第3章 少年Mの場合 第15節 神は死んだ

文字数 4,015文字

それから3か月、やることがなくて困った。結局、()()(あん)()は何も聞いて来なかったの。

「『大地の王』が開けた穴を、自分たちで()めよう」と言うボランティア活動が、いつの間にか始まってた。
いずれ国の予算が付いて、計画的かつ組織的に、(たん)(たん)と整地事業が(しっ)(こう)されるんでしょうけど、「人任せにせず、自分のことは自分でやる」と言うボランティアの(しゅ)()が気に入ったわ。
ゾンビの私は、ほとんど戦力にならなかったけど、みんなと、いっしょになって、土を運ぶのは楽しかった。
「こういう、きさらぎ市民も居るんだ」と思った。
ここ数か月の(せん)(とう)モードで、コチコチになっちゃった私の心が、武装解除されて行くような気がした。()(ぎょう)(りょう)(ほう)みたいな物ね。

稲荷社の境内は(せま)かったけど、(となり)が広い空き地になってた。
ここの草を()り、石を拾い集め、()(ほう)(とう)()された古タイヤや電器製品を処分して、火祭りの会場を確保したの。整地用の重機は「きさらぎ火祭り実行委員会」のお金でレンタルしたけど、人手はほとんど市民ボランティアだった。
(ほう)()()(ぎょう)をすれば、するほど、参加者の心がウキウキして行くのが分かった。
それで、ますます参加者がふえると言う(こう)(じゅん)(かん)だった。

うーん。風に逆らうしか能の無い私は、こういう建設的なことの音頭を取るのは、からっきしなのよねえ。

一方、()()(あん)()たちのお(かぐ)()準備は、かなり難航したようだ。
私が作った演出プランを、白紙にしちゃったみたいなの。
「直前になって、そんなことをされては困る」と、「きさらぎ火祭り実行委員会理事会」でも、かなり問題になったらしいけど、ギリギリで承認された。
私の(せん)(ぱい)()()のIさんが、たまたま理事会に入っていて、他の理事を説き()せてくれたと、後で知ったわ。

火祭りの当日になった。
稲荷社の参道には()(てん)がズラリ。
焼きソバ、トウキビ、チョコバナナ、射的に、景品クジに、だるまさん、ズラリと並んだセルロイドのお面。これよ、これこれ。これが日本の祭りだよ。

日が高い内は、主に「子ども祭り」だった。()()(ぎょう)(れつ)があり、子ども()輿(こし)も出た。
巫女の私は、この町に来て初めて、()(つう)の巫女らしい仕事をさせてもらえた。
日が(かたむ)きかけた(ころ)、子どもたちは、おかあさんといっしょに、会場から追っぱらわれた。

夕方、会場の正面は()(せつ)()(たい)
その下に、ねじり(はち)()き、(さら)しと(ふんどし)姿の(おとこ)()が、10台以上の(たい)()を並べて、(かみなり)みたいな音を(たた)き出していた。
とうとう手元が暗くなり、野外照明がつけられた。
波のように、うねる太鼓の音が、私たちを夜の世界に引っ張り()んだ。

太鼓の音が止み、会場が静まった。
開会が宣言された。ああ、やっぱり、あの方かと思った。これでいいんだ。巫女の私が宗教的中立を言っても、どうしてもウソ(くさ)くなるから。

参加者全員が(もく)(とう)した。
(いの)りは一人でも出来る。でも、思いやりは相手がいないと成立しないわ。
(だれ)かと祈る場を共有するのは、思いやりの(こう)(かん)みたいな物よ。一人の祈りが、全員の祈りになるの。
もちろん、祈りが終われば元にもどっちゃうけど、祈ったと言う、その(しゅん)(かん)に、ウソいつわりは無い。
これがM子の望んだ物よ。もちろん、私も。そして、ここに参加している全員も。

次はバイオリンの独奏だった。心が落ち着くような曲を選んでいた。
その後、(らい)(ひん)(しょう)(かい)、祝電の()(ろう)。これで、第一部おしまい。
ここまでは、私が聞いてた通りだった。

第二部開始。また太鼓の音のシャワー。(どう)()のように激しい音の(かべ)
でも、どこにも火が無い。火祭りなのに。私の演出プランでは、たいまつスタンドをズラッと並べるはずだったのに。

スポットライトがパッとつき、()(せつ)()(たい)の上を照らした。
三本の光の矢が当たった所に、M子がスッと立っていた。顔は(しろ)()り、()(じり)(くちびる)に紅をさし、黒く染めた(かみ)を束ねて後ろに流し、頭に(ほう)(かん)をのせていた。赤い(にしき)(かぐ)()(しょう)(ぞく)が、(たから)(づか)レビューみたいでカッコ良かった。あれは私が選んだのよ。
M子は(作り物の)(いな)()の束を、(かた)にかついで前後に()り分け、キツネ(の着ぐるみ。中の人は二人一組)にまたがった姿だった。

サッと手を上げて、M子は(おとこ)()を制した。太鼓の音がやんだ。(かた)(うで)を水平にぐるりと回し、遠まきにしている参加者たちを、ひとにらみした。視線は言葉より(ゆう)(べん)だ。(ちん)(もく)が重かった。10秒くらいだったかな。1時間くらいに感じた。

そこに、舞台ソデから()(せい)を上げて、七人の()(しゃ)(おそ)いかかった。()()(あん)()たちが(おに)の面をつけ、夜目にも白い衣装をつけて、()(じょ)(ふん)している。

M子は稲穂を投げ捨てた。キツネがそれを拾い、舞台ソデに消えた。
M子は素手のまま()い始めた。再び、太鼓が(とどろ)く。
M子は、ものすごいスピードで回転し始めた。
夜叉たちは、M子を取り囲んで逆回転する。
鬼女たちは時計回り。M子は反対回り。
太鼓がテンポを上げた。スポットライトも、夜叉たちの動きに合わせ、(ゆか)の上に(ろく)(ぼう)(せい)(えが)く。
()った演出だけど、明るすぎて目が痛い。私は息苦しくなって来た。
やりすぎよ。このままじゃ、止めようがなくなる。

案の定、M子がバランスを(くず)した。いや、わざと、そうした。
目の前にいた鬼女の顔面に、M子は()()んで、思いっきりカウンター・パンチを入れた。
「ギャッ」と短い悲鳴を上げて鬼女は(たお)れた。面が外れた。「副総長」A子が、鼻から血を流している。顔だよ、顔。仮にも女の子の顔にだよ。

これが(かぐ)()のバランスを(こわ)した。「ぎゃあ、ぎゃあ、ぎゃあ」と六人の鬼女たちが、M子に襲いかかった。手にしているのは、本物のジャックナイフだ!

そこから先は(あざや)やかな物だった。オモチャのナイフでも()すみたいに、六本のナイフの()(さき)が、M子の体の中にすっと入った。M子は物も言わずに棒立ちしている。

なんの予告もなく幕がサッと引かれて、視界をさえぎった。(だから、(だれ)もM子の血を見てない。)
太鼓は、ますますテンポを上げる。急ななりゆきに、誰も声を上げられない。
舞台上から(ばく)(はつ)(おん)がして、ボッと激しく(えん)(じょう)した。ガソリンの(しゅう)()()し寄せて来た。みんな燃え上がる仮設舞台を見つめてた。これが火祭りだったんだ!
仮設舞台は燃え()きて(とう)(かい)したけど、火勢はいっこうに(おとろ)えない。ボン・ボンと(ばく)(はつ)(おん)が続く。
(そう)(だい)な物を見せつけられると、人は考える()(ゆう)をなくしてしまう。
感情まで(そう)(しつ)してしまう。
(こわ)いとも思わなくなるのよ。

かく言う私の(ゆう)(たい)は、(ほのお)と太鼓の(しょう)(げき)()で、とっくの昔に、けし飛んでいた。
「実りの神は殺された。」これが、()()(あん)()が考え出した演出プランだった。
でも、(ほう)(じょう)(しん)・穀物神は再生するために殺されるのよ。
再生の時は、いつ来るの?

翌日、M子の()(しき)で私は目覚めた。いや、C子に(たた)き起こされた。「いつまで()てんだ、もう起きな」と。
()()(あん)()たちは、いつも通り、部屋の中でゴロゴロしていた。
M子もいた、(すず)しい顔をして。
A子の顔にも、あざ一つ無い。まるで手品だ。

いや、いつも通りじゃない。私に対して、みんな(かべ)を作ってる。
たった3か月の不在が、かくも長き不在になっちゃうとは。
ちゃぶ台を囲んでご飯を食べてる間も、(だれ)も視線を合わさない。いつも以上に(くち)(かず)が少ない。
M子が片手を()ばして、しょう油ビンを取ろうとした。
私が取って、(わた)してやった。M子は言った。
M子「ありがとう、(はふり)さん。」
()()(あん)()たちが、(はじ)かれたようにM子の顔を見た。

「ああ、終わった」と、私は思った。これだったのか、この冷たい空気の正体は。
M子とは、生きるの死ぬのと(さわ)ぎ回ったけど、終わる時はアッサリしたものね。

この「ありがとう」以降、()()(あん)()の私に対する態度が、目に見えて(きょう)(ぼう)になった。
もう私は「関係ない」存在なのだ。

とうとうC子とE子にエリ首をつかまれて、便所の裏に()()られた。
E子「私らがいない間に、総長とナニやってたんだ、このレズ()()!」
C子「出てけ。出てけよ。もう十分だろ。自分の世界に帰れよ。」
E子「大体なぁ、何でアンタがバイクスーツ着てんだよ。しかも、何で真っ赤なんだ?当てつけかぁ?()()(あん)()、ナメとんのか、コラァ。」
B子とD子が割って入ってくれたおかげで、ボコられずに済んだ。でも、そのまま(かい)(ほう)してはもらえなかった。
B子「ちょっといいか?」
私にガンを付けたまま、B子が口を開いた。言いにくいことをハッキリ言うのが、B子の仕事なのだ。
B子「アンタには世話になったよ。どうもありがとう。でも、アンタはしょせん、ヨソ者なんだ。きさらぎの人間は、差別する側も、差別される側も、同じきさらぎの米を食って、同じ水のんで生きて来たんだ。『大地の王』の毒入り食物に、私らが、まだ愛着持ってるなんて、アンタには想像もつかないだろ。だからアンタ、やることはやったんだから、とっとと帰んなよ。これ以上、私らとツルんでると、ロクなことにならないよ、お(たが)いにさ。それともアンタ、警官(マッポ)と戦争して、家庭裁判所に行く(かく)()があんのかい?『泣かせる親はいない』とも言ってたけど。」
そこに、A子が血相を変えて、飛んで来た。
A子「何やってんだ。M子が(たお)れたよっ!」
とりあえず、私に対する「焼き入れ」は、お預けになった。
ひとり、取り残された私は、便所の裏で、ヒザを()いて、声を上げて泣いた。

それから数日、M子はこんこんと(ねむ)り続けた。M子に近づくことは出来なかった。14本の冷たい視線が、私を(なん)(きん)(じょう)(たい)に置いてたからだ。

M子がようやく目覚めた朝も、私は一人でほっとかれた。副総長のA子が現れ、私の目を見ないで、こう言った。
A子「総長が呼んでる。ちょっとツラぁ貸せ。」
連れて行かれたら、M子は布団の上で上半身だけ起こし、左右に()()(あん)()全員を従えていた。
M子「アンタ、こいつらとモメてるみたいだけど、決して手出しはさせないと約束する。その代わり、二度とツラぁ出すな。もしも約束破ったら、ケジメは取らせてもらうよ。」
これで私とM子はアッサリ切れた。次にM子の便りを聞いたのは、それから48年後。届いたハガキには、黒いふち取りがありました。
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