第3章 少年Mの場合 第14節 激突!

文字数 3,922文字

その日も、(いな)()(しゃ)殿(でん)()てたら、()()(あん)()が土足で()()んで来た。M子の姿はなかった。パジャマ姿のまま、M子の()(しき)()()られた。

()()(あん)()()(まん)のアメリカン・バイクは傷だらけになってた。マフラーがヘコんだバイクや、割れたランプをガムテープで応急処置したバイクまであった。「何があったか」なんて、(こわ)くて聞けやしない。(せん)(とう)アンドロイド軍団にとっては(くつ)(じょく)(てき)なことが、きっと、あったに、ちがいないから。

(はな)れの布団の中で、M子が()てた。私の姿を見て、上半身だけ起こした。(みょう)に陽気だ。
M子「よう、元気か?なんだよ、そのナリは。こっちは見ての通りだ。」
私「ケガしたの?」
M子「いや、例の(こう)()(しょう)だ。こうやって、たまぁ~に顔を出しやがる。なぁに、寝てれば治る。」

ウソだ。だったらなぜ、回りに(ひか)えてる()()(あん)()たちが、こんなにピリピリしてるの?
M子「用件だけ言う。きさらぎで新しい祭をやることになった。『大地の王』()(せい)(しゃ)()(よう)の火祭りだ。場所は稲荷社境内。(かぐ)()()()(あん)()の総出演。センターは私さ。と言っても、着物の歩き方さえロクにマスターしてない私らだ。インストラクターが要る。()()()も演出家もスタイリストも要る。(いっ)(さい)(がっ)(さい)(たの)んで、いいよな?」
私は(そく)(とう)した。
私「はい、分かりました。」
他に何と答えようがあったでしょうか。

言うだけ言ったら、M子は横になって目を閉じた。私は部屋から追い出された、なかば力ずくで。「副総長」のA子に言われた。
A子「(くわ)しいことが決まったら、また知らせる。今日はこれで帰んな。」
「親衛隊」C子のバイクの後ろに乗って、私は稲荷社に帰った。いや、帰らされた。ドカジャンの一つも貸しちゃあくれない、パジャマのまんまよ。ひどいと思わない?

私を送り返したC子は、()()(あん)()の中では人なつこい方だ。私とも(割と)()(つう)に接してくれた。でも今日は、ちがう気を出してる。いや、()()(あん)()全体に何だか(みょう)()(れつ)が生じているように感じた。M子が、ちょっぴり()いてるのよ。

もともとM子は、人を力で支配するタイプじゃなかった。何か決める時は、人の話を良く聞いてから決める。(こう)(はい)たちに無理強いはしないし、また、無理はさせない。水の流れに沿うように、グループの先頭を切るのがM子のやり方だ。だから、みんな(だま)ってついて行く。そういう(しん)(らい)(かん)・一体感が、(うす)まっちゃった感じがする。

またしても波乱の予感がした。「大地の王」の次は、これかぁ?もしかして、私のせい?

火祭りの大まかな内容は、「稲荷のご祭神が、お(かぐ)()で『大地の王』を(しず)めた後、祭りの参加者全員で(ちん)(こん)(いの)りをする」と言うものだった。
火祭りなんて、稲荷社の例大祭には(ふく)まれてなかった。
どこから()いて出た話なのか、私にはサッパリ見えなかったけど、悪い話でもないから、まあ、いいか。

その内、チマタの(うわさ)で、これまで耳にしたことも無いお役所の名前や、政治家の名前も出て来た。
冷たい風の()く所には(だれ)も寄ってこない。
でも、勝ち馬には、みんな乗りたがる。
だからきっと、これは良い(けい)(こう)なんでしょう。

アッと言う間に時がすぎ、火祭りまで、あと3か月を切った。
神楽の演出案は「きさらぎ火祭り実行委員会理事会」の(しん)()を通った。
衣装も仕上がって来た。
()()け案も、もうとっくに出来てる。
問題は、()()(あん)()がサッパリやる気を見せないことよ。

M子が「ああしろ、こうしろ」と言ったら、その場では従う。でも、M子が引っ()むと、何もかも放り出してしまう。
そうと分かっていても、後輩に手を上げたり、()りを入れたりしないのがM子流のリーダーシップなんだけど、今回ばかりは、それが裏目に出た。
そして、M子より先に、()()(あん)()よりも先に、私の脳ミソがゆで上がった。
真っ赤な革のバイクスーツを、私は、どうにかして手に入れ、それを着込んで()()(あん)()の前に出るようになった。

その朝、稲荷社での定例ミーティングで、私の説明に、()()(あん)()はロコツにめんど(くさ)そうな顔を向けてた。M子の目が無いと、いつもこうなのよ。昨日、(たの)んでおいたことについて、「副総長」のA子に確認した。すると、その返事と言うのが、
A子「うるせえなあ。関係ねえだろ。」
これで私もブチ切れた。



私は()えて低音で、言葉を区切って、ゆっくり言った。もちろん、ガンも飛ばして。いつの間にか、こういうことが出来るように、なってたの。(だれ)かさんたちに、たっぷり(きた)えてもらったおかげで。
A子「なんだ、てめえ。やるか、コラ!」
A子が()り上げたコブシを、「親衛隊長」B子が止めた。
B子「A子、相変わらず朝に弱いね。それと武子(たけこ)、短気なのは知ってたけど、ズベ公相手に、やっていいことと、悪いことがあるよ。どっちも(あやま)んな。」
助け(ぶね)、ありがとう。私は(そく)()に頭を下げた。
私「ごめんなさい。言いすぎました。」
A子「私も悪かったよ。」
A子は横向きながら、「一応」謝った。「()()(あん)()の憲兵」B子の顔をツブすわけには行かないからだ。

でも、話はこれで収まらなかった。(だれ)かが金切り声を上げたのだ。
D子「なんなんだよ、この(よし)()(のぶ)()の少女小説みたいな、ぬるま湯展開は。ここは大正時代の女学校かっ!」
特攻隊(トクタイ)(チョー)」D子だ。ハンドル(にぎ)れば(おに)になるけど、ふだんは温厚で、ケンカもしない人だ。あれまあ、何と言うことでしょう。副総長A子様、親衛隊長B子様、特攻隊(トクタイ)(チョー)D子様と、()()(あん)()の全幹部が、春の(あらし)のような争いごとに参戦してしまったのでございます。困った方たちね、どうすればよろしいのかしら、わたくし。
「おい、全部、見てたぞ。」
いつの間にか、M子が立ってた。それも、A子とB子とD子の、ちょうど、まん中に。つまり、誰が(たて)()いても、立ちどころに制圧出来るポジションに。
M子「武子(たけこ)には、言いたいことが二つある。一つ目は『ごめんなさい』だ。()()(あん)()が、こんなに、なっちまったのは、他の誰でもない、私の責任だよ。()()さんの武子(たけこ)に、まとめられる道理がねえ。(だま)って任せっきりにして、ごめんよ。あと、もう一つは、こうなった以上、(かぐ)()は私が仕切る。分からないことは教えてもらうが、武子(たけこ)、アンタは神楽チームから外れてくれ。」

また、おっぽり出されました。私のせいかな。うん。きっと、そうだ。
次にM子は、()()(あん)()の方に向き直って、(ゆか)にヒザを()いた。そして、両手を突いて土下座した。みんな、ギョッとした。もちろん、わたくしもでございます。
M子「みんな、ごめん。私がハラ割って話さないから、こんなことに、なっちまった。『口に出さなくたって、分かってくれるはず』と思ってたけど、そんなの、(あま)えだよな。身勝手だよな。」
A子「いいから総長、立ってくれよ。元はと言えば、私が悪かったんだよう。」
副総長A子が、M子の前にヒザを突いて、今度は本気で謝った、半泣きで。
()()(あん)()の半数は(なみだ)ぐんでた。ケロッとしてるのもいた。うーん。こういう人間関係だったのか。

M子はゆっくり立ち上がり、()()(あん)()の顔を、一人ひとり、確かめるように見た。そして、口を開いた。
M子「みんなが火祭りに文句があるのは知ってる。私も、いろんなヤツから、さんざん言われたよ。『何が火祭りだ。何が(ちん)(こん)だ。何一つ解決しちゃいないじゃないか』ってな。ぶっちゃけ、私もそう思う。これまで受けたしうちを、水に流せりゃ苦労しねえ。ハラの虫はおさまらねえよ。今さら(かん)(じゃ)(にん)(てい)(しん)(せい)したって、ハネられるのは目に見えてるしな。でも、だからこその祭りなんだよ。考えてもみろ。ゼロヨン暴走族なんて、いつまで、やってられる?いつかは卒業だ。それは分かってるよな?分かった上でのバカだったよな?もう終わりにしなきゃ、ダメなんだ。どこかでケリをつけないと、卒業出来ないんだ。『やられたら、やり返す』だけじゃあ、しまいには殺し合いになる。(オリ)の中で(こう)(かい)することになる。それくらい、パーの私らでも分かるだろ。火祭りで、私らの(うら)みを焼いてしまうんだ。(ねた)みやら、差別やらで、この町に付いたケチも、みんな焼き捨てちまうんだ。『ズベ公ふぜいが、ナニをエラそうなノーガキたれてんだ』と、自分でも思うよ。でも、これをやらなきゃ、私は生きていられねえんだ。自分がこれまで受けたしうちは、全部、受け入れる。出来ない相談でも、そうするしかねえ。世間を恨んだって、なんにも出て来ねえからだ。でも、私らみたいな子どもが、これからもバンバン出て来るのだけは()えられねえ。自分が二度やられるより、つらいよ。代われる物なら、代わってやりてえよ。こんな思いをして泣く最後の子どもに、私はなりてえんだ。もちろん、一度っ切りの祭りで済む話じゃないことは分かってる。何度でもやるさ。何年でも続けるさ。私はこの火を守るため、このきさらぎで生きて行く積もりだ。」
()()(あん)()(だま)って聞いてた。M子は再び、()()(あん)()の顔、一人ひとりを見た上で、言葉を()いだ。
M子「私のホンネは、この通りだ。分かってくれとは言わないよ。付いて来てくれとも言わない。いや、言えない。ここから先は、私ひとりのワガママだからだ。だから、私は()()(あん)()()ける。新しい()()(あん)()は、あんたらに(たく)す。こんな形になっちまって、ごめんな。」

新生・()()(あん)()は、(ぜん)(いん)(いっ)()でM子を総長に再指名した。M子は受けた。泣いてすがりつく(こう)(はい)たちを、見捨てるに(しの)びなかったの。今度は全員、泣いた。M子も泣いた。私はポカンと見てた。

そういうわけで、わたくし、今度は稲荷社からも追っぱらわれてしまったのでございます。
まあ、よろしくてよ。わたくし、もともとアウトドア派ですので。それでは()()(あん)()のみなさま、しばし、ごきげんよう。
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