第13話 瞑想効果

文字数 1,228文字

 マインドフルネスを始めて約半年、身体に直截効果があったと思われることを、数点。
 まず、よく眠れるようになった。寝つきも良く、朝、実に目覚めが良い。小さな爽やかさ、とでも言おうか、ほんのり満足を覚えながら目が覚める。
 以前、椎間板ヘルニアになった時、医術に依存せず(近所の外科医の「流れ作業」には辟易した)、自然治癒力に頼っていた。すなわち「整体」。ニュースなどではいかがわしい事件なども見るけれども、世話になった近所の整体はまことに素晴らしい師であった。

 その整体師が引っ越してしまったため、別の整体院でたまに施術を受けているが、先日「背筋(背骨?)、真っ直ぐですね!」と驚かれた。瞑想をしている時、なるべく姿勢を良くしているつもりだし、呼吸を意識してすることで何らかの変化が私にもたらされたのではないかと思う。
 鼻からへそ、へそから鼻への呼吸過程を追っていると、自然「腹式呼吸」になる。歩いていてもこの呼吸を意識しているから、おのずと背筋が真っ直ぐになっている。これが、思わぬ腰への良い影響を及ぼしているようである。

 ブッダはこの呼吸法を完全にモノにしていたから、晩年の老体を蝕む幾つかの激烈な苦しみも「よく念じて」(=呼吸による瞑想によって)耐え忍んだという。彼は確かに実在した人物だったが、べつに私はそれにこだわらない。架空の人間だとしても、善いことを云っているし、善い行動実践をした、それだけでもう充分なのである。

 自分自身から、苦しみを取り除くこと。これが私の生きる目標といえば目標である。いや、これ以外に、何を求めるだろう。
 苦には原因があり、それを除く道がある。その苦の起源は、苦を苦と感じるものの作用であり、その作用は楽を楽と感じるもの、すなわち心を源とする。苦も楽も、元は同じなのだ。その道を、ブッダは論理的に説いた。

 またブッダは、心も身体の一部と見なしている。人間が、自分であると意識する自分というものは、自分以外のものによって構成されている、と説いている。よくよく自己を観じれば、全くその通りだと私は思う。
 だが私は、実際にはまだそこまで行けていない。頭で、そうだなぁと思うだけで、実践が伴っていない。で、瞑想をする。「自分が、自分が」と、ありもしない「自分」に囚われてしまわないように。
 今朝は40分やった。ステップ0はもう大丈夫だと体感したので、ステップ1~4まで。

 そうそう、私はかなり小心者で、先のことへのチョッした不安、心配に、小さな心臓をドキドキさせていたのだが、これもだいぶなくなった。瞑想中、腰が痛くなることがあるが、これにもだいぶ耐えられるようになった。
 やはり続けることが大事なようで、1時間の瞑想なんてムリだと思っていたが、慣れてくるとそうでもない。
 おそらく、人によってその効果の表れ方は異なるだろう。ひとりひとり、皆違った体験・思いをして生きて来ているのだし、その素となる身体が体験・思いをするのだから…
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