第4章 神永未羅の場合 第26節 ドラキュラにしておくには惜しい人

文字数 1,847文字

道は急な下り(こう)(ばい)になった。
ものすごく湿(しつ)()が高く、荷物の中で金属が()(しゅつ)してる部分は、すべて(けつ)()した。
岩も地面も緑のコケだらけで、茶色い()(はだ)なんて、どこにも見えない。
道もツルツルすべって危険(きわ)まりない。

未羅(みら)が、私たち全員に聞こえるように言った。
「両手のストックを第二の足だと思って、一回一回、足場を固めながら、ゆっくりゆっくり進むのよ。一歩一歩が独立した登山なんだと思ってね。」

ようやく谷底についた。
(きり)が立ち()めて、ミスト・サウナの中にいるみたい。
(こし)をおろす場所も無いので、ストックによりかかって、立ったまま(きゅう)(けい)した。

息をハーハーさせながら、未羅(みら)が言った。
未羅(みら)「次の相手もメンド(くさ)いよ。」
私「今度は、どんな()(じん)(へん)(じん)(たい)(かい)が始まるの?」
未羅(みら)「逆よ。ごリッパすぎて、もったいない人。あの女とは、やり合いたくないな。どんな(から)み方しても、こっちがワルモノみたいに、なっちゃうもの。」

そんなこと言ってる内に、霧の中から、小さなプレハブ小屋が現れた。
草はぼうぼう。小屋の(かべ)と屋根にはツタが絡まって、居住性ギリギリと言う感じだった。

未羅(みら)(おそ)れる様子もなく近づいて行き、アルミサッシのドアの向こうから声をかけた。
未羅(みら)「ユキ、いる?」
「はぁ~い。今、行くわ。」
と言うが早いか、アルミサッシがガタゴトと音を立てて開き、ニコニコ顔の若い女が出て来た。

元気いっぱい、(あい)(そう)もいい。()(しょう)っ気は無いけど、体つきはスラッとしている。なかなかの美人だ。着てる物はシンプルなTシャツとGパンだけど、感じのいい女だった。未羅(みら)が来世で「いい人」に生まれ変わったら、こんな感じになるかも。

ユキ「お久しぶり。まあ、上がってよ。なんにも無いけど。」
小屋の中は、紙ものやら、本やら、雑誌やらで、足の()み場もなかった。
壁には大きなポスターが()ってあった。赤茶けた大地の上の、バラックとテントを背景に、原色の服を着た子どもたちが、空に向かって両手を広げ、こっちに向かって笑いかけていた。
本や雑誌の内容には(いっ)(かん)(せい)があった。
積み上げられた紙ものは、チラシやパンフレットだった。
未羅(みら)が「ごリッパすぎて、メンド(くさ)い」と言った意味は、すぐ分かった。

私、未羅(みら)、ニーナ、ザ・クラッシュは、どうにかこうにか、場所を見つけて、(ゆか)(こし)をおろした。
ユキ「なんにも無いけど、お水でもどうぞ。」
フォーク・ソング女か。どこまで()さってるんだろう。アメリカ南部の話とか語りだしたら、メンド(くさ)いな。

未羅(みら)「相変わらず、女の部屋とは思えないね。」
未羅(みら)、いくら何でも失礼だよ。
ユキ「散らかってゴメン。この小屋は物置き代わりで、ほとんど顔を出してないんだ。」
ユキはアッサリ流した。いや、気にもならないみたいだ。
未羅(みら)「それにしても、()(ぜん)(かつ)(どう)()のアンタまで()り出すなんて、ドラキュラ本家も、どうかしてるね。」
ユキ「そう思うでしょ?私も山のテッペンまで呼び出されたと思ったら、『ヤツらを通すな』よ。バカバカしいとは思ったけど、今さら口答えする気にもなれないから、『はいはい』って返事しといた。」
未羅(みら)「言いたいことがハッキリ言える、その性格、うらやましいね。私は、気がついたら、こうなってた。」
気がついてるなら、何とかしろよ、その性格。その人間性。

ユキ「駆け引きする時間が、もったいないから、ハッキリ言うわ、未羅(みら)。私、あなたとケンカなんて、まっぴらよ。どうぞ、今すぐでも、ここを通ってちょうだい。」

さすがの未羅(みら)も、(どく)()()かれた。
未羅(みら)「私が言うのもナンだけど、それで良いの?ユキ。東方ドラキュラ存亡の危機だよ。もちろん、アンタも(ふく)めてだよ。」

ユキは、すぐ返した。
ユキ「そうやって、みんな、自分のことしか心配しないのよね。ドラキュラに寿(じゅ)(みょう)は無い。老化も無いのに、それでも死ぬのはイヤだと。」
未羅(みら)「アンタ、死ぬのが(こわ)くないの?」
ユキ「どうして、そんなこと聞くの?ここを通っていいって、言ってるのに。」
未羅(みら)「後学のために教えてよ。私も、そこまで(さと)っちゃいないもの。」
ユキ「私もね、悟っちゃあいないよ。でもまあ、一度は死んだ身だからね。(だれ)だって『死にたくない』が(ほん)()なのは当然だけど、そこで(あし)()みしちゃうと、先に進めなくなるよ。」

ここまで言われちゃ、私たちの耳もダンボだ。私、ニーナ、ザ・クラッシュの、ギャラリー組全員が、ユキに熱いまなざしを注いだ。無言のメッセージを送った。「ねえ、お話、聞かせてちょうだい!」

さすがのユキも、片手で顔を(おお)った。
ユキ「分かった。分かったから、そんな目で見るのは、やめてよ。」
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