第35話 仏典から(2)
文字数 686文字
旅人が、真っ暗な淋しい道の先に、ぽつんと無人の家を見つけた。そこで寝支度をしていると、1匹の赤鬼が人間の死体を担いで入って来た。まもなく、1匹の青鬼も入って来た。
「これは俺の獲物だ」「いや、俺のだ」
鬼どもは言い合いを始めた。
「じゃあ、そこにいる人間に聞いてみろ」赤鬼が言った。
旅人は、正直に、赤鬼がその人間の死体を担いでいたことを話した。
怒った青鬼が、旅人の腕をもいだ。赤鬼が、持っていた死体の腕をとって、旅人につけてやった。
青鬼は、旅人の足、銅、顔までももいでしまった。青鬼がいそいで、死体の足、銅、顔をつけてやった。
やがて鬼どもはむしゃむしゃと、散らばった腕やら足やらを食べた。それから家を出て行った。
恐ろしい目に遭った旅人は、親からもらった自分の身体が、いまや誰かもしれぬ他人の死体になっていることに気がついた。そして、これは一体、自分なのか、そうでないのか、分からなくなった。
───この話は、仏教でいうところの「無我」であるという。
この世の現象・存在には、とらえられるべき実体がないというのである。永遠の存在であり得ないこの世のあらゆるものには、本体・実体がないのだということ。
すると、一体われわれは、何に悩み、何に苦しんだりしているのかという話になってくる。
この世は、苦しみばかりではない。かといって、楽しみばかりでもない。
そのどちらにも捕われず、中道を行きなさい、ということか。
だが、それはなかなか行きにくい。結局私は楽しみに、苦しみに捕われる。しかし、その両者のいずれかに捕われる自分を「観る」自分のみが、中道を行くように思われる。
「これは俺の獲物だ」「いや、俺のだ」
鬼どもは言い合いを始めた。
「じゃあ、そこにいる人間に聞いてみろ」赤鬼が言った。
旅人は、正直に、赤鬼がその人間の死体を担いでいたことを話した。
怒った青鬼が、旅人の腕をもいだ。赤鬼が、持っていた死体の腕をとって、旅人につけてやった。
青鬼は、旅人の足、銅、顔までももいでしまった。青鬼がいそいで、死体の足、銅、顔をつけてやった。
やがて鬼どもはむしゃむしゃと、散らばった腕やら足やらを食べた。それから家を出て行った。
恐ろしい目に遭った旅人は、親からもらった自分の身体が、いまや誰かもしれぬ他人の死体になっていることに気がついた。そして、これは一体、自分なのか、そうでないのか、分からなくなった。
───この話は、仏教でいうところの「無我」であるという。
この世の現象・存在には、とらえられるべき実体がないというのである。永遠の存在であり得ないこの世のあらゆるものには、本体・実体がないのだということ。
すると、一体われわれは、何に悩み、何に苦しんだりしているのかという話になってくる。
この世は、苦しみばかりではない。かといって、楽しみばかりでもない。
そのどちらにも捕われず、中道を行きなさい、ということか。
だが、それはなかなか行きにくい。結局私は楽しみに、苦しみに捕われる。しかし、その両者のいずれかに捕われる自分を「観る」自分のみが、中道を行くように思われる。