第4章 神永未羅の場合 第25節 Dracula Zen

文字数 2,695文字

「ごめんください」と、ボロ屋の外から男の声がした。
出てみたら、(うん)(すい)姿の(そう)(りょ)が立ってた。
雲水って、純和風アウトドア・スタイルでバシッと決めた、(ぜん)(しゅう)のお(ぼう)さんのことね。
()()と言う(しょう)(ばい)(がら)、お坊さんの(しゅう)()にも(くわ)しいから、私。

「私は(もり)(くま)()(いち)(ろう)の長男、(しゃく)(じょう)(かん)と申します。もしや、みなさまは父の最期を、」
男爵夫人(バロネス)「はい。さきほど私たちで森熊太一郎様の安らかな、そして見事なご臨終に立ち合いました。」
静観雲水は、(だま)ってドリナ様に手を合わせた。
口元は(くず)れず、顔色も変えなかったが、目が泣いてた。

静観雲水「ここ一月ほど、父の家で家財整理を手伝っていたのですが、先日、追い立てられるように、父から()(ざん)を命じられまして。さほど急ぐ用事でもなかったのですが、予想外に手間取ってしまいました。あのような父ですが、()()っていただき、誠に、ありがとうございます。」
静観雲水の口から出る言葉は、冷静だけど事務的ではない。
型通りだけど気力は伝わって来る。
(ぜん)(しゅう)のお坊さんって、こうなのよね。

男爵夫人(バロネス)「それで、これから、どうされるのですか?もしも私たちで、お手伝い出来ることがあれば、」
静観雲水、また手を合わせた。
これが、この人に許された(ゆい)(いつ)の感情表現らしい。
静観雲水「ありがとうございます。かねて父より、(そう)()は簡素に、この山中で、無宗教で済ませて欲しいと言い付かっておりまして。みなさまにも、ご参列いただけましたら、亡き父も喜ぶと思います。」

改めて観察すると、静観雲水のお顔は森熊おじさんとウリふたつだった。
声も良く似てる。

私は、なぜか死に別れた両親のことを思い出して、悲しくなった。
多分、親を(うしな)った悲しみが伝染したんだ。
そんなこと考えちゃいけないんだけど、自分が親不孝者みたいに思えて来た。

「私と言う者がいた(こん)(せき)を残すな。墓も()(はい)も写真アルバムも要らない。『せめて家族の集合写真くらい残しておきたい』と言うなら、私の顔だけ切り()いて捨てろ。」

静観雲水によると、これが森熊おじさんの遺言だったんだって。
どうも、チベット仏教のマネっこらしい。
おじさん、最後の最後まで、変人人生を(つらぬ)いたなあ。

静観雲水は()()()()()えると、長い六角バール1本で、テキパキと森熊小屋を解体し、(はい)(ざい)をイゲタに積み上げて行った。
この小屋は、元もと解体しやすいように作ってあったんだって。

この廃材の山に加えて、家財道具、衣服、本・雑誌等、「燃える物」区分には灯油をかけて、すべて焼いた。
森熊おじさんも、そして例の「50万円の(かご)」も、いっしょに。

静観雲水は、この時のために、重い灯油のポリタンクを背負って、この山道を登って来られたの。
プラスチック類は、ほぼほぼ「分別済み」だったのが、いかにも森熊おじさんらしかった。

「焼け(くぎ)と、父が分別した『燃えないゴミ』は、後で、まとめて、私が持ち帰ります。一度じゃ済まないでしょうが」と、静観雲水はおっしゃった。
()(ほう)(とう)()・不法(しょう)(きゃく)なんて、絶対しないんだ。

解体作業と「お()きあげ」の間、小鳥やネズミ、鹿やらイノシシまでが、入れ()わり立ち代わり顔を見せては、スッと引っ()んで行くの。
静観雲水によると、あの動物たちは「ご近所さん」なんだって。

森熊おじさんは「ペットを所有する」と言う考え方をキラってた。()()けもしなかったけど、生活してれば生ゴミも出るし、この小屋の周辺は、おじさんの「なわばり」になる。だから、「ご近所さん」が異変を察知して様子を見に来たんだろうって。

うーん。だったら、おじさん。()(そう)じゃなくて、(ふう)(そう)でも良かったんじゃない?
もう焼いちゃったけど。

かくて森熊おじさんは、(けむり)になって天に(のぼ)って行った。
ドリナ様も、私も、未羅(みら)も、ニーナも、ザ・クラッシュも大人しく見守った。
()(しゅ)の静観雲水が、大木みたいにドッシリと、静かに立っておられるのに、それを差し置いて、私たちが取り乱すワケには行かなかったからね。
静観雲水の悲しみは、お線香の煙のように流れて来たけど、激流のように(せき)を切ることはなかった。

そう言えば、森熊おじさん、こんなことも口にしたっけ。

「鳥も虫も、死ぬ時が来たら、(だま)って死んで行く。」

森熊おじさんは、鳥や虫みたいに送られたんだ。血を分けた息子の手で。
世界一、静かなお葬式だった。
葬式と言っても、お経も、お(いの)りもなかった。
森熊おじさんは、行き先が天国でも()(ごく)でも気にもしないだろうけど、あんなのが来たら、エンマ様もビックリだよ。

すべてが(とどこお)りなく終わった。
ドリナ様は静観雲水に声をかけた。
男爵夫人(バロネス)「お(つか)れさまでした。私たちから、お茶のお()()を受けていただけますか?」
何だか純和風になって来たなあ。ここ、本当にドラキュラ山?

お茶とお()()で一服して、ようやく静観雲水の表情が、ゆるんだ。
ホッとしたんでしょうね。
ドリナ様が口を開いた。
男爵夫人(バロネス)「ご覧の通り、私も東方ドラキュラの一人なのですが、(ぜん)(そう)のドラキュラがいらしたとは、今日まで存じ上げませんでした。」
静観雲水「父に()(せき)はありませんが、私にはあるんです。私は、父の知人の養子になり、小学校から()(つう)の暮らしをして参りました。」
男爵夫人(バロネス)「それでは、ドラキュラ風の生活習慣は?」
静観雲水「私は血なんて吸わなくても、別に困らないんです。父から、そういう体質を受け()ぎましたから。」
ちょっとだけ、静観雲水の目が(かがや)いた。
自分の体内を流れている血に、(ほこ)りを感じているんだろう。

男爵夫人(バロネス)「でも、不老不死では、いらっしゃるように、お見受けしましたが?」
静観雲水「ご(めい)(さつ)の通りです。40すぎても(とし)を取らない男がいる。これでは普通の会社勤めは出来ません。お()ずかしながら、親を(うら)み、世間を恨み、人を恨んだこともあります。物質的な価値観からも、しがらみからも、不老不死からも、私は自由になりたかった。それで、不思議なご(えん)をちょうだいして、禅の門を(たた)いたのです。」
男爵夫人(バロネス)「お父様との仲は、およろしかったようですね。」
静観雲水「いえいえ。ひと並みに(はん)(こう)()もありましたよ。」
男爵夫人(バロネス)「今では、もう、(さと)られたと?」
静観雲水「いえいえ。まだまだ修行の足りない身です。ただ、お(しゃ)()様の顔ばかり見て暮らしておりますと、(たい)(てい)のことは、もう、どうでも良くなってしまいまして。」
うーん。やっぱり親子だなあ。この人、森熊おじさんと、どこか似てる。

ドリナ様・静観雲水と別れて、私たちは前に進むことにした。
静観雲水は「しばらくは、父が愛した、この山に(とど)まります」と、おっしゃった。
不思議な出会いだった。
もしも、この禅の風に()かれてなかったら、森熊おじさんのことを、しばらくは引きずったと思う。

森の熊よ、静かに(ねむ)れ。
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