第4章 神永未羅の場合 第71節 不適切な意見をどうやって是正すればいいか

文字数 4,967文字

どうやら事態が(ちん)(せい)()したと見るや、ルスヴンが私を()しのけて前に出た。
うーん。こうやって出世したのか、こいつ。

ルスヴン「(くろ)(づか)さん。この度の重大なプライバシー(しん)(がい)につきましては、私の(かん)()(かん)(とく)()()(とど)きを心からお()び申し上げます。」
ルスヴンに(うなが)されて、私もニーナも(たたみ)の上に起立した。
そして(こし)を九十度に曲げて「申し訳ありませんでしたッ!」と謝罪した。
()(しき)は終わった。

(くろ)(づか)さんも、ようやく(げん)(かん)(さき)に腰をおろした。
(くろ)(づか)「いえね。確かに私も『見ないと(ちか)え』とは言いませんでしたよ。これは私の落ち度かもしれません。約束していない以上『約束を破った』とも言えませんしね。でもね、私が(おこ)っているのは、そこじゃないんです。通りすがりの赤の他人に、秘密の部分に土足で()()まれたことですよ。」

うまいタイミングで、ニーナがお茶を配った。
お城から(けい)(たい)して来たクッキーを、お(ぼん)に山盛りにして、(くろ)(づか)さんの手の届く所に置いた。
うまいねっ! 相手のムカッ腹を(しず)めるには、何か食べさせるのが一番だもの。

ルスヴン「それにつけても、ですけれどね、(くろ)(づか)さん。あの()()()(せつ)の中で、一体ナニをしていらしたのですか? 理由はどうあれ、私たちも一度見てしまった物を、見てないことには出来ませんから。」

あ、流れが変わったな。

ルスヴン「ここで犯人さがしをしても、しょうがありません。(だれ)かを悪者にしても、何も生まれません。私は警察じゃありませんから。事ここに至った以上、私たち東方ドラキュラにも責任があるのは明白です。前任の()(じゅう)(ちょう)からロクな()()ぎを受けておりませんので、(しょう)(さい)な事情は分かりかねますが、こうやって担当も変わったことですし、何か理由があるなら言ってください。困った事があるなら相談してください。」

「言葉やさしく、手にはビーグル犬」って言う(こう)(しょう)(じゅつ)があるとは聞いてたけど、これのことかぁ。
(くろ)(づか)さんが、チラッと悲しそうな目をした。それを()(のが)すルスヴンじゃなかった。

ルスヴン「どんな事情があるにせよ、()(たい)(そん)(かい)とは(じん)(じょう)じゃありません。ミイラが(くろ)(づか)さんに何をしたと言うのですか? 文句があるなら、生きてるドラキュラに直接、言うべきだとは思いませんか。」

うん。ついにマウント取ったな。いいタイミングでニーナが口を開いた。

ニーナ「(くろ)(づか)さん。バカ武子(たけこ)のやったことは、正直、私も怒ってるよ。でもさ、これまで(かか)えて来たんでしょ? 色んな、黒くて重たい、ドロドロした物をさ。今ここで、ほんの少しでもいいから、口にしてみれば? ずっと心に背負わせてるより、楽になるかもだよ。」
分かってくれとは言わないが、そんなに武子(たけこ)が悪いのか。
誰のせいでもありゃしない。みんな武子(たけこ)が悪いのさ。

(くろ)(づか)さんが下を向いて、ポツポツし話し始めた。
(くろ)(づか)「最初はね、ただの(こう)()(しん)だったんですよ。祖父母からも、親からも、()()()()からも『見るな、()れるな、語るな』とタブー(あつか)いされて来た『ドラキュラの地下城』を、ちょっと、のぞいてやろうと思っただけなんです。いけないことだとは思いましたけど、(てん)(がい)()(どく)の年寄りには、それくらいしか楽しみが無かったんですよ。」

「うんうん」と、ルスヴンが大きく、うなずいてた。「さあ、どうぞ、その先へ」と無言で(さい)(そく)してた。
(えら)い人たちって、決して「ああしろ、こうしろ」とは言わずに、相手を思い通りに動かそうとするんだよなあ。

(くろ)(づか)「もう、こうなっちゃったから、正直に言いますけどね。あのミイラの山には(おどろ)いたんですよ。東方ドラキュラが日本に住み着くのはいいと思います。生きる権利は誰にだってありますから。行き場の無い人たちに『この国から出て行け』なんて言うのは、まちがってると思います。でも、お墓となれば話は別でしょ。何かの本で読みましたけど、アブラハムって言う人が移住先で最初に買うことが出来た地所は、(おく)さんの墓だったと言うじゃありませんか。それが、すべての争いごとの始まりだったとも書いてありましたよ。しかも、その『ドラキュラの地下城』が、誰に断るでもなく年々拡張工事してるんです。こんな小さな家が、()れてコワい思いをしたこともありましたし、夜中でも(そう)(おん)が止まらなかったこともある。畑が(かん)(ぼつ)したことも、井戸水が()れたことだってあるんです。代々の侍従長様には、その()()ご相談しましたよ。でも、どの方も『あれは墓地じゃない。宗教施設だ』だの『いずれ終わるからガマンしなさい』だの『悪いようにはしないから』だのと、その場限りを言うばっかりで、誠意ってモンが、まるで感じられない。確かに()(しょう)はしてくれましたよ。簡易水道だって、引いてくれた。でも、そういう問題じゃないでしょ? ああいうお金もかかる、時間もかかる大きな工事は、理にかない、法にかない、そして情ってモンに、かなってなきゃならないと思うんです。そうは思われません?
そもそも私たち(くろ)(づか)一族は後を継ぐ者も無く、私がいなくなったら、一族墓だって消えちゃう運命なんです。()(かげ)(いし)の墓なんて、百年も経ったらボロボロですよ。いや、もう、そうなりかけてます。なのに、なぜ外国からやって来たアンタたちだけが、この山の主人みたいな顔してるんですか? 日本には日本のアブラハムが居るんです。木でも石でもメダカ(いっ)(ぴき)でも、みんな、その方の物なんですよ。」

私「それは、まちがってる。」
私は自分の口を止められなかった。

ニーナ「諸悪の根源のバカ武子(たけこ)は黙ってな!」
ニーナが、(なぐ)りかからんばかりの勢いで、私を止めようとした。

私「いや、黙らない。どんな悪党でもキラワレ者でも、お墓は作ってあげるべきだ。(あな)()って、放り()んで、土かけただけのお墓であってもね。私、墓場の無い死者だから、死んだ者の気持ちは分かるの。死人に口は無いから、文句を言いたくても、言えないだけなんだよ。」
(くろ)(づか)「アンタが言ってるのは『死んだら土に(かえ)るから』って話だろ。『ドラキュラの地下城』は、そうじゃないんだよ。そもそも(しょう)(めつ)したら砂になっちゃうはずのドラキュラを、どうして、わざわざミイラにするのか、アンタ知ってんのかい?」

あーあ、始まっちゃった、ディベート・タイム。また、やらかしたか、私。
(くろ)(づか)「東方ドラキュラは、あそこで何かを待ってるって聞いたよ。『見るな、()れるな、語るな』と言ったって、人の口に戸は建てられないからね。何を待ってるのか、大体、想像はつくよ。最後の(しん)(ぱん)だか、(いか)りの日だかに、あのミイラが全部、復活するって話なんだろ。」

ルスヴンが下を向いてる。これだもんなあ、(えら)い人たちって。
私「『ドラキュラの地下城』が問題なのは、私だって、そう思います。東方ドラキュラの女王陛下も、なんだかコソコソ動いてますもん。でも、(にく)しみを他人にぶつけるのは適切じゃないと思います。最初は悪口だけでも、たった十年で殺し合いになります。私たちが憎む人間の自由と尊厳を、大事にしてやるしかないと思います。出来ないガマンをしてでも。」
(くろ)(づか)さんが下を向いた。
でも、すぐ私をにらんだ。
私を憎んでる。
あーあ、今回の説得は失敗だ。
出るぞ、出るぞ、アレが。

(くろ)(づか)「自分のキライなヤツを差別して何が悪い。目障りなヤツを追い出そうとして何が悪い。やられたら、やり返したくなるのが当然だろ。それが人情じゃないか。子どもだって、そうするじゃないか。私は自分の身を守りたいだけだよ。『私の庭を勝手に掘るな』って、言ってるだけだよ。それを『イカン』と言うのは、あんたらが本ばっかり読んでるからさ。本の世界の約束ごとと()(じゅん)するから不都合なだけさ。あんたらは『インテリ(きょう)』の信者なんだ。仲間じゃない私をいじめてるだけなんだよ。あんたら、ふたこと目には『寄り()え』だの『分かち合え』だの『相手の身になれ』だのと言うけどさ、弱い者を助けるのが、あんたらの(しゅ)()なら、まず私を助けとくれ。そもそも、私がいつ、あんたらの米ビツに砂を投げ()んだと言うんだい? 警察でもないクセに、人のやる事にケチをつけないでおくれ。自分たちの得にも損にも、ならないことには手を出さないでおくれ。」

あーあ、言っちゃった。
ここらで退散するしかないか。
もう二度と、ここには顔を出せないなあ。

下を向いていたルスヴンが顔を上げた。
逆上はしていないが、なんだか悲しそうだ。

ルスヴン「世界中、どこへ行ってもキラわれる私たちドラキュラのことを、分かってくれとは言いません。受け入れてくれとも言いません。でも、『これまでの付き合いは、一族に便(べん)()を図ってもらいたいがための、ただの()(ぜん)だった』とでも、おっしゃりたいのですか? それには()えられません。あなたにキラわれるのはガマン出来るが、あなたに()(わく)の目を向けようとする自分自身にはガマン出来ない。人間を信じられなく成りかけている、今の自分を情けないとすら思います。(くろ)(づか)さん。あなたたち(くろ)(づか)一族は、(ごう)()で城が損傷した時、危険を承知で()けつけてくれたじゃありませんか。お子さんが破傷風になった時は、ドラキュラ四人で(ふもと)まで(きん)(きゅう)(くう)()したじゃありませんか。お(たが)いに気も(つか)い、(ゆず)り合い、時には出来ないガマンもして、長い年月をいっしょに過ごして来たじゃありませんか。ありゃ、一体なんだったというのですか? ドラキュラと人間では立場はちがいますが、だからと言って、分かり合うことも出来ない、折り合って行くことも出来ないとおっしゃるのですか?」

この人、どこにでも居る、ただの、やり手タイプじゃなかったんだ。

ルスヴンの言葉が、私の何かを()(げき)した。私の口が勝手に開いた。

人が変わったように見えるけど、まるで(おに)に変身したように見えるけど、この人は確かに(くろ)(づか)さんだ。
この「クロ」(くろ)(づか)から目をそらすのは、(くろ)(づか)さんを二度殺すのと同じだ。

私「人生の(こう)(はい)として申し上げます。『若者の死は難破。老人の死は帰港』と聞きました。(よこ)(はま)(こう)に帰る船が、もうすぐ(うら)()(すい)(どう)をくぐると言うのに、ここで難破して良いのでしょうか。ドラキュラが何だと言うのですか。先輩は素晴らしい物を、たくさん、お持ちではありませんか。私が決して味わうことの無い青春の思い出をお持ちではありませんか。自分が一番きれいだった時を、心の支えにして生きて来たのではありませんか。自分の子どもを持ち、守り育てる喜びを味わって来たのではありませんか。ドラキュラが何だと言うのですか。憎しみや差別なんかで時間をムダにしないでください。横浜港は、もうすぐそこですよ、先輩。」

言ってるうちに、自分で泣いてしまった。
(ゆう)(たい)の私でも(こい)することはある。
でも、その恋が(じょう)(じゅ)することは無い。(もしも、あったら(たま)(もの)(まえ)だ。()(たん)(どう)(ろう)だ。)
私は決してオトナの女に成熟することが無い。
そもそも子どもを産めない。

自分の言ってることに流されて泣いちゃうなんて、大失態なんだけどね、()()として。

私が泣き止むのを待って、(くろ)(づか)さんは口を開いた。
(くろ)(づか)「ここが浦賀水道かい。良く分かったよ、幽体巫女の武子(たけこ)さん。さすが巫女の看板は(かざ)りじゃないね。じゃあ、私の方が、この山から出て行くよ。安心しておくれ。行き場はあるんだ。(むすめ)が『同居しよう』と言ってくれてるのを、()まらない意地張ってたのは私の方なのさ。一族墓のことは、こっちで何とかするよ。思い立ったが(きち)(じつ)だ。じゃあ、さようなら。」

そう言って、(はし)(がか)リから去りかけた(くろ)(づか)さんが、()(ちゅう)で、もどってきた。
(くろ)(づか)「侍従長様、最後のご(ほう)(こう)です。私が調べた限りでの『ドラキュラの地下城』の入り口を、ここにメモしておきました。ご同道出来なくて申し訳ありません。」
それだけ言い残して、(くろ)(づか)さんは(かがみ)()に消えた。

優しくて、家族思いで、友人・知人からも(しん)(らい)され、人生経験が豊富で、知識も教養もあり、分別も常識もある人が、自分より立場の弱い人たちに(へん)(けん)を持ち、公然といじめることは、あり得る。
私はそういうのを、きさらぎ市でイヤと言うほど見て来た。

(くろ)(づか)さんの身勝手な「愛国」心、「愛郷」心を認める積もりはない。あれは(ゆが)んだ自己愛だ。私はそれを自分の外に置く。スパムメールのように、見ずに捨てる。

でもでも、悲しさだけが残って、何だか(くろ)(づか)さんのことを、あんまり悪く思えないの。「もっと寄り添うことが出来なかったのか」とは言わないけれど。悲しくて悲しくて、とてもやり切れない。
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