第4章 神永未羅の場合 第13節 天空のガーデナー

文字数 2,291文字

しばらく行くと、(おどろ)いた!
(たん)(ねん)に手入れされたフラワー・ガーデンがあった。
アオキ、キンモクセイ、シャガ、シュウカイドウ、ヤブラン、ナリヒラヒイラギナンテン、ハイノキ。この(きり)に閉ざされた、日照時間の少ない山でも、良く育つ品種がセレクトされてる。(注;ラテン語表記を()えた表示板が植生に添えられていたので、武子(たけこ)はすぐ品種名が分かったのである。)

ヤブコウジの木の向こうから、ガーデニング・エプロン姿の女の人が現れた。
(かみ)は雪のように白かったけど、ニコニコ顔の下に、意志の強さと気力の(じゅう)(じつ)が感じられる。
あの良く整えられた(ぎん)(ぱつ)は、かなりの手間ヒマかけない限り、ああまで()()出来るもんじゃないよ。

未羅(みら)「おばさん、こんにちは。」
未羅(みら)が明るい声で言った。聞けば(だれ)でも好感を持つような、カワイイ系女子の声だった。
これも驚きだった。この()(わい)げの無い女が、人前で心のヨロイを()ぐこともあるなんて。未羅(みら)は問われる前に、こう言った。
未羅(みら)「みんな、(しょう)(かい)するわ。東方ドラキュラ初のPh.D((てつ)(がく)(はか)()男爵夫人(バロネス)アレクサンドリーナ・ドラクレア様よ。」
私「あなたの、おばさんなの?」
未羅(みら)「うーん。ドラキュラは家系が入り組んでるし、年功序列と言っても『自分より年上』、『自分より年下』くらいの区別しか無いから、『とりあえずの』おばさんなんだけどね。」
男爵夫人(バロネス)ドラクレア様が、ニコニコしながら口を開いた。
男爵夫人(バロネス)「あら、未羅(みら)ちゃん。この人たち、半ドラキュラじゃないの?」
未羅(みら)「ううん。私の大事なお友達だよ。」
()(たび)、驚いた。私、未羅(みら)のお友達だったのか。
男爵夫人(バロネス)「そう。こんな湿(しめっ)っぽい山の中まで、大変だったでしょう。」
男爵夫人(バロネス)の優しい流し目が、私の所で(しゅん)(かん)(てい)()したのを、もちろん私は()(のが)さなかった。こういう時は、機先を制するに限る。
私「男爵夫人(バロネス)アレクサンドリーナ・ドラクレア閣下、(ゆう)(たい)()()(はふり)武子(たけこ)と申します。」
そう言っておいて、ヒザをついて頭を下げた。
ちゃんとしたマナーは知らないけど、やれることは、やっといた方が絶対いいから。
男爵夫人(バロネス)の目が、ちょっと笑った。とりあえずストライクか。
男爵夫人(バロネス)「これは、ごていねいに。私のことはドリナでいいわよ。これでも未羅(みら)のおばちゃんなんだから。」
ドリナはアレクサンドリーナの(あい)(しょう)だ。
男爵夫人(バロネス)「みなさん、ドラクル()(しゃく)が、ずいぶんと失礼なお()(むか)えをしちゃったみたいね。こんなことに、なりやしないかと、私、ハラハラしてたんだけど。本当に、ごめんなさいね。」
ああ、やっと貴族らしい高貴な心の持ち主に出会うことが出来た。
男爵夫人(バロネス)「まあ、(うち)の中にお入りなさい。今夜はお()()に入って、ゆっくり休みなさいよ。服は(かん)(そう)()(かわ)かしておいてあげるわ。」
相手の心を、とろかしてしまいそうな優しさだった。これがブルー・ブラッド(高貴なお血筋)と言うものか。

男爵夫人(バロネス)ドリナ様のお家は、それほど大きくはなかったけど、快適で小ざっぱりしてた。
お風呂から上がったら、バウハウスのダイニング・テーブルにプレート料理が並べられてた。ドラキュラ映画のイメージと全然ちがう。モダンでシックでアカ()けてる。男爵夫人(バロネス)はキルティングのエプロン姿のまま、ニコニコして座ってる。色合わせがうまいから、おばあちゃんぽく見えない。
男爵夫人(バロネス)「もう使用人を置く時代でもないから、私の手料理なんだけど、お口に合いますやら。」
お口に合いました。このまま私たち、男爵夫人(バロネス)()()けされちゃうのかしら。美味(おい)しい物には(てい)(こう)出来ない自分が(こわ)い。
ワインまで出た。みんなワルノリして、ボトルを、どんどん空けた。
男爵夫人(バロネス)がまた、イヤな顔一つしないんだ。この人の()く力、すごーいと思った。私も()()で、人の話を聴くのが仕事だから、ちょっぴり()けた。
()いつぶれた後、二階の(しん)(しつ)に案内された。未羅(みら)(しか)られたのを、ボンヤリ覚えてる。

アルコールのせいで、深夜に目が覚めた。
ニーナ、ザ・クラッシュ、(はなぶさ)(かおる)が、(となり)()(いき)を立ててる。私は、あわてて三人の首筋を確認したけど、血を吸った(こん)(せき)なんて、どこにも、なかった。疑った自分がゲスに思えて情けなかった。

ただ、私、自分でもワケ分からないんだけど、三人を()さぶって、(たた)き起こしたの。
当然、イヤな顔された。私の口から、こういう言葉が出た。
「さあ、みんな。そこら辺のもの()()って、いっしょに来なよ。遊びに来たんじゃないってことは、分かってるよね。」
こういう時の私の言葉ぢからは強い。みんな、文句も言わず、私につき従った。これじゃ、私がゴシック・ホラー小説の使い()みたいだ。

階下のリビングには、ルネッサンス様式のテーブルがドンと置いてあり、その上座に男爵夫人(バロネス)ドリナ様が、下座に未羅(みら)が、ロウソクの(ほのお)を間に置いて対座してた。いや、ガンを飛ばし合ってた。
なんか、話しかけちゃいけない空気が出てたけど、男爵夫人(バロネス)は私たちに(おだや)やかな顔を向けて、こう言った。
「あら、みんな起きちゃったの?あんなに飲んじゃ、もう()()()は出来ないでしょう。()いコーヒーでも飲まない?()いざましになるわよ。」

テーブルを囲んで、一同、コーヒーをすすった。中国風に絵付けされたマイセンのカップだった。
一歩一歩、私たちはゴシックな世界に(いざな)われて行く。(でい)(すい)した人間を(おそ)って血を吸うなんて、下品なことをする必要はなかったんだ。
コーヒー・カップがカラになったのを見計らって、未羅(みら)が口を開いた。
「みんな、パーティーはここまでよ。」
男爵夫人(バロネス)未羅(みら)にたたみかけるように言った。
「そんな言い方は、およしなさいな。ケンカじゃないんだから。何度も言ってるように、私はあなたたちのお話を、じっくり聞きたいだけなのよ。」
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