第4章 神永未羅の場合 第4節 一人だけの軍隊

文字数 1,841文字

話が少々、(だっ)(せん)するけど、読書会のメンバーを一人ずつ(しょう)(かい)しておきたいの。暴走族とは別の意味で、トンガってる人たちばっかだから。

ニーナ、こと(すず)()(さと)()は、不良みたいに見えたけど、不良じゃなかった。
一人で世の中と戦争してた。
やることが行き当たりばったりで(せつ)()(てき)なのは「勝ち目の無い戦争」と分かった上で、それでも戦ってるから。つまり、パンクの女ランボー。

1980年の日本は、アンダーグラウンドのハードコア・パンク全盛期だったけど、ニーナ先生に言わせると、「あれは桜の花と同じ。パッと()いて、パッと散る所に意義がある」だそうよ。

「音楽は人を自由にする。でも、ライブ・ハウスは(かい)(ほう)()じゃない。過大評価は禁物よ。だから1960年代のヒッピー・ムーブメントも、サイケデリック・アートも、私は評価しない」と、大先生、(だい)(たん)にも、そうおっしゃった。

さらに続けて、()き捨てるように、こうも、おっしゃった。

「何がLove & Peaceよ。何がTurn on, Tune in, Drop out(注)よ。ヒッピーなんて結局、マンソン・ファミリーしか残さなかったじゃない。ジェリー・ルービンも、トム・ヘイデンも、アレン・ギンズバーグも、みんな要領良く大人になってさ。」

(注)Turn on, Tune in, Drop outとは、「職にも就かず、シンナー遊びしてれば、なぜか世の中が良くなる」と言う、マカ不思議な理論のこと。ネット民でも、そこまでは言わない暴論である。ご用とお急ぎでない方は、小説『かもめのジョナサン』を参照のこと。

また大先生は、イギリスみたいにパンクが社会問題化するとも思ってなかった。
「最後はデモクラシーがパンクに勝つ。いや、勝ってみせる」と、エスタブリッシュメントに言わせるだけの力が、イギリスのパンクにはあったけど、それはイギリスが労働組合の強い国で、若者から順に仕事にあぶれる国だったから。
つまり、パンク以前の問題だったの。

安全ピンをイヤリングにしたり、舌に穴を開けたりすることにも否定的。
「ああいうダサかっこいい(りゅう)(こう)は、100人目がマネした時点で記号化する。自己目的化する。ヒッピー・ムーブメントも、そうだった。『人とちがうカッコウこそファッション』と言う、オシャレの基本を否定しちゃいけないと思う。カッコ良さを否定しちゃいけないと思うの。何と言っても私、女の子なんだから。」

先生、質問です。私、ハードコア・パンクと、ニューウェイブ・パンクの、ファッション面でのちがいが、良く分からないんですけど。

「今から思えば」だけど、「ニューウェイブはオシャレ。ハードコアはダサい」と言われても、1980年時点では「???」だった。
この時点では、ケイト・ブッシュとニナ・ハーゲンはちがうと言われても、すぐにピンとは来なかった。
そういう(こん)(とん)とした時期だったの。
「ニューウェイブは、その後の変質・拡散・進化の果てに、U2みたいなキリスト教モロ出しバンドも生み出した」と言えば、今では「あ~あ、なるほど」なんだけどね。

ニーナ先生、ある意味では正直だった。こんな言葉も口にしたの。
「今わたし、こんなカッコして、好き放題してるけど、いずれはお(よめ)に行かなきゃいけないと分かってる。私のママみたいに、子ども何人も産んで、見るも無残にラインの(くず)れた体になってさ。私の自由は、どうせ期間限定よ。一度は自由の味を教えておいて、後で取り上げるなんて、ひどいよね。アレの日とかは『何も知らずにいた方が幸せだったかな』とか思っちゃうけど、期間限定のパンク女でいいと思ってる。セミみたいに、ひと夏だけ、ガシガシ・ミンミンやるんだ。ヘッドフォンでボリューム上げて、一人でリーナ・ラヴィッチやスージー・スー()いてると、これが私の青春なんだ、今が(いっ)(しゅん)の夏なんだって、しみじみ思うの。」

そりゃあ私だって、パンク・ロックは若気の至りの産物だと思ってた。
ニナ・ハーゲンが、60すぎて反省のカケラもなしのパンクおばあちゃんになるとは、まさか思いもしなかったよ~。

読者のみなみなさま、ロックは「ジャリタレどものツイスト&シャウト」に、とどまるモンじゃござんせん。
ロックとは生き方のことでござんす。
死んでも治らぬ病のことでごんす。

ニーナ先生、今から思えば、服装センスは良かった。
チビで()せっぽちだったけど、それを強みに変えた、シンプルだけど、毒々しいコーディネートをしてた。
パンク女が、弁天様みたいに福々しく見えちゃいけないのよ。
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