第4章 神永未羅の場合 第93節 聖なる聖なる聖なるかな

文字数 3,235文字

いわゆる「されこうべの場所」、すなわちヘブライ語でゴルゴタという所へ向かわれた。
(新共同訳、ヨハネによる福音書、第十九章第十七節)

だれかがつまづくなら、わたしが心を燃やさないでいられるでしょうか。
(新共同訳、コリントの信徒への手紙二、第十一章第二十九節)

自分のために(けん)()()()を築くように
(新共同訳、テモテへの手紙一、第六章第十九節)

以上が、未羅(みら)が指さした「お題」だった。(さん)(だい)(ばなし)だったの。
これを手元の紙にメモした(しゅん)(かん)から、未羅(みら)はソワソワ、ソワソワし始めた。

未羅(みら)「ねえ、みんな。しばらく、ここに居てくれない? 私を一人にしないでくれない? 勝手ばっかり言って、申し訳ないんだけど。」

こうまで言われて、ノーと言う友達が()てたまるモンですか。
今の未羅(みら)は、すっぱだかの心で、ここに立ってる。それくらいのことが分からなければ、友達失格だよ。

未羅(みら)が横を向いたまま、口を開いた。いつもの横着な未羅(みら)、いつもの(ごう)(まん)未羅(みら)じゃない。自分の弱さを、正直にさらけ出してるんだ。
未羅(みら)「私、やっぱり、あっち側に行くべきだと思う。」

私はニーナのワキ腹を、ヒジで()っついて(さい)(そく)した。ニーナはハッとして口を開いた。
ニーナ「あっち側って、なんだい? いや、質問していいか?」
未羅(みら)が下を向いて、口を開いた。なんだか警察の取調室で「落ちた」容疑者みたいだ。
未羅(みら)「全部、正直に話すよ。でも、いつもみたいに理路整然とは話せないから、分かりにくかったらゴメン。」
今日は私、プロデューサー的立場だから、ここで(だま)ってなきゃならないのは、ツラいなあ。

ニーナ「いいから未羅(みら)。話したいように話して。私、未羅(みら)といっしょに居たいから、ここに居るだけだよ。答えが欲しくて、聞いてるワケじゃないよ。」
こりゃ私、黙ってた方がいいわ。

未羅(みら)「ありがとう、ニーナ。じゃあ、始めるね。出し()けだけど、東方ドラキュラの女王が交代したら、前の女王はどうなると思う? 戦死・病死・事故死とか、(しょ)(けい)とか暗殺とかは抜きにして。」
ニーナ「未羅(みら)のお母さんのことを言ってるんだろ? 先代女王が開いた第五王制を、未羅(みら)が太く、大きく育てたって聞いてるけど。」
未羅(みら)()め過ぎだよ。でも、ありがとう、ニーナ。余り引っ張らず、もう答えを言っちゃうね。引退した女王たちのための(いん)(きょ)(じょ)みたいな物があるの。一種の異次元空間に。」
ニーナ「みんな必ず、そこに行くルールなのかい?」
未羅(みら)「強制ってことは、ないよ。女王やめて、()(つう)(けっ)(こん)してもいいんだけど、それを選ぶ女王は、まず居ないね。ずっと王様暮らししてきた女が、今さらダンナのパンツ(せん)(たく)すると言うのもねぇ。」
おっ、いつもの未羅(みら)らしく成ってきたな。

ニーナ「お母さまも(ふく)めて、引退した女王たちは何をやってるの?」
未羅(みら)「一種の(おう)(しつ)()(もん)(かい)()みたいな物でね。立場上、臣下にはできないサポートを、隠居所の『おばちゃま』たちが、手取り足取り現役女王に教え()むの。ただの()(むすめ)でも女王が務まるのは、それが理由なのよ。」
ニーナ「これって、やっぱ(ごく)()()(こう)なの? 地下城のミイラみたいに。」
未羅(みら)「ちゃんと憲法に書いてあるよ。こういう基本的な事を(かく)し立てしたら、国が持たないよぉ。しょせんは『(うえ)の方の都合』なんだから、オープンにしときゃ、(だれ)も興味を持たないし。」
ニーナ「話は、だいたい分かったよ。じゃあ、一番聞きたいことをズバリ聞くけど、未羅(みら)は、これから、どうしたいんだい? 『(ゆう)(ゆう)()(てき)の生活を送りたい』なんて、(つゆ)ほども考えちゃいないだろ?」
未羅(みら)「ああ、そうだよ。あんな、お題を出されちゃ、そうするしか無いじゃないか。」
ニーナ「どうして()げようとしないんだ? ()(つう)、こういう時にゃ、逃げるだろ? 生きるか死ぬかの()()(ぎわ)に成ったら、必ず逃げる方にリクツが付くだろ。誤解しないでよ、未羅(みら)。アンタのためを思って言ってんだよ。」
未羅(みら)「ああ。ブーメランだなあ。覚えてる? 今、ニーナが言ったのと、ほぼほぼ同じことを口にして、私が()(ぜん)(かつ)(どう)()のユキに(から)んだのを。ニーナ、ここから先は自分でも良く分からないんだけど、私はこの道を行くしかないんだ。運命論とか、そんなんじゃないんだけどね。もしもゴルゴタを選ばなかったら、私は私じゃなくなっちゃう気がする。ただの思い込みかもしれないけど、誰かが私に命令してるような気がするんだ‥‥。いや、ヤッパリただの思い込みかな。」
こういう()(ぎゃく)とも自己批評とも取れないことをポイッと口にするのが、未羅(みら)の一番チャーミングな所なんだよな。
そう思ってるのは私一人かもしれないけど。

ニーナ「分かった、未羅(みら)。もう止めないよ。いや、私は止めない。他のみなさんは、どう思われますか?」
うーん。こういう強引な仕切りは、私にはできないなあ。

エリザベート様「陛下、お気持ちは良く分かりました。ドラキュラ末代まで伝える言葉としては、これで十分と考えます。」
未羅(みら)()()せ。ドラキュラの歴史意識の低さは、他ならぬ(ちん)一番良()う知っておる。コロンブスは『昔』、ナポレオンは『ちょっと昔』、アレキサンダー大王は『昔むかし』。その(てい)()の時間感覚しか、ドラキュラには無いのだからの‥‥。あら、ごめんなさい。エリザベート様のヨイショが()()いから、私、つい『陛下』に、もどっちゃったじゃない。」

私「忘れられないうちに、申し上げます、陛下。これからは、どうか『自分のために』堅固な基礎を築いてください。なんだかんだ言っても、未羅(みら)は自分のことを、一番、後回しにしてたと思うから言ってんだよ。」
未羅(みら)「ありがとう、武子(たけこ)。でも、アンタの言語感覚も、なかなか、どうしてだね。」

エリザベート様「マーキュリー! 隠れてばかり居ないで、おまえも何か言え。」
呼ばれて飛び出たマーキュリー。
マーキュリー「わが(あるじ)が仕えるお方に、何の申し上げようが、ございましょうか。無礼講とおっしゃられましたが、私は(しつ)()が性分ゆえ、お気に障りましたら、どうか、お(ゆる)しください。」
未羅(みら)「マーキュリーさん。あなたのライフ・スタイルに、とやかく言う積もりはありませんよ。言い忘れないうちに伝えておきます。私のワガママに付き合ってくれて、どうもありがとう。あなたが必死になってエリザベート様を支えたから、とにかく形が付いたんじゃないかしら。」
マーキュリーは下を向いたまま返事をしなかった。()げずに、この場にとどまったと言うことは、きっと何か感じる所があったんでしょう。

ニーナ「それで未羅(みら)、どうやって、その隠居所に行くんだい?」
未羅(みら)「もう、お(むか)えが来てるよ。ほら、上空から。」

見上げたら、空から(きょ)(だい)なUFOが降りてきた。いや、UFOみたいにデッカイ女だった。
黒いマントを羽織った、赤い服の大女。(りょう)(うで)でマントを広げて立つと、まるで防風林か(ぼう)(だん)バリアみたいだ。
ママはママでも優しいママじゃなく、自分の子を守るため戦うママ。
「ドラキュラの聖母」なんて聞いてたから、笑顔を絶やさない、優しさいっぱいの人なのかと思ってたけど、全然ちがった。
営業用スマイルなんてカケラもない。良くも悪くも表情が無いの。まるで仏像みたい。
「見ようによっては」の話だけど、悲しんでいるようにも、(つか)れているようにも見える。
この人は世の中のことを、余りにも余りにも高すぎる場所から(なが)めているのではないか? そんな気もした。
うん。話にゃ聞いてたけど、満月のように美しく、太陽のように(かがや)いてるけど、旗を(かが)げた軍勢のように(おそ)ろしい人だ。

私「未羅(みら)、あれって‥‥、」
()り向いた場所に、未羅(みら)は、もう、いなかった。オムツすら付けてないハダカの赤ん(ぼう)が、空中にフワフワと()いてた。

母親が手招きしたら、赤ん坊は母の体の中に、ひょいと吸い込まれてしまった。いや、「吸い込まれた」は不正確な表現で、母親の胸にガラス張りの「コクピット」があって、そこに赤ん坊が「(とう)(じょう)」してるの。まるで合体ロボみたいに。

そのまま、ゆっくりと母子は(しょう)(てん)して行った。(ほお)ずりの一つくらい、してあげりゃ良いのに。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み