軟化 / あいつ /その子 

文字数 1,255文字

「おはよう。」
食堂では既に朝食の準備が始まっていた。
「お早うございます!」
テーブルを拭きながら紗和(さわ)は笑顔で挨拶を返した。
「あら早いわね。おはよう優菜(ゆうな)ちゃん。」
帆奈美(ほなみ)や調理担当の清水(しみず)山口(やまぐち)もキッチンから挨拶をした。
優菜(ゆうな)があからさまに毛嫌いしていた紗和(さわ)のいる場所に顔を出すことは珍しい。何よりこんな早い時間に彼女が起きてくるのが珍しい。
帆奈美(ほなみ)さん何かありますか?」
「あ、じゃあ椅子並べてちょうだい」
明らかに周囲への、特に紗和(さわ)への態度が軟化しているので皆戸惑っていたが悪いことではないので誰からも詮索はなかった。

昨晩あれから紗和(さわ)優菜(ゆうな)の部屋で彼女と話をした。
数日前から優菜(ゆうな)紗和(さわ)に対する壮絶な嫌がらせが続いていた。紗和(さわ)()を上げさせようと奮闘努力するも思うように成果を得られなかった。そこに紗和(さわ)が夜中に怪しげな行動をしていたところを偶然見かけ、それをネタに新しいイジメを思い付いたのだろうか…。
「本当は何してたの?…とかはどうでもいいの。」
「え?」
「あなた颯太(そうた)とヤッたでしょ?」
「え゙!?ヤッてません!」
相手の瞳の奥にある真実をほじくり返そうとするような鋭い眼差しで優菜(ゆうな)紗和(さわ)を見据えた。確証はないが質問をぶつけたときの反応で真意を見極めようとしているのだ。
遠まわしの質問で探るのではなく直接的にズバリを問われると人は動揺する。が、嘘や秘密を抱える者とそうでない者の動揺の質には違いがある。優菜(ゆうな)はそれを看破した。
「…そう。」
優菜(ゆうな)の表情が少し和らいだ。
――いい子だな。
紗和(さわ)は純粋にそう思った。
「だよね、まさかね、おばさんだもんね。」
――前言撤回だ。
「でも、あなたおばさんだけど綺麗だから…」
――いい子だな。
紗和(さわ)は純粋にそう思った。
颯太(そうた)が誘惑してきたらちゃんときっぱり断ってね。」
「もちろんだよ。」
――てか全く守備範囲ではない。
「あいつ…颯太(そうた)…前にやらかしたの。」
「やらかした?何を?」
だいたい想像がつくが水を向けた。
「チームメンバーの女の子に手出してさ、その子辞めちゃったの。」
どこにでもよくある話なのだろう。
――ん?
「その子ってもしかして桃花(ももか)さん?」
「あれ知ってた?私仲良かったんだモモちゃん。」
優菜(ゆうな)によるとモモちゃん、松本(まつもと)桃花(ももか)優菜(ゆうな)と同い年で、丁度同じ頃ここで働き始めたのだという。明るくて仕事も出来てファミリーにもチームメンバーにも好かれていたのだそうだ。が、左久間(さくま)が彼女に目を付けた。その時は既に左久間(さくま)優菜(ゆうな)は付き合っていたので桃花(ももか)は断り続けたが強引に迫り結局そういうことになってしまったのだと言う。
福森(ふくもり)さんはちょっとだけモモちゃんに似てるんだよね。」
この短時間で呼び方がアップデートされていた。最初がおばさん、だったことを考えると巨大な前進である。
「それファミリーの何人かにも言われたんだよね。」
紗和(さわ)も完全に年下の女子に対する口の利き方になっていた。
「だからさ本当、気を付けてね颯太(そうた)にはいろいろと。」
――いろいろと?
何か意味深な言葉がオマケのように着いていたがそこは覚えておくだけにして聞き流した。
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登場人物紹介

福森 紗和

36歳 新人チームメンバー

小野崎 帆奈美

48歳 業務主任

中里 優菜

24歳 看護師

ファミリーのお年寄り達 1

ファミリーのお年寄り達 2

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