第18話 身体に関するまとめ(3)

文字数 1,253文字

『全身を感じながら入息しよう』と訓練し、『全身を感じながら出息しよう』と訓練する』(アーナーパーナサティ・スッタ:出入息念経)

 ステップ3は、「身体のすべてを体験する」です。
 このレッスンでは、呼吸が身体にどのような影響を与えるかについて、追求します。「全身を感じながら」というのは、短い・長い・粗い・スムーズ・穏やか・乱れ、といった、呼吸の特徴を直接知ることを意味します。

 ここでは、身体のすべてを体験することを目的とします。このステップの本質は、息が入って来る時、出て行く時の、身体のすべてを感じることです。
 呼吸を観察することから始まったマインドフルネスですから、ここでも何も新しいことがあるのではなく、前よりももっとハッキリ、クリアに、注意深く観て、探求観察を続けるだけです。より深く、呼吸する身体と肉体の身体、2つの身体を観じます。息が入って来る。息が出て行く。この間を、途切れなく観察することです。

 呼吸が、肉体の身体を調整することを忘れないで下さい。臓器、脈拍、血流に、われわれは直接触れることはできませんが、呼吸によってそれを調整することができるということです。
「身体」という言葉は、「集まり」という概念を含んでいます。原語のパーリ語では、「集まり、積み重ね、塊、部門」などの意味を表します。
「呼吸する身体」も身体ですので、同様の集合体、ひとつのグループです。

 マインドフルネスでは、
・2つのグループがあること。
・それらのグループが生じ、成長し、一方のグループを支えていること。
・「呼吸する身体のグループが、「生身の身体」のグループを活性化させること。
 この3点を学びます。
 既にわれわれは、長い呼吸、短い呼吸によって、呼吸が生身の身体にどのように影響するのか体験しています。
 このステップ「全身を感じながら呼吸をする」は、呼吸する身体の精妙さ、肉体の身体の微細さを、より精密に洞察観察することです。

 双方の身体を観て、それぞれが互いにどう生じ、また滅していくのかを観て下さい。ブッダは、入息の時、生命が生じ、出息の時、生命が滅すると観じました。息が出ていった時、一瞬呼吸は「止まり」ます。この沈黙、一瞬の「間」に、ブッダは無我の萌芽のようなものを感じていたのではないか、ともいわれています。

 呼吸が、生身の肉体の調整装置であること。
 一度身体が生まれたら、思考、感受、行動、言動といった副産物がうまれます。それらは、身体がなくては、けっして起こり得ないものです。ですから、自分が何か感じ、考え、行動し、何か言う、それらの原因・コントロール室・調整装置が呼吸であり、生身の肉体自身である、ということです。

 この2つの身体を、よりよくして行くプロセスとして、ブッダはこの瞑想(現代でいうマインドフルネス)をしょっちゅうしていた、ともいわれています。
 たとえそれが作り話で、いくら古い経典に残っているとしても弟子達の捏造であったとしても、現在に役立っているのなら、それでいいと私は思っています。
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