第29話 「ピーティ」

文字数 2,076文字

「ヴェーダナーを統制する」の続き、やります。

 カーヤ・サンカーラ(身行。出入息。身体の調整)が静まり、ジャーナ(禅定)に入った時、ピーティ(喜)やスカ(楽)を感じるようになる。
 しかし、禅定に届かず、身体があまり落ち着いていない場合でも、あるていどの喜や楽が生じている。禅定に届いていない実践者は、この喜びや楽を、これからの実践で調整することができる。

 身体の調整作用、呼吸が整ってきた時、前のステップでのサマーディ(定)からピーティ(喜び)が生じる。ひとたび満足が生じると、幸せな感じ(スカ)も、伴ってくる。
 喜びは、満足から生じる。このピーティとスカを十分に体験することが、ステップ5と6になる。

 このピーティ、すなわち満足、歓喜、有頂天と呼ばれるものを、観察していく。この体験は、平和的ではないということ。ピーティの中にあるのは、興奮や騒動と似たものであって、スカになった時に初めて落ち着きが出てくる。

 ピーティは、心を震わせ、揺さぶる。スカは反対に、心を穏やかに、スムーズに導く。
 まず、ピーティを体験する。息が入ってくる時、出ていく時、いつでもピーティを観察していく。
 注意深く洞察し、その感覚はどんなものか、見続けて、十分に体験する。
 息が入ってくる時、息が出ていく時、満足の感受を目一杯体験することは、とても楽しい、瞑想の中で最も面白い実践である…。

  ─────────

 ところで、もう、あまり考え過ぎず、ただやること、やり続けるということだけで、いいように思える。
「呼吸に集中して、何も考えないで、集中するのがいいと思うんですが、いろんなことが頭に浮かんできてしまって…」
 まだお寺に通い始めて間もない頃、住職に訊いたことがある。
「ああ、そりゃムリですよ。何も考えないでいるなんて、できません」
 あっけらかんと言われて、拍子抜けした覚えがある。

 いろんな妄想・雑念が、瞑想中の頭に、まさに走馬灯のように駆け巡る。それに対し、「消えろ」とかいって「ラベリング」をする必要はなく、そのままにして、自然に消えていくのを待つのが、ブッダのやり方だという。
 しかし、なかなか雑念は消えていかない。待っている間、私の中に、前職場のイヤな上司の顔がずっとある。その顔は消えるどころでなく、どんどん明確になってくる。

 もうダメだと思う。自分の心が、すっかりその顔に占領されてしまったと思う。このような場合、いくつかの「トリックを使いましょう」とブッダダーサは提案している。

 ・鼻先に焦点を定めること。この時、鼻先をにらんだりせず(過度な緊張を生む原因になる)、肩の力を向いて、リラックスした気持ちで、鼻先に焦点を定める。
 最初は、鼻の少し向こうか、手前にしか、視線の焦点があてられないかもしれないが、身体と顔面がリラックスしていくにつれ、鼻先にしっかりと焦点が定められるようになる。
 やがて、この「こつ」が熟達してくると、まぶたを閉じている時でさえ、視線を鼻先に向け、焦点を定めることができるという。

 ・息を大きく吐いたり、吸ったりすること。大きく、強く呼吸をすれば、私たちは「耳」でも呼吸を聞くことができる。耳は、目と同様に、サティ(気づき)を確立する時の助けとなる。
 瞑想の妨げとなることが生じた際、これは特に有効な「こつ」で、外部・内部に妨げられてサティを確立するのが困難な場合、大きく、強い呼吸を試みて下さい、と。

 ・呼吸の数を数える。息を吸うごとに、数をひとつ数え、「10」まで数えたら、リセット。「1」へ戻る。そしてまた、2、3…と、ひとつ息を吸うごとに、ひとつ数え…を繰り返す。
 心が彷徨うことなしに、「10」まで数えられたら、成功。途中の「4」辺りで彷徨ってしまったら、「1」に戻って、やり直す。これは、「数息法」と呼ばれる瞑想法でもあるそうです。
 目、耳、そして「数を数える」という「知」を活用する。これらの仕方で、「気づき」を確立させていく。

 ── ダンマを思えば、このようなコツ=trick、は、自分をごまかすようで、あまり取り入れたくないと感じていた。しかし、妄想に捕われていては、瞑想どころではない。
「瞑想中、心が迷走することがあるかもしれませんが、そのほとんどの時間、気づきは呼吸に向けられており、呼吸とはどのようなものか『学ぶ』に十分なレベルにあります」とブッダダーサ。

「今を生きる」とは、どういうことなのかも考える。今、といったところで、そこには未来も過去も含まれている。「完全な今」というものは無いというのが、私の実感だ。
 だが、「今・この瞬間」を感じられるのは、「呼吸を意識する瞑想」をしている時間が、最も近いように思われる。

 飽きっぽい自分なのかなと、自意識が顔をもたげる時がある。去年の秋頃から、縁あってマインドフルネスを知り、続けてきて…。しかし、それならそれで続けていこう、と。飽こうが飽くまいが、呼吸は呼吸を続けているのだから、そこに意識を投げかけて、寄り添いたい。その時間は、やはり貴重な時間に思える。
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