第3章 少年Mの場合 第11節 自然の恵み

文字数 1,838文字

翌朝、(もも)(かん)(づめ)を持って、Iさん宅に、お()びに行った。つけ置き洗いして、アイロンを当てたセーラー服を着て。
Iさんとは「大地の王」の前で、私が取り()いた「外の人」のことよ。

私、これまでも、相手と合意の上で(ひょう)()したことはある。でも、あんな()(ばく)(れい)みたいなマネをしたのは初めてなの。そんな自分を、私はゆるせなかった、巫女のプライドにかけて。

教えられた番地にあったのは()(とう)(しょ)だった!
Iさんも巫女、それも(せん)(ぱい)(かく)の巫女さんだったんだ!
()げ出したいのをガマンして、来意を告げた。
ドアが開き、Iさんはニコニコしながら、「あら、いらっしゃい」と言われた。

通されたのは洋間だったけど、私は(じゅう)(たん)に土下座してお()びした。
私「昨日は先輩に対し、とても失礼なことを(いた)しました。どうか、おゆるし下さい。」
Iさんは私の前にヒザを()き、私の手を取って、こう言った。
Iさん「謝るには(およ)ばないわよ。私はあそこで、あなたが来るのを待ってたんだから。」
私は「はぁ?」と目で答えた。
Iさん「あなた、もう半年以上も、きさらぎに居座ってるじゃない。お寺や神社、祈()(とう)(しょ)(かい)(わい)では、あなたは『時の人』なのよ。」
うーん。まあ、()(かく)れする積もりも、なかったしぃ。
私「ヨソ者の無礼きわまる()()い、穴があったら入りたい思いです。」
Iさん「そのヨソ者と言う言葉は、おやめなさい。きさらぎは、会社と社宅が並んでるだけの、なんにも無い田舎に見えるかもしれないけど、歴史の(こん)(せき)は、そこかしこにある。人の手で造り上げられた風景も、季節ごとに移ろう自然もある。ここにしか無いローカルなライフ・スタイルだって、探せば、いくらでもある。住んでる人だって、絶えることなく、ずっと入れ()わっているのよ。」

お茶とお()()をごちそうになりながら、Iさんのお話をうかがった。Iさんは地方史研究家でもあった。
きさらぎは県境に面した町だ。このため、この地をめぐる武士の争いは絶えず、きさらぎの殿(との)(さま)は何度も変わった。そもそも()(ふく)(けん)自体が、時代によって()び縮みしている。今の形に落ち着いたのは、()()()(だい)()(こう)のことなのだそうだ。
Iさん「武子(たけこ)ちゃん、きさらぎでは金が取れたって、知ってる?」
知らなかった。(きん)(さい)(くつ)のピークは戦国時代だけど、昭和の初め(ごろ)まで細々と()っていたと言う。最初に金山を開いた鉱山技術者は、()()(のくに)(今の山梨県)からきた。
Iさん「その子孫の方たちが住んでいるのが、()(がね)(ざわ)って言うの。知ってるでしょう?」
(おどろ)いた!あの人たち、開発者の子孫だったの!
Iさん「あなた、(かい)(はつ)(こう)()を、悪いことみたいに思ってるでしょう?畑でジャガイモ作るのだって、自然からの(さく)(しゅ)なのよ。目障りな草は()いて、目障りな虫も殺して、食べられない所は捨てて、美味(おい)しいトコだけ、人間が、いただいちゃうんだから。」
私「でも、『大地の王』は、カンカンになって(おこ)っています。ジャガイモ畑は怒ったりしません。」
Iさん「あら、畑が怒ることはあるわよ。スタインベックの『(いか)りのぶどう』って言うアメリカの小説、読んだことあるかしら?()(じょう)(さく)()けされたトウモロコシ畑が怒って、(すな)(あらし)で農民に(ふく)(しゅう)する話よ。日本みたいに雨がザーザー降る国では、ピンとこないけれどね。」
私「『大地の王』は、何を望んでいるのですか?原状回復ですか?もしもの話ですが、きさらぎ市全体を立ち入り禁止のご神域にすれば、『大地の王』はお(しず)まり下さるのでしょうか?」
Iさん「形の問題じゃないの。お金をかけて、お寺や神社をいっぱい作って、お(いの)りすれば済むと言うことじゃない。問題は人の心なのよ。」
私「差別のことですか?」
Iさん「それも私たちが作ってしまった毒の一つね。」
私「どうすれば、いいんですか、先輩。教えて下さい。」
Iさん「それが分かっていれば、私がとっくに、やってるわよ。ただ今回は、私とあなたがコラボしたことで、これまでは起こらなかったようなことが起きた。実は私、ちょっと興奮してるのよ。」
その先は自分で考えろと言うことか。いいでしょう。「困った時の(かみ)(だの)み」は、私が一番キライな言葉だから。(いや、そうやって人を()き放しちゃうから、私はダメな巫女なのよね。)
Iさん「武子(たけこ)ちゃん、困った時に、人に『助けて』と言うのは、決して()ずかしいことじゃないのよ。」
ありゃ、読まれてたか。やっぱ、格がちがうなあ、格が。

別れ際、Iさんに、こう言われた。
Iさん「武子(たけこ)ちゃん、故郷の歴史を学びなさい。いずれ、そこに帰る積もりが、あるならね。」
墓場すら無い私に、故郷?
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