第4章 神永未羅の場合 第74節 監視カメラ付きピラミッド

文字数 5,128文字

ルスヴン「さあ、ハイキングに行きましょう。ちょっとキツい道になりますが、ちゃんと、ついて来てくださいね。」
ああ、やっと、いつもの、(たよ)りがいのあるルスヴンに、もどってくれた。

本殿の裏手の坂をすべるように下ったら、広いジャリ()きの(ちゅう)(しゃ)(じょう)があった。いや、半分は資材置き場になってた。

ルスヴン「そう。これこれ。これが必ずあるはずなんです。」
ルスヴンが指さしたのはクレーン車だった。
迷うことなく、ルスヴンはクレーン車の運転席のドアを開けた。()(じょう)されてなかったんだ。
そして、エンジンが始動した。キーも差しっぱなしだったの?
まあ、建設資材・機材ドロボウも、こんな山の中までは来ないと思うけどぉ。

私とニーナはクレーン車の助手席に乗り()んだ。
私「ねえ、どこへ行くの? ここに来たこと、あるの?」
ルスヴン「いえ。今日が初めてです。ただ、山の地形って、慣れると、ある(てい)()は読めるんですよ、地図一枚あれば。地元民の特権みたいな物ですけどね。」

前方に、谷に面した(がけ)が見えて来た。
ルスヴンは(ぜっ)(ぺき)ギリギリの所でクレーン車を停めた。

ルスヴン「またも私の予想通りだ。あれを見て下さいよ。」
ルスヴンが指さしたのは、フタの無い鉄の箱みたいな物体だった。
()めれば、大人が十人くらいは入りそうな。
ルスヴン「あれはゴンドラです。あのゴンドラを、このクレーンで上げ下げするんです。ここまで言えば、お分かりと思いますが、ゲートは、この絶壁の下のどこかに()り込まれているんですよ。」
(かい)(じん)()(じゅう)(めん)(そう)か、アルセーヌ・ルパンみたいに、手の込んだことをするんだね、(かん)(はっ)(しゅう)(やま)()(ぐみ)って。

ルスヴン「さぁて、あのゴンドラをぶら下げなきゃなりませんが、(だれ)かクレーンと(たま)()けの資格、持ってませんか?」
ニーナ「私が持ってるよっ!」
こういう所が「ニーナの(なぞ)」なんだよなあ。
キホン、お(じょう)さん育ちなんだけど。

私は(ゆう)(たい)になって空を飛び、絶壁の()(ちゅう)にあるゲートの位置を確認した。
ゲートは(ほら)(あな)みたいに()(そう)されてた。
武子(たけこ)テレパシー」でニーナに指示を送り、ルスヴンが乗ったゴンドラを、ゲート前まで()り下げた。

つまり、ゲート内探検は私とルスヴンの二人で行い、ニーナはクレーンの横でお留守番。

ゲートの中を少し行くと、大きな鉄の(とびら)があった。
ドアノブを回すと、またも施錠されてない。

私「ねえ、ここに来るまでが、なんか順調すぎるよ。これ、(わな)じゃない?」
ルスヴン「私たちを消す積もりなら、とっくに(いっ)(ぷく)、盛ってたはずです。あの『金山タメゴロー君を囲む会』で。」
タメゴローって言うのか、あのヨッパライ神官。

扉の内側は、(せい)()(せい)(とん)された事務所みたいだった。
ルスヴンは、ずんずん先へ進んで行く。私が後を追う。
前方から(けい)(こう)(とう)の明かりが、もれて来た。
近づくと、コントロール・パネルだらけの管理室だった。
部屋のドアは開けっぱなしだった。中から声が聞こえて来た。
「ルスヴン(さい)()(ちょう)、そろそろ、おいでになる(ころ)だと思っておりました。」

ルスヴンと私は、早足で部屋に入った。なぜか、ここは急ぎたい気分だったの。
コントロール・パネルを背にして、机の向こうから、カップクのいい男が立ち上がった。
スポーツ()りに、ゴマ塩のヒゲ。
全体的にラガーメンみたいな体つきしてるのに、日に焼けてないのは地下に、こもり切りだからかな?
服は上下ともベージュの作業服だったけど、(くつ)とネクタイに、こだわりが感じられた。
決して()()じゃない。(めい)(がら)にも、あんまりこだわらないカンジだけど、この人に良く合ってる。品格がある。
本読むばっかりが教養じゃないんだなあ。

ルスヴン「大和社長、あなたでしたか。」
大和「もう社長じゃありません。会社は息子に(ゆず)りました。今は(いん)(きょ)みたいなものですよ。」
大和さんは、意志は強そうだが、笑顔を絶やさない人だ。
あの笑顔の下に、どれだけの人生経験が積み重なっているんだろう。

ルスヴン「では、私が何のために来たかも、おそらくご存じですね?」
大和「はい。女王陛下からお電話をちょうだいしましたので。祭司長も大変ですね。(しつ)()、門番、()(じゅう)(ちょう)と、一人で(なん)(やく)、務めていらっしゃるのですか? いや、体よりも、心が悲鳴を上げているのではありませんか?」
ルスヴン「大和さんには(かな)わないなあ。()(ぞう)っ子だった私を、良くぞ、ここまで(きた)え上げて下さいました。」
ルスヴン、何だか()い上がってる。
この人に、こういう顔もあったのか。

大和「買いかぶりですよ。あなたには若い頃から(おお)(もの)(そう)があった。そして今、この地下城の()()()いに来られた。そうなんでしょ?」
ルスヴン「未だクローズすると決めたワケじゃありません。正直、どうしたら良いか分からないんです。ただ、今の東方ドラキュラに、この地下城を支える力が無いのは明白なんです。」
大和「話は変わりますが、そこのお嬢さんは、どなたなんです?」
大和さんは、ひょいと話題を変えた。
この人なりの()(づか)いなんでしょう。ルスヴンがクラい顔になりそうだったから。

ルスヴン「この方は、女王陛下のご学友です。お察しの通り、タダモノじゃありませんが。」
私「()()(はふり)武子(たけこ)と申します。ただ今、ご(しょう)(かい)に預かりました通り、実は、この世のものではございません。不思議なご(えん)をちょうだいしまして、ここまでやって参りました。今は、東方ドラキュラのため(しん)(みょう)(ささ)げたいと思っております。」
うん。自己アピール、良く出来ました。

大和「なかなか(きも)()わった方とお見受けしました。今後とも、どうかよろしくお願いします。」
私「立ち入ったことをお(うかが)いしますが、あなた様は、ドラキュラではないのですか?」
大和「いいえ。ただの人間です。ドラキュラの墓守りはドラキュラであってはならないのです。だって、最後のドラキュラを(ほうむ)るドラキュラって、一体どんなドラキュラなんですか?」
なるほど。

私「誰だって、一生に最低一度は、人さまに(めい)(わく)をかけないと、旅立つことが出来ない。その送り人を、関八州大和組が買って出たと言うことですね。東方ドラキュラとの、お付き合いは長いのですか?」
ルスヴンが、あわてて割って入った。
ルスヴン「武子(たけこ)さん。知らないのは無理も無いけど、関八州大和組の(はっ)(しょう)は、(げん)()(てん)(しょう)の頃、()()()(やま)(との)(かみ)(さだ)(つぐ)()()(たけ)()()()(かん)した時にさかのぼると言われているんですよ。ここから先は、大和さんからお願いします。」
大和「まあ、私のところは(ぶん)()(すじ)だから、元亀・天正はともかくとして、井戸でも、鉱山でも、農業用水でも、(しろ)()めの地下道でも、(あな)()りなら何でもござれの、何でも屋として生きて来ただけですよ。」
ルスヴン「ご(けん)(そん)を。我々東方ドラキュラは、関八州大和組さんに助けられてばかりでした。特に(しょう)()(きょう)(こう)の際は、この地下城の工事量が、いきなり三分の一以下に激減して、さぞやご迷惑をおかけしたのではないかと。今さらながらですが、誠に申し訳なく存じております。」

大和さんの目が(いっ)(しゅん)、ギラリと光った。
やっぱり、こういう(すご)みも秘めてる人だったのね。
でも、すぐ、元の「笑顔の人」に巻きもどした。
大和「そんなことまで、良くご存じで。ははぁ、メモ()のダカナヴァル様が、何か書き物を残しましたな。あの()()みたいに固い口から、(ごく)()()(こう)が、もれるはずが、ありませんから。しかし、『助けてもらってばかり』は、こちらのセリフですぞ。新しい祭司長の前だから申し上げますが、歴代の祭司長の仕事は、我々、関八州大和組を守ることだったんです。東方ドラキュラなりの、やり方で、我々の口が()()がらないよう、(ふん)(とう)()(りょく)して下さいました。この地下城の存在自体が表に出せないので、歴代の祭司長は、お城の中で、ずいぶんと(かた)()(せま)い思いをされたとも、風の(うわさ)で聞きました。」

ああ、そうか。
「祭司長がフリーパスで使える交際費」って、関八州大和組の仕事を取って来るための工作費だったのね。

今度はルスヴンの目がギラリと光った。
「やり()タイプの(しつ)()」の顔してる。
ルスヴン「聞きにくいことを()えてお(たず)ねしますが、私の前任祭司長の死について、何かご存じのことはありますか?」
やっぱり、敬語表現を一部解除してる。

大和さんにも、こわばった顔付きが伝染した。
大和「確かなことは何も存じ上げません。ここから先は、私の(こん)(きょ)なき(もう)(そう)になりますが、あの方は、ちと秘密を知り過ぎておられた。本人も秘密(ろう)(えい)のリスクを気にし過ぎているようにお見受けしました。もしやとは思いますが、先手を打って心の中の秘密を(ふう)(いん)するため、生き急がれたのではないでしょうか。そう考えただけでも、居ても立ってもいられなくなるような話ですが。」
そう言って、大和さんは(ちん)(もく)した。
ルスヴンも沈黙した。
私も。

だって、これ、「前任の祭司長は、自分の口を(ふう)じて、組織の秘密を守るため、自害して果てました」って話でしょ。
やっぱり日本の水に慣れると、ドラキュラでもSAMURAIみたいに、なっちゃうのかな。

ルスヴン「武子(たけこ)ちゃん。何も君が泣くこと無いだろ?」
大和「いやいや、巫女とは、こういう物ですぞ。この方が選ばれて、この山の上まで、やって来られたと言うのは、思ってもない大幸運かもしれませんぞ。」

「お世辞を言う時は、コテで盛るように言え」と言うのはホントだな。と言いつつ、()められて悪い気はしなかったけど。

私「話は変わりますが、この地下城の中を案内していただくことは、出来ませんでしょうか。」
これまでの流れをブチ切るように、新しいトピックを持ち出したので、大和さんもルスヴンもキョトンとした。
後になって考えると、私、お(じょう)さん(あつか)いされたのが気に食わなかったんだと思う。
こんな形で()()こねるなんて、まるで子どもみたい。
いや、ジッサイに十五(さい)の子どものままなんだから、仕方ないか。

大和「案内しろと言われても、()(つう)に回れば二週間は、かかりますぞ。これが、この地下城の全体図です。」
何だか、良く分からない図だった。

ルスヴン「武子(たけこ)さん(『ちゃん』から『さん』に、もどしてくれた。(そん)(たく)の人だなあ)、この図には、立て(こう)と横穴とが、同時に記入されているんです。三次元の物を、無理矢理、二次元にした図なんです。データを読み取るのに、ちょっとした慣れが必要なんですよ。」
大和「さすがですな、祭司長。何か他に、お気付きの点はございますか?」
大和さん、営業センスもあるな。
ルスヴン「ずいぶん深い所を()っているんですね。しかも、トンネルが東西南北に広がっている。まるで鉱山のようだ。」
大和「トンネルの(たい)(きゅう)(せい)を考えると、(がん)(ばん)の中をくり()くのが一番いいのですが、実はここの地下には、(しゅう)(きょく)した(ぎゃく)(だん)(そう)がありまして。トンネルに向いてる岩盤を拾って歩く内に、こんな複雑な(こっ)(かく)(こう)(ぞう)になってしまったのです。」
ルスヴン「またしても聞きにくいことをお(たず)ねしますが、地上で(かん)(ぼつ)(かっ)(すい)が起きたらしいですね。」
大和「あな、(おそ)ろしや。()(ごく)(みみ)をお持ちのようですね。正直に申し上げます。この山は()()(すい)(みゃく)が多い、スポンジみたいな山ですので、浅い所を掘ると、まず、まちがいなく、そういった(かん)(きょう)()(かい)が起きてしまうんです。私に(だい)()わりして以降は、浅い所を掘るのは一切、禁止し、特に問題の大きかった所は、()めもどして密閉しました。」
なんか専門的な話になって来たなあ。
私がチラリと、そんな表情をしたのを、大和さんに見つかったしまった。いやだぁ。

大和「なんだか、色気の無い話になって来ましたね。ちょっと面白い物があるんですよ。こちらに、おいでください。」
そこは、ブラウン管ディスプレイがタテ三つ、横三つ、合計九つ並んだ小部屋。()()(かん)()センターだった。
大和「トンネル内の要所・要所にビデオ・カメラが置いてありましてね。ここに居ながら、大体の様子は()(あく)出来るように、なっているんです。」
ルスヴン「ここまで、やって下さっていたのですか。」
大和「(あつか)っている物がミイラですからね。カビやネズミもコワいが、トンネル内火災は、もっとコワい。(いっ)(たん)、火が()いたら、もう、どうしようもないんですよ。日の当たらない場所は、日が当たらないなりに、苦労も多いんです。こうやって、誰かが(じょう)(ちゅう)していなければ、この地下城のミイラは一年と持ちはしないでしょう。」
私「このミイラ、どこから持ち()まれたんですか? いや、誰がミイラにしたんですか?」

大和さんとルスヴンの顔が、がばぁっと私に向けられた。「困った()(むすめ)だな、コイツ」と、二人の顔に書いてある。あー、やっちゃったぁ。

大和「武子(たけこ)さん。私にも、そして、もちろんルスヴン(さい)()(ちょう)にも、その質問に答える力はありません。答えは直接、女王陛下に聞くしかありません。ドラキュラ山が(かか)えている様々な問題の中でも、これは一番デリケートな問題なんですよ。」
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