すごく心にくるの」

 それはまったくデタラメではない。俺が彼女のイラストを見て本当に思ったことだ。

「見て……くれたんだ。もしかして感想くれたのあなた?」
「うん。わたしの言葉なんて、あなたの絵に比べれば大したことないけど、それでも伝えずにはいられなかったの」
「そうなんだ。ありがとね」
「できればあなたのイラストをもっと見たいの」

 それは本心であった。『あ、それわたしも同じ』と有里朱もこぼす。まあ、稲毛さんには聞こえないけどな。

「そう言ってくれるのはうれしいけど……」
「わたし、ずっと待ってるから」

 耳まで赤くなって俯く稲毛さん。彼女は少しばかり体温を取り戻したようだ。数分前の彼女では、心までも冷え切っていて他人の言葉など受け付けなかったであろう。

「七璃の絵を好きだって言ってくれたのはうれしい……けど、なんでそれが七璃だって知ってるの?」

 さて、どうやって説明しよう。下手に言い訳すると信頼失うよなぁ。

「たまたまね。気になるツイート見かけたの。ほら、コミックの話題とかで検索してたら、偶然ニューネココマさんの桜Tnickの発言が引っかかってね」

 嘘である。でも、本当の事を言う必要はないだろう。

「たしかに七璃、桜Tnick好きだから結構そのことでツイートしてるわ。けど、ユーザー名は本名じゃないよ」
「わたしと同じ宅南女子高の子だってのはわかってた。ツイートでも『宅女』って言葉が頻繁に出てたもんね。それでね授業中にツイートしたことあったでしょ? たしか『日本史ねむーい』って。それを各クラスの時間割に当てはめたら、一年二組だってことがわかったの」
「ふぇ……なんか凄いね、探偵さんみたい」

 とはいえ、ストーカーの一歩手前でもある。良い子は真似しちゃダメだよ。

「最後の決め手はこのツイート」

 わたしはTvvitterのTL画面を見せる。そこにはトイレの中と思われる写真。そして「助けて」の文字。彼女のスマホも防水だからこそできる行為だ。

「この時間、わたしはちょうどあそこにいたの」
「そういえば、さっきスマホで馬橋さんたちのこと撮影してたって」
「そう、そこに繋がるの。時間も場所もぴったり。馬橋さんがいじめてたのは稲毛さんだってわかってたから、ニューネココマさんと稲毛さんが繋がったの」

 稲毛七璃は感心したように笑い出す。なんとか説得できたかな。

「うふふ……そりゃバレるよね。そうかぁ、イラスト描いてたのは誰にも言ってなかったけど、ついにバレてしまったかぁ」

 彼女はしみじみとそう語る。本当は誰かに言いたかったのかもしれない。だからといって、皆に言いふらしていいわけでもないだろう。

「誰にも言わないよ。なんなら二人だけの秘密にしていいよ」
「いいの?」
「わたしはね。あなたに謝りたかったし、助けたかっただけなの」
「七璃は……」

 そういえばこの子、自分のことを下の名前で呼ぶんだ。まあ、外見に合っててかわいいけど。

「稲毛さんは本当は助けて欲しかったんでしょ? だからあんなにツイートした。自分を理解してくれる人を待っていた」
「……否定はしない。七璃は弱くてズルい人間だから、なんの見返りもないのに助けを求めてしまう」

 そう。弱い人間は、一方的な助けを求める。誰かと助け合うという余裕すらない。

「じゃあさ、提案があるの」

 弱い者同士でも繋がることで強化はできる。希望を見いだせる。

「提案?」
「わたしと互恵関係を結ばない?」
「ごけい?」
『ごけい?』

 稲毛さんと有里朱の声がシンクロした。聞こえてないとは思うが。

「互いに恵むって書いて『互恵』。わかりやすく言えば戦略的パートナーシップよ。互いに利益を与え合う関係」

 俺の説明に一瞬、唖然とする彼女だが、すぐに理解したのかにこっと笑う。

「うふふふ……友だちじゃなくて?」
「そう」
「あなたって面白い人なのね」
「稲毛さんに損はさせないわ」

 ビジネスの基本である。たとえハッタリでも相手の損得を考えること。

「わかったわ。でも、条件がある」

 なんだろう。俺の出来うる範囲のものであればいいのだが。

「なに?」
「あなたのことをアリスって読んでいい? その名前、とっても気にいったの」

 またしても心がカァっと熱くなる。そんなに恥ずかしいのか、有里朱よ。

「ええ、いいわ。そうね、あなたのこともナナリーと呼ぶわ」

 有里朱が『なんでナナリー』とツッコミを入れる。「語呂がいいだろ?」と返すも『ななりちゃんでいいじゃん』と納得のいかない様子。

「ふふ、面白い。そんな呼び方する人初めて」

 けど、稲毛さん……ナナリー自体はそれほど悪くは思ってないらしい。

「じゃあ、これからパートナーとしてよろしく」

 俺は手を差し出す。

「具体的にはどうすればいいの?」
「わたしはけっこう孤立してるから、情報が欲しいの。あなたが知り得た情報は共有したい。もちろん、こっちの情報も話すわ」

 ナナリーと握手を交わす。友だちにならなかったのは、この身体がまだ俺の制御下にあるからだ。いずれ問題が解決し、有里朱に戻ったらその時に改めてあの子と友だちになればいい。

 将来の友だちゲットだぜ! 有里朱よ。

 それにどうせ俺は、一時的な存在だ。そんな予感がした。別れがつらくなるような親しい友だちなんかは作らない方がいいに決まっている。
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