第3章 少年Mの場合 第4節 シャワーの音

文字数 2,497文字

「パーティーは終わりだ。さあ、働け。(なま)け者に食わすメシは無い」と、夜明け前に(だれ)かが言った。
私はガバリとはね起きた。()()()(てん)様の夢のお告げだ。やるべきことは分かってる。行くべき場所も分かってる。

でも、こんな言い方しなくたって、いいじゃない。

ここでまた動画(けん)(さく)、【ホラー BGM】スタート。【ジョーズ テーマ】、【シャイニング テーマ】でも可。

良く晴れた日だった。きさらぎ中心街から少し(はな)れた、ウネウネと続く低い山の中を、私は探検してた。もちろん、仮の肉体で。
()(ぶくろ)やテントまでは用意しなかったけど、(くつ)(くつ)(した)だけは登山用の、ちゃんとしたのを手配した。靴下が(うす)いとマメが出来る。靴底が薄かったら、(とがっ)った竹とか()()いちゃうかもしれない。山の中で歩けなくなることを、(そう)(なん)と言うのよ。
(ぼう)()と軍手とカッパも絶対に要る。体を()めつける服はNG。そもそも、(はだ)()(しゅつ)は最小限にする。これ、みんな大事なことなの。なぜって?

(ゆう)(たい)()()の私といえど、巫女(しょう)(ぞく)で山歩きなんぞしようものなら、ただじゃ済まないからよ。山の中に一歩入れば、そこは()(ヅチ)(のかみ)って言う、それはそれは(こわ)いお方のご神域なんだから。出会ったら一巻の終わりの、(さん)(がく)()()の神さまなんだから。山が高い低いは関係ないの。裏山でタケノコ()ってるだけでも、()(ヅチ)(のかみ)様は()(のが)してはくれない。
ああ、思っただけでも怖い。山は正しく(おそ)れましょう。

私は(けい)(りゅう)の水を、すくって飲んでみた。落葉樹林の土をなめてみた。
思った通りだ。山の命が薄まってる。
何よりも、風の向きがおかしい。曲がりくねって()いてくる。ブラックホールみたいに空間の座標が(ゆが)んでる。
「何か来る。ここは危ない」と直感して、私はダッと走って()げた。谷に沿って逃げちゃダメだ。草の根をつかんで、少しでも高い所に登ろうとした。

「ぼぉっ」と、(した)(ばら)(ひび)くような音がして、大地が()れた。
()り向いたら、谷底がボコッと割れ、大きな穴が開いた。穴の底から、山より大きな、黒い(きょ)(じん)が現れた。巨人の体には、木の根のような(うで)が生えている。(かた)にも腹にも(こし)にも背中にも、細かく枝分かれした腕が生えている。その1,000本にも余るだろう腕は、まるで木の根のように、土に(から)みつき、土を()いていた。

こいつは「大地の王」だ。昔から良く知られている(せい)(れい)(ひと)(はしら)で、よほどのことが無い限り、人前に姿は見せない。
この精霊を神と呼ぶか、(あく)()と呼ぶかは、呼ぶ方の勝手で、巫女の商売とは、あんまり関係がない。
なぜなら、この精霊は、良い意味でも悪い意味でも、自分からは何もしようとしないからよ。

その何もしないはずの「大地の王」が、大きな口を開けた。いや、あの()け目を、口と呼べばの話だけど。
「大地の王」は、大きな風切り音を立てて、息を()いた。まずい、毒ガスだ。逃げよう。
正体不明のガスに打つ手は無いわ。上に逃げたらいいのか、下に逃げたらいいのか、分からないからよ。燃えるの?(ばく)(はつ)するの?(はだ)()れたらどうなるの?(こう)()(しょう)は残るの?知っとかなきゃならないことは、他にも山ほどあるのよ。

私は(がけ)から飛び降りた。(なま)()の体じゃないから、少々の乱暴では(こわ)れない。
崖の下は、()(そう)してある道路だった。着地に失敗して、ころころ転げた。
少し(はな)れた所に、バイクが止まってる。フルフェイス・ヘルメットに、黒いバイクスーツのライダーが、(うで)を激しく()って、「こっちに来い」と言っている。
迷ってるヒマはなかった。そのほっそりしたライダーは、私をタンデムシート(後部座席)に拾い上げると、(ごう)(おん)を立てて急な坂を()け降りた。

ライダーの(こし)にしがみつきながら、「あなたなの?」と、私はささやいた。
「そっちから名乗るのが(れい)()だろ」と、ライダーはささやき返してきた。
「失礼。私の名前は(はふり)武子(たけこ)。この町に呼ばれた(ゆう)(たい)()()よ。」
「私は()()(あん)()総長、少年Mだ。」
「少年M?」
「警察がくれた名前だよ。女でも少年なんだ。親が勝手につけた名前は忘れた。M子と呼んでくれ。」
エンジンの(ばく)(おん)と風切り音で、ささやき声が通るわけがない。でも私たちは、()(つう)に会話してた。確かに、聞こえたの。

バイクはきさらぎの(はん)()(がい)()け、陽当たりの良い、(おか)(しゃ)(めん)のお()(しき)の中に入って行った。(しき)()が広い。庭つきの高級旅館みたい。M子は断りもなく、お屋敷の(はな)れに上がり()んだ。「すぐシャワーを浴びろ」と言う。あの毒ガス、やっぱり、びらん性だったんだって。このままにしておくと、お(はだ)に、とっても悪いのよ。もちろん、生命の危険も。

()()()は広かった。二人並んで、(もく)(もく)とシャワーを浴びた。見える物は見た。M子の肌は()けるように白い。手足はスラリとしてるけど、胸が大きすぎてバランスが悪い。あれじゃ、服を合わせるのが、かえって難しいと思う。ピッチピチの黒いバイクスーツはエロかわいくて、バチッとキマってたけど。
風呂場なんだから、見えても仕方ないでしょ。

洗い(がみ)をザッと(かわ)かして、半分ハダカのまま、M子は私に言った。
M子「今後のことがあるから、ガスのことは手短かに教えてやる。おまえをどうするかは、()()(あん)()で話し合って決める。とりあえずは客として(あつか)う。そこらにある物を、勝手に食うなり、着るなりしな。」

聞いた説明をまとめると、「大地の王」の毒ガスは、()(しょく)(とう)(めい)()()()(しゅう)、不活性・不燃性で、比重は1。無色透明・無味無臭だから、異変に気づいた時には、もう(おそ)い。不活性だから自然分解しないし、不燃性だから燃えない。比重1だから、高い所に()げても、()せてもダメ。大地が(かん)(ぼつ)したら、とにかく逃げるしかない。
ほんのちょっとでも吸引すれば頭痛が起きる、びらん性の(もう)(どく)ガスで、そのまま放置すれば、やがて()()、めまい、(さく)(らん)(おそ)われて死に至る。()(どく)(ざい)は無い。命が助かった場合でも、認知機能障害、運動障害や(よく)うつなどの(こう)()(しょう)が出る場合がある。後遺症を(かん)()する方法も、今の所、発見されていない。そもそも、後遺症のハッキリした(しん)(だん)(ほう)(ほう)が確立していないため、(しょう)(じょう)は、主に(かん)(じゃ)の自己申告によるしかない。医学上は「()(てい)(しゅう)()」の(あつか)いなんだって。

これで敵の正体は見えた。でも私、何で暴走族のたまり場で、()(そうろう)してるの?
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