第3章 少年Mの場合 第13節 真昼の決闘

文字数 3,357文字

(いな)()(しゃ)殿(でん)で、M子はピンク色の(ほお)をして、こんこんと(ねむ)ってた。私は、そのままにしておくことにした。
仮の肉体は、しょせんはゾンビ。しょせんはキョンシー。リアルの体より、パワーの点で大きく()(おと)りするけど、私には新アイテム、玉と(つるぎ)がある。これで何とかすることにした。バイバイ、M子。

私はM子を誤解してた。「世の中を()めてる、ただの()()っ子」としか思ってなかったけど、M子はM子なりに戦ってたのだ。
最初に出会った時、M子が問答無用で私を(ざん)(さつ)したのは、()()のためだった。あのカミソリは()()()の代わり。私が発した気配を「ザコ(よう)(かい)」と判断して始末した。つまり、自分の仕事をしたまでのことだったの。

私は()(わた)り1メートルのカミソリをかつぎ、玉を入れたキンチャクを首にブラ下げて、()()(しょう)(ぞく)のまま、きさらぎ市の(はん)()(がい)を歩いて行った。
もう正体を(かく)す積もりはなかった。
私の名前が、きさらぎ市民の間で、コソコソささやかれてることも知ってた。
(しん)(らい)はされてない。むしろ、(あや)しまれてる。でも、それくらいの方が、かえって動きやすいわ。意味もなく仲間をふやすのは、トラブルのもとになるからよ。
「大地の王」をお(しず)めするチャンスは、これ一度切りだ。失敗すれば、二度目からはバケモノ(あつか)いされて、石が飛んでくる。20年前の、(うし)(おに)の時みたいに。

すでに、きさらぎ市民は、二つの反対方向に分かれて、必死になっていた。
一方は、海からなるべく遠い所に()げようとしてた。
もう一方は、その海に向かって(しっ)(そう)していた。
まるで(とく)(さつ)(えい)()のパニック・シーンみたい。(かい)(じゅう)と自衛隊はいないけどね。私は、ゆっくり急いで、(はま)()へと向かった。

さっきM子が言ってた通り、浜辺は大変なことになってた。
海岸線・数キロに(わた)って、ヘドロが盛り上がり、(ぼう)()(てい)()えようとしてる。
油圧エレベーターみたいにジリジリと、ヘドロが、せり上がってくる。

浜辺でゴッタ返す人ごみに巻き()まれて、私の足は止まったけど、運良く、目の前にコンクリートの台座があった。防波堤灯台の(あと)だと思う。私は目の前にいた男の人に命令した。
「我を、あそこに上げよ。」
私は台座の上に立ったが、(だれ)も私の方なんか見てない。
私はカミソリを上から下に、力を込めて()りおろした。風を切り()く積もりで。
(さわ)がしい。静まれ!」
水を打ったように静かになった。なるほど、このカミソリ、良いことにも使えるのね。
「あのヘドロは、もうすぐすべてを飲み込む。(ここで一呼吸、置く)『大地の王』は知っておろうな?『大地の王』が、なぜ(あら)ぶるのかも知っておろうな?あのヘドロは、いわば『わだつみの王』じゃ。(ここら辺から、少しずつ声を上げて行く)海を(けが)した毒が、(おこ)って荒ぶっておるのじゃ。(なんじ)ら自身が因となった(あく)(えん)は、(なんじ)ら自身が、その報いに(こた)えなければならぬ。因果応報じゃ。きさらぎは、海と山から、はさみ打ちじゃあ!」

クロ武子(たけこ)でぇ~す。これから、(いの)り屋の手の内を説明します。最初は、どやしつけて、相手の判断能力を一時停止させま~す。
シロ武子(たけこ)「ここにいる者らは、みな、誰かを守るために来ているのであろう。危険は承知で、この浜辺へ参ったのであろう。ならば、(われ)に力を貸せ。我を信じよ。我も(なんじ)らを信じる。我が汝らを(しん)(らい)するのは、汝らが(じゅん)(すい)な心の持ち主だからである。」

クロ武子(たけこ)です。次はヨイショして、相手のプライドをくすぐります。
シロ武子(たけこ)「きさらぎには(かべ)がある。重い、見えない壁がある。人が人を分け(へだ)てする心は、そう簡単に、なくなりはせぬ。どちらが正しいのか。どちらが善良なのか。今は、どうでも良い。考えることを、やめよ。感じるんだ、おのれの良心と勇気を。今、(となり)にいる者を、守ることだけ思え。壁の両側に別れた()(じん)どもよ、(えつ)(じん)どもよ、今だけは休戦せよ。汝らは今、同じ船で(しず)みかけておるのじゃあ。」

クロ武子(たけこ)です。こんなの、キレイごとの建て前論だと思うけど、こっちからの(よう)(きゅう)()(こう)は、最初に、分かりやすく宣言しとかなきゃダメなの。ここをナアナアにして流すと、後で方針がブレて、仲間割れが起きるのよ。もちろん本当は、もっとスマートな言い方したかったんだけど、(えん)(りょ)しいしい、物を言ってる()(ゆう)はなかったもん。

シロ武子(たけこ)「さあ、ともに祈れ。この浜には、神仏を信じる者も、信じない者もおろう。祈る心が一つなら、言葉は何でも良い。(じゅ)(もん)は『わだつみの いろこのみや』じゃあ。これなら問題ないじゃろう。()り返し、となえよ。大声で、となえよ。(たお)れるまで、となえよ。さあ!」
クロ武子(たけこ)です。「出典は古事記」と、後で言っときゃ、コンプライアンス(宗教的中立)はギリ、セーフかな。

お遊びはここまで。
群衆の祈りは、確かに力になった。
『海を守る玉』は、くわぁと過熱した。もう素手では(さわ)れなくなったので、キンチャクごと、空中に放り投げた。キンチャクは、ぼぉっと(えん)(じょう)し、その中から、真っ赤に(かがや)く玉が現れた。群衆から声があがった。
私「目の前で起きることに、心を(うば)われるな。我が良いと言うまで、ひたすら祈れ!」

武子(たけこ)です。もうシロもクロもありません。
『海を守る玉』は私たちの頭上に、ドローンみたいに、とどまってた。玉から発する(ふく)(しゃ)(ねつ)で、ヘドロは熱を帯び始めた。あちこちで、ぷすぷすと、くすぶり始めた。私はカミソリを()りおろして風を送った。散発的に、ヘドロがチロチロと(ほのお)を見せた。ヘドロに重油が混ざってるからだと思う。
ヘドロは、ぼーぼー燃えたりしない。表面だけ熱で(こう)()させれば十分と、私は(もく)()んでた。(ぼう)()(てい)の上にヘドロの(かべ)を築く。固まったヘドロで、せり上がるヘドロを食い止める。
本格的なヘドロ処理は後で考えるとして、応急処置はこれで行こうと決めていた。

ヘドロの山の向こうから、ピチピチ、パシャパシャと、水を打つような、激しい音が聞こえて来た。
シマッタ!魚群がヘドロに吸い寄せられた。あの玉、こういう力もあるんだ。(とり)(あつかい)(せつ)(めい)(しょ)くらい、つけといてよ。

さらに山の方から、どしん・どしんと、イヤな(しん)(どう)(おん)が聞こえて来た。
ああ、「大地の王」が、こっちに向かってくる。しかも、一柱や二柱じゃない。二十柱を()える「大地の王」たちが、二列縦隊で(しん)(げき)してくる。本当に、はさみ打ちになっちゃった!
(みょう)なこと、口にするもんじゃないわね。

私「動じるな、動じるな。汝らは『わだつみの いろこのみや』と、おとなえせよ!『大地の王』は、我が(むか)え討つ。討ちてしやまん!」
とは言ってみたものの、もうオシマイよ。
今、私がやるべきことは、ただ一つ。平気なフリして、勝算があるようなフリして、ここに立ってること。クロ武子(たけこ)だろうがシロ武子(たけこ)だろうが、大将がオロオロしちゃったら、兵隊はみな殺しになるしかない。一人でも二人でもいい。あの(ゆう)(かん)な人たちを、ここから(せい)(かん)させるのが、私の最後の仕事よ。

そうやって、平気なフリして見てたら、不思議なことが起こった。列の先頭の「大地の王」が、左右に別れた。浜辺の群衆を()けるように、ぐるっと横に回り()んだ。そして、どぼどぼと、海中に姿を消して行った。群衆全員、ボーゼンとした。

私「再び告げる!目の前で起きることに、心を(うば)われるな。我が良いと言うまで、ひたすら祈れ!」
かく言う私は、海中で起こりつつあることを、ボーゼンと見てた。1時間後には、ヘドロの山の向こう側に、海中にビッシリと根を張った、マングローブの樹海があった。防波堤と樹海とで(かわいそうな魚群ごと)ヘドロをぐるりと(ふう)()めていた。

私は、いや、私たちは、勝ったんだ。

(いな)()(しゃ)の鳥居をくぐった直後、私は「海を守る玉」と「()を破る(やいば)()(わた)り1メートルのカミソリ」を(ぼっ)(しゅう)された。()()()(てん)様は私に向かい、「(しょう)(じん)、罪は無けれども、無用の(かん)()(いだ)いて罪あり(大意)使いこなせない武器は、オマエの身を(ほろ)ぼすだけだ」と言い(わた)された。
私は確かに(しょう)(じん)(取るに足りない人間)に(そう)()ない。ガラにもない大役から解放されて、体じゅうから力が()けた。

それから数日、私はメンタル落ちして、稲荷の社殿でゴロゴロしてた。
あの時は、思わず「勝った」と口走ったけど、私は、なんに対して勝ったの?
この結果で良かったの?
いや、そもそも私は何がやりたかったの?

それを考えると、やり切れなかった。社殿から、M子の姿は消えてた。秋の雨が冷たかった。
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