第4章 神永未羅の場合 第94節 一日だけの奇蹟

文字数 4,138文字

私、ニーナ、エリザベート様、そしてマーキュリーの四人が、何となく力が()けて、ホケーッとしてる所に、(かん)(はっ)(しゅう)(やま)()(ぐみ)の大和さんがヒョコッと顔を出した。

大和「みなさん。おケガは無いようですね。なによりです‥‥。」

それきり(だま)って、下を向いてしまった。口が重くて、クラい顔をした大和さんを、初めて見た。

大和「お城の(ばく)()(おん)で飛び起きましてね。こちらに、すっ飛んで来たというワケです。(くわ)しい事情はマーキュリーさんから(うかが)いました。その後は、みなさんのことを、(かげ)ながら見守っていたんです。私でもお役に立てることがあればと思いまして‥‥。」

エリザベート様「結局、こういう形でしか事態を収拾できなくての。(やま)()殿(どの)には、最後の最後になって、後味の悪い思いをさせることと成り、(あい)()まぬと思っている。」

大和「さきほどクラリモンド二世陛下がご(しょう)(てん)されましたのを、何とか私もお見送りする事ができました。光栄に存じます。いや、そう思うほか、ありません。結局、東方ドラキュラは(ほろ)んだのですか? それとも、生き延びたのですか?」

エリザベート様「その、どちらでもあり、どちらでもない。あいまいな決着じゃが、この国のドラキュラの形としては、それが一番なのかもしれぬ。やはり百年近く住んでおると、ドラキュラといえども、(たたみ)とお(ちゃ)()けの味に慣れてしまうのかの。」

大和さんが、何とも言えない、悲しそうな顔をした。これが大和さんの「まごころ」なんでしょう。

大和「こうやって姿を見せましたのは、急ぎお知らせしなければならないことがあるからです。季節外れの台風が、この山を(ちょく)(げき)しそうなのです。しかも、かなりの期間、(てい)(たい)する()()みとのことです。どうか地下城まで、お運びください。少々、(きょ)()はありますが、あそこなら安全です。」
エリザベート様「ありがとう、大和殿。しかし我が方にも、急ぎ()(ざん)しなければならない事情があっての。」
なにそれ? 聞いてないけど。

エリザベート様は「世話になった礼に」と前置きして、大和さんに(うす)い聖書を(おく)られた。
未羅(みら)が「(さん)(だい)(ばなし)」する時に使ったヤツだ。
この聖書、持ち運びには便利だけど、字が小さくて読みにくいのよね。
ふと思い出したんだけど、これ(だれ)かがタダで配ってるヤツじゃなかったっけ。
買いなよ、聖書くらい。

その後は暴風雨の中、「()せばいいのに」の強行軍になった。
二頭のラバが、足を(すべ)らして(がけ)(した)に消えた。
たまたま食料を積んだラバだったため、この事故は私たちの()(ぶくろ)も直撃した。
人を乗せたラバが無事だったのは、マーキュリーの(だい)(かつ)(やく)のおかげよ。

四日後、(きゅう)(しゃ)(めん)を下り終えて、ようやくトーチカもトラップも無い「非武装地帯」に、たどり着いた。
すると不思議なもので、激しい風雨がウソのように晴れ、雲一つ無い青空になった。
エリザベート様のバラ園は、まるで何も無かったかのごとく、静かに、そこで私たちを待っていた。(とびら)()(じょう)されてた。
エリザベート様が「マーキュリー!」と一声上げたら、マーキュリーがバツの悪そうな顔をしてサッと現れ、(かい)(じょう)だけしてサッと消えた。

(いし)(がき)の中に入ったら、大きな草が何十本も、こんもり(しげ)っていて、バラがどこにあるのか見えなかった。
草と言っても、私の背より高い。
小さくて赤い花がポソポソと()きそろっていて、かわいらしかったけど、草全体の「おジャマ虫」感は、ものすごい。
バラ園全体が()(かげ)になってる。
これじゃ、バラがかわいそう。

私「エリザベート様、この草、一体なんなんでしょう? ()いちゃいますか?」
エリザベート様「これはトウゴマじゃ。まだまだ()びるぞ。まあ、たちまちの所はカンベンしてやれ。良い日よけになる。それより、ノドが(かわ)いたな。何か(うるお)す物は無いか?」
ニーナ「私の(すい)(とう)に水が残っておりますが、口飲みした物ゆえ、差し上げられませぬ。」
エリザベート様「良い。あればある物を楽しむのが真の()(ぞく)(しゅ)()ぞ。水は三等分せよ。」
私とニーナにもお水をお(めぐ)みくださるそうだ。こういう公明正大な所が貴族様の貴族様たるユエンなのよねえ、と「物を言う家具」(はふり)武子(たけこ)は感じ入ったことでございます。

私「エリザベート様、ほんのわずかですが、お茶受けのクッキーを()し上がりませ。」
ニーナ「いささか()()た食べ物ながら、魚肉ソーセージもございます。」
エリザベート様はニッコリと笑われた。
エリザベート様「おやおや、(たの)みもせぬのに色々と出て来るな。福音書のようじゃ。」

そこで夜を明かしたの。
あの、かわいらしくて、おジャマなトウゴマが、実はとんでもない毒草だと知ったのは、ずいぶん後のことだった。

翌朝、余りの暑さに飛び起きた。
この山にしては(めずら)しく、東から熱風が()きつけて、トウゴマが一本残らず消えちゃってる!
良く見ると、虫に食われて(たお)れてた。

エリザベート様は、大地の上でクタッと、しなびてしるトウゴマを、なぜか立ったまま見つめておられた。
私「無くなって初めて知る、おジャマ虫のありがたみ、ですね。エリザベート様。」
エリザベート様「そうじゃな。私もようやく、お(やく)()(めん)と言うことじゃ。」
ニーナ「どういう意味ですか? それは。」
私よりも先に、ニーナが異変を察知した。
エリザベート様のお顔から血の()が引いてた。
いや、血の気は無くても、元気だけはある、いつものエリザベート様が、今は紙のように死んだ顔をしてる。

エリザベート様「このトウゴマが、確定判決と言うことじゃよ。神の心は思い知った。神がなされたことに(おこ)るのは、正しくないことに決まっておる。それでも私は、自分の(せま)い心を去ることが出来なんだ。(いか)りに流されやすい自分を、どうすることも出来なかった。『(おこ)ってばかり居たせいで、神の(いか)りが下りました』では、シャレにもならんがな。とにかく、いずれ、こういう日が来ようと(かく)()はしておったのじゃ。」

エリザベート様から、何だか(みょう)な気を感じた。殺気? いや、ちがう、これは!
ニーナ「エリザベート様、もしや!?」
エリザベート様「ニーナよ、止めてくれるな。短い間だったが、良く仕えてくれたな。私はバラと共に(ねむ)りたい。最後のケジメくらいは自分で取りたい。()(しき)ゆかしく(ほうむ)ってくれ。この国のBUSHIDOとやらに、ならってな。」
ニーナ「そのご命令にだけは従えませぬ、エリザベート様!」

ニーナは取り乱してた。私は(こお)り付いてた。
(しり)()れトンボで終わってるヨナ書の、これがホントのラストシーンだったの?

エリザベート様「うろたえるな、ニーナ。これで東方ドラキュラの悪行は、私が、すべて買い取った。いや、積年の借金を返し終えたと言うべきかの。さて、(そう)()()(じゅん)じゃが、まあ、確かに、これをおまえたちにやれと言うは、いささか(こく)じゃな。マーキュリー!」

さすがのマーキュリーも、この仕事だけはテキパキと片付けられなかった。
古式ゆかしく、エリザベート様は冷たい土の中に眠られた。首と両手両足を切断され、心臓に木の(くい)を打ち()まれて。
墓石の前で、みんな大きな声を上げて泣いた。あのマーキュリーまで泣いた。着ていた服を、エリ首から引き()いて。

(しゅ)(いつく)しみに生きる人の死は主の目に(あたい)(たか)い。
どうか主よ、わたしの(なわ)()()いてください。
わたしはあなたの(しもべ)
わたしはあなたの僕、母もあなたに(つか)える者。
あなたに感謝のいけにえをささげよう
主の()()を呼び
主に(まん)(がん)(ささ)げ物をささげよう
主の民すべての見守る前で
主の庭で、エルサレムのただ中で。
ハレルヤ。
(新共同訳、詩編、第百十六編第十五から十九節)

三十分、泣いた。三人とも、泣き(つか)れて地面に、へたり込んだ。
ニーナが鼻水の()まった声で、私に言った。
ニーナ「貴族さまを送るのに、音楽の一つも無いのは悲しいよ。武子、モーツァルトのレクイエム、歌っとくれよ。」
私「いいよ。全部やる?」
ニーナ「いや、『らぁ~くり、もぉ~さ』ってトコだけでいい。」
私「ああ、『(なみだ)の日』ね。分かった。歌い手がヘタなのはカンベンね。」

音源は「武子ペディア」から再生してカラオケした。コーラス・バージョンとピアノ・バージョンの、どっちにしようかと(いっ)(しゅん)、迷ったけど、結局、コーラスの方から(しゅ)(せん)(りつ)だけ拾った。ちゃんと歌えてたかな? 各パートが追いかけっこする、ポリフォニーの部分があるからなあ。

「歌詞はどうしたか」って?
(がく)()通りに歌ったよ。この曲はセクエンツィアと言うんだそうで、(いち)(おん)()ごとに単語がブツ切りにしてあるから、手元に楽譜があれば、すごく歌いやすいの。

Lacrimosa dies illa,
(らぁー・くり・もぉ・ざ・でぃー・え・しー・ら)
qua resurget ex favilla
(くぁっ・れ・しゅっ・じぇっ・えっく・ふぁー・び・ら)
judicandus homo reus:
(じゅっ・でぃ・かん・だす・ほー・もー・れー・うす)
Huic ergo parce Deus.
(うー・い・ちぇー・ごー・ぱー・ちぇー・でー・うす)
pie Jesu Domine,
(ぴー・えー・いぇ・ずー・どー・み・ね)
Dona eis requiem.
(どー・な・えー・いす・れー・くうぃ・えー・む)
Amen.
(あー・めー・ん)

その日は涙でいっぱいです
灰の中から復活して
罪人が裁かれるのですから
神よ、どうか、こいつらを(ゆる)してやってください。
()()(ぶか)き、わが(しゅ)、イエスさま
(かれ)ら・彼女らに安息を(あた)えてやってください。
アーメン。

二度目はニーナが歌った。歌詞は「ラララ」だったけど、音は(かん)(ぺき)に取れてた。これがニーナのハダカの実力なんだ。
三度目は三人で歌った。出来のほどは、まあ、言いっこナシと言うことで。

歌い終わって、今度は三人で、墓石に向かって静かにお(いの)りした。悲しみは消えたワケじゃないけど、気分が安定したのは音楽の力だと思う。

マーキュリー「武子さん、どうもありがとう。」
マーキュリーが、ちゃんと私の方を向いてモノを言った。
(しつ)()の皮を()いだ、これがハダカのマーキュリーなんだ。
ちょっと(くや)しいけど、確かに、いい男ね。

ニーナとマーキュリーは、このバラ園の墓守りになると言う。
まあ、この二人なら(だい)(じょう)()でしょ。(へび)みたいにイヤなヤツ((だれ)のこと?)は、もう居なくなったし、一年のうち四百日は雨か(きり)(とざ)されてるエデンの園で、アダムとイブになってね、お二人さん。
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