山道 / 響之森ハウス 

文字数 1,570文字

 間もなく到着、のアナウンスがあってからさらにもう一本だけ短いトンネルを抜けてすぐに高速バスは停車した。ドライバーがわざわざ降りてきてトランクから紗和(さわ)のスーツケースを取り出し手渡してくれた。
「有難う御座います。」
彼女が荷物を受け取り礼を言うと「お気をつけて。」と頭を軽く下げてドライバーは足早に運転席に戻っていった。十数メートル先にはもう再びトンネルが暗い半円形の大口を開けていて、走り出したバスをあっという間に丸呑みにした。
トンネルの切れ間のような場所に作られたその停留所は、頼りない蛍光灯の光で辛うじて闇の水面にしがみつく小舟のようであった。
 紗和(さわ)はにわかに心細くなって周囲を見渡した。すると、視界の端に赤い点滅を捉えた。停留所の脇から小さな階段が伸びていて市道に降りられる。そこに車が一台停まっているのを見つけた。
 近づいてみるとドアが開いて女性が降りて来た。
福森(ふくもり)さん?」
と、よく通る声で呼びかけられた。
「はい!福森(ふくもり)紗和(さわ)です。宜しくお願いします!」
という紗和(さわ)のかしこまった挨拶に
小野崎(おのざき)です。よろしくね!」
と気さくに返してくれた。
面接をしてくれた花井(はない)とのその後のメールのやり取りで、当日は業務主任の小野崎(おのざき)帆奈美(ほなみ)という女性が高速バスの停留所まで迎えに来てくれる、という段取りになっていた。
「じゃ行きましょう、乗って。」
小野崎(おのざき)帆奈美(ほなみ)は助手席を指し促した。
――国産の四輪駆動車か。
ここからさらに山深い道を走るのかもしれないな、と思いながら紗和(さわ)は助手席のドアを閉めた。

 *

小野崎(おのざき)帆奈美(ほなみ)の運転はとても慎重だった。だがそれは無理からぬことだろう。道は急角度で曲がりくねり、しかも急斜面が続いていて、おまけに狭く、さらに薄く(もや)までかかっていて、山道に慣れた人でも注意深く進まざるを得ない。自然、小野崎(おのざき)帆奈美(ほなみ)は無口になり、紗和(さわ)も積極的には喋ろうとせずに、ドライバーと同じ様にじっと前方に意識を向けた。
 車内はしばし快活に唸るエンジン音だけが聞こえていたが、やがてその音色(ねいろ)が少し和らいだように感じた。同時、紗和(さわ)帆奈美(ほなみ)の小さな安堵のため息を聞いた。相変わらず狭いが車は緩やかな坂道に出た。
福森(ふくもり)さん…紗和(さわ)さん…紗和(さわ)ちゃん、でいいかな?」
発声した口の感触を確かめ吟味するように呼び方を決めたようだった。
「はい。」
「今幾つだっけ?」
「36です。」
明らかに年上の人には割とすんなり答えられる。
「そうなんだ!私も辰年なの!」

そこから帆奈美(ほなみ)は今までが嘘のように饒舌になった。
「私山道って駄目なの。ガチガチに緊張しちゃってさ、翌々日くらいに体中筋肉痛になったりするんだ。紗和(さわ)ちゃん得意?」
「はい、苦手ではないですね。」
「そっか!じゃあ今度運転お願いするかも!でもびっくりしたでしょこんな山奥で。俊之(としゆき)君は適当だから本当困るんだよね!」
俊之(としゆき)とは確か面接をしてくれた花井(はない)のことだ。リモート面接の際、画面に〖花井(はない) 俊之(としゆき)〗とフルネームが表示されていた。

そこから怒涛のような花井(はない)の悪口が繰り広げられた。
が、苦言や不平不満というのとは少し違っているように紗和(さわ)には感じられた。何だか、自分が一番彼のことを理解している、自分が一番彼を許し、そして支えている、ということを懸命に示そうとしているようにも感じた。
「だからさ、俊之(としゆき)君の言動で何か困ったことがあったら遠慮なく全部私に言ってね。」
と言い切ったあたりで車は止まった。
「はい!到着ね。」
紗和(さわ)は車のヘッドライトの中にそれを見た。恐らく最近建てられた西洋風の住居であろう。建物自体は別段珍しくはないのだが、この深い山中にあってそれは強い違和感を放っていた。
塀で囲まれてはいないが玄関の造りは重厚で数段のステップと小さな柵があった。洒落た板チョコのようなドアの上にプレートが電球に照らされている。そこには、

響乃森(ひびきのもり)ハウス〗

とあった。










ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

福森 紗和

36歳 新人チームメンバー

小野崎 帆奈美

48歳 業務主任

中里 優菜

24歳 看護師

ファミリーのお年寄り達 1

ファミリーのお年寄り達 2

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み