第64話 炎上 ~ Eaglet II

文字数 5,009文字

「これ、めっちゃ過激だね」

 かなめにしてはめずらしく、目をまん丸くして食い入るようにPCの画面を見ている。

「タイトルの付け方が秀逸だね。『炎上させてみました』って、内容はそのまんまなんだけど映像的にもコメント欄的にも、二つの意味で燃え上がっているのが面白い

 俺たちが部室で見ているのは、話題のJCウーチューバーの動画だ。『pawn and fawn』ってチャンネルの子のである。

 今回は、野外に建てられたプレハブの中に人形を並べて、カラクリ装置を使った派手な演出を撮影したものだ。

 まずはスマホの画面が映し出される。

 その中で撮影者のアカウントと思われるTvvitterで過激な発言をすると、リツイート数が別アプリでメーターのように上がっていく。それに連動して、プレハブに機械的に接続された装置が、蛍光オレンジのカラーボールを一つだけ乗せてエレベータのように上っていく。

 その様子は二分割された動画内で同時に見ることができた。

 リツイートが一千を超えたところで、ボールは滑り台に放り出され、それはプレハブ内のスイッチに当たる。

 そのスイッチがオンになると、上に吊してあったバケツのロープが切られることになっていた。そして、バケツ内の液体がプレハブ小屋の床へと撒かれてしまうという仕掛けである。

 そこでプレハブが映っている方の画面にJCウーチューバーが現れる。

 どこかで見たような、臙脂色のワンピースのようなプリーツに、セーラー服のようなジャケットを重ね着し、前の部分がはだけている特徴的なデザイン。このプリーツ部分がセーラー服のタイのように見えるという特殊な制服だ。私立七○中……いや、どこかのゆるーいアニメキャラが着ていたような気がする。

 というか、自分の学校の制服なんて着てたらすぐにバレるだろうから、コスプレしているだけなのだろう。

 顔は、ミドリーのようにベネチアンマスクを被っているので隠されている。声と仕草から女の子っぽさは伝わってきた。

「さてさて、謎の液体がぶちまけられたところで、注目だよ。このアカウントには今、リツイートだけではなくて、メッセージもじゃんじゃん来ています。わたしアンチ多いからね」

 彼女の口元が苦々しく笑いを浮かべた。

「でね。特定の文字列がメッセージ内にあると、このプログラムは反応して、ある仕掛けが発動します。さあ、みんなわかるかな? 制限時間はこちらのメッセージにその文字が届くまで」

 それから三十秒ほどで、プレハブ内部に仕掛けてあったライターが着火。部屋の中は炎に包まれる。

「はい、終了! 今の仕掛けは、このメッセージに反応しました」

 彼女はその内容を公開する。

【生意気なJCはすぐに動画を削除しろ ぶっ殺すぞ!】

 法律的には一発でアウトになりそうな文章だ。だが、彼女はそれをネタとして昇華する。ある意味、肝が据わっているというか、末恐ろしいわというのが俺の感想。

「みんな、わかったかな? 答えは【殺す】でした。メッセージくれた方、ありがとう! あなたも死ねばいいんじゃないかな?」

 皮肉たっぷりに彼女は告げた。彼女の様子から、このような脅迫メッセージは初めてでないことがわかる。

 画面は切り替わり、プレハブの中の様子が生々しく映し出された。

 室内に立っている人形が燃えさかり、ドロドロと溶けていく姿は若干グロい。プラスティック製のマネキンらしいのだけど、なにやら背筋がぞっとするものがあった。

 たぶん安いカメラを使い捨て覚悟で設置してあることもあって、その燃えさかる炎の臨場感は半端なく凄い。

 コメント欄はあまりの過激さに「やり過ぎなんじゃね?」「ホントは無許可でやってるんだろ」とか「通報しました」というコメントまであった。

 もともとそれなりに人気あるウーチューバーなのでアンチも多いのだろう。

 というわけで、俺たちが見た時には再生数はかなりのものだった。コメントも書かれる半分くらいはネガティブなものだ。

 いちおう撮影者の言い訳として、その土地は知り合いの私有地であり、許可はとってあるということ。そして、消防署にも連絡済みだとJCウーチューバーは説明していた。

「あはは、これじゃミドリンは勝ち目無しだね」
「いやいや、こんなのすぐ飽きられるって。JCなんて賞味期限はたった三年だよ」
「ミドリン、現実見なよ。この子は中学生だから人気があるんじゃなくて、動画の内容がそれなりに惹かれるものがあるんだよ」

 本質を言い当てられて一瞬、口が開いたまま硬直するミドリー。我に返った彼女は、かなめの方を向いて泣きつくように問いかける。

「カナリーン。今度、チェシャの撮影に行っていい?」
「う、うん、いいけど」
「ミドリン。困ったときに猫頼みは見苦しいよ」

 ナナリーがニヤニヤと追い討ちをかけた。最近、この二人は攻守逆転パターンが多くなってきた気がする。まあ、良い傾向ではあるのかなぁ。このままナナリーも、たくましく育って欲しいものだ。それは俺の願いでもある。

 動画の最後では、JCウーチューバーの少女が、自分はもう高校生になったことを明かす。そして最後にこう予告した。

「今度はガソリンバージョンをやるよ! 気化させてからの着火になるから、灯油と違ってもっと派手な映像になるかもね」

 たしかに、絵的にはかなり派手になるかな。ガソリンが密閉空間で気化して、それに火が付けば大爆発する場合もある。燃えて溶けるのではなく、黒焦げになってバラバラになる人形……それはそれで過激すぎてまた炎上しそうであった。

「ミドリン! JKウーチューバーだってぇ。被ってるじゃん」
「いいんだよ、あたしは。アリリンに過激さを封印されたからね。スローライフ路線で地道に行くよ。JKなんて肩書きなくとも、あたしはあたしの道を行くのさ」

 引きつった笑みを浮かべ、無理矢理元気に振る舞うミドリー。無理するなよ。

 そういや彼女のコイルガンとか、危険な工作動画を封印するように脅す……説得したのは俺だったな。

 ミドリー、おまえもたくましく生きるんだ!


**


 二年生になってもクラス替えはないので、有里朱の置かれた状況は全く変わらない。

 相変わらず教室では無視されたり陰口を叩かれるが、積極的に攻撃してくる松戸の配下がいなくなっただけかなりマシだろう。

 席も窓側へと移動した。前の席がかなめなので、教室での居心地はわりとよくなってきている。

 ゆえに人間、緊張感がなくなってくいると安心して眠気が増してくるものだ。

 授業中もうつらうつらしそうになったので、気分展開に窓の外を見る。

 校庭では一年生の体育の授業が行われていた。

 二人一組で柔軟体操を行うところだが、一人の子が孤立している。

 奇数人数のクラスなのだろうか? こういう場合は先生とかが補助で加わるとかそういうことはしないのか? そんな疑問を抱いてしまう。

 たしかうちのクラスもそうだから、よく体育教師が手伝ってくれてたって有里朱は言っていた。

 そんなわけで「なんで放置してるのかな?」と、体育教師の姿を探す。

 すると、一組だけ三人で柔軟体操をおこなっているところがあった。そうか、こいつらがあの子を排除したから孤立したわけね。

『あの子って、昨日見かけた子じゃない?』

 有里朱の声が聞こえてくる。

「昨日?」
『ほら、廊下で囲まれてた一年生」
「ああ、そういや似てるかも。けど、こんな遠くでよく顔が判別できるな」
『顔はよく見えないけど、髪型とか雰囲気でなんとなくわかるよ』

 なるほど。有里朱は俺みたいに正確な情報を求めずに、割と勘で物事を把握する子だ。それはそれで助けられているところもあるから、貴重な能力でもある。

「あの子、やっぱりクラス全体で虐められているっぽいな」
『そうだね。わたしとおんなじだ』
「おまえは絶対助けてやるから安心しろ」
『ありがと。けど、いつまでも孝允さんに頼っていられないかもね』
「俺はおまえを見捨てたりしねえよ」
『違うの。今の状態はすごく特殊でしょ? それが今は普通になっちゃってる。けど、今日と同じ状態が明日も続くとは限らないよ』
「そうだな。次に目覚めた時、俺は別の場所にいるかもしれない。そして有里朱は一人かもしれない」
『目が覚めたのなら、わたしお見舞い行くよ』
「ああ……」

 俺は有里朱の声を聞きながら、そうじゃない場合のことを考えていた。

 千葉孝允が目覚めた時、もし俺が有里朱の中に存在するのだとしたら、一体俺は何者なんだろうと……。


**


 放課後、かなめが図書室へと寄りたいと行ったので、そこへ行ってから部室に向かうことにした。

 図書室は有里朱の身体に乗り移った最初の頃、校内散策で来た程度だ。普段からあまり来るような場所でもなかったりする。

 一方かなめはよく図書室に行って大量に本を借りるという。頻度としては一週間に一度程度ではあった。彼女はビブリオフィリア傾向もある子なので、文芸部に持ち込まれた本だけでは物足りないのだろう。

「ちょっと待ってて。これを返却してから、目を付けてた本を借りてくる」

 かなめが「ごめんね」と付け加えながら小走りに、貸出係のいるカウンターへと向かう。

 手に持っていたトートバッグには図書室から借りた本が十冊くらいは入っていると言っていた。それを返して、また同等の重さのものを持ち帰るのだ。

「筋力つきそうだな」
『そっちなの!?』

 相方である有里朱のツッコミもキレが良くなってきている。

 手持ち無沙汰になったので、暇を潰すために本棚を眺めて回ることにした。図書室や本屋を回るのはけっこう好きである。特に自分には興味の無い分野の本棚を見て回り、そのタイトルを眺めるだけでも飽きなかった。

 興味のない分野ゆえに、想像もつかない単語や、逆に身近な言葉が専門用語とともに関連されて書かれていたりする。インスピレーションを刺激するのにちょうど良い場所でもあった。

――「……たよ」

 歩き回っていると、ひそひそとした話し声が奥の方から聞こえる。図書室は大声での私語は厳禁。誰かいるのだろうかと、歩く速度を緩めて様子を覗う。

 本棚三つ分くらい先の奥の角に二人の人物が見える。

――「……いわ」

 会話はあまり聞こえない。が、それが誰であるかの確認はできた。

 一人はこの間、いじめられていた一年生の子。有里朱に雰囲気が似たセミロングのおかっぱの女の子だ。

 そしてもう一人がうちのクラスの田中さん。眼鏡っ子でボクっ子属性があるとわかったわりと中性的な少女だ。

『どういう組み合わせだろうね?』
「部活の先輩後輩とか?」
『田中さん、帰宅部だよ。たぶん』
「たぶんかよ」
『しょうがないじゃない。友達じゃないんだから』

 そうこうしているうちに、二人の会話は終わったらしい。一年生の子はくるりと方向を変えてこちらに歩いてくる。途中で俺たちの視線に気付き、こちらを睨み付けるように去って行った。この前の件で顔を覚えてくれたのだろうか? それはそれで面倒くさいことにならなければいいのだが。

 残った田中さんも、有里朱の方を目を細めて無言の敵意のようなものを向ける。が、すぐにぷいと顔を逸らし、興味を無くしたかのように立ち去ってしまった。

『あれ?』

 有里朱が声を上げる。

「どうした?」
『なんだろう……二人を見ていて、何かを感じたんだけど』
「何かってなんだよ? 曖昧すぎるだろ」
『そう言われても……喉の辺りまで出かかっている感じなんだけど』

 こいつの第六感は無下には出来ないからなぁ。

「思い出せ」
『急には無理だってば』

 あれ? そこで俺も言葉には表せない不安を感じ取る。決定的な何かを見たわけでもないし、差し迫る危険があるわけではない。

 それでも俺は、その不安を打ち消すことができなかった。

 俺は、俺たちは……いったい何を見て、何を見落としているのだろうか?

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