三者会議　／　飛び入り

朝になった。

他人が自分の部屋の合鍵を持っていて、いつでも自由に入れる状態、というのは非常に気持ちが悪い。
いつ寝首を掻かれるかもしれない、いつ寝込みを襲われるかもしれない、そんな状況で熟睡できるわけもなく、紗和(さわ)は気が張り詰め殆ど一睡もできなかった…、
ように見えるが実はそうではなかった。
紗和(さわ)は充分な睡眠を摂ることが出来ている。
睡眠というのは訓練によってかなり効率化できるものである。
例えばヨガにはシャバーサナというのがある。完全弛緩のポーズとも呼ばれており、達人クラスになると20分程度のシャバーサナで睡眠５時間分の休息を得ることが出来るという。
彼女はヨガの達人ではないがそれらの手法を取り入れた特殊な睡眠法を体得していた。
紗和(さわ)は身支度を済ませファミリーの朝食の準備のために食堂に降りた。勿論、いつものように『侵入者対策』を怠ることはない。スーツケース、机、ブランケット、枕、シーツ等の位置や角度やシワの形を、全く同じのいつも通りに作り、さらにそのルーティンに一つの工程を加え、録画モードにしたスマホを充電器にセットし、カメラを部屋の入口に向けておいた。

　*

｢…東京ノーマライゼーション…。｣
鳩間(はとま)は顎に手をあてて呟き、
｢何と言うか、悍(おぞ)ましい計画ですね。｣
と、莉瑠(りる)が眉根を寄せ紗和(さわ)に向く。
紗和(さわ)と莉瑠(りる)は鳩間(はとま)の部屋に集まっていた。部屋に侵入され私物を物色されたことで、こちらも形振(なりふ)り構(かま)っていられない、覚悟を決めなければ！ということで、開き直って堂々と紗和(さわ)は鳩間(はとま)に近づくことにしたのだ。本音を言えば単に『コソコソやるのが面倒になった』のであった。
｢近江(おうみ)から聞いたことはなかったが…｣
鳩間(はとま)にとって、親しくしていたファミリーの近江(おうみ)八郎(はちろう)が、響乃森ハウス(　こ　こ　)で最期を迎えると決めていたこと、それを自分には言ってくれなかったことに、幾分かの不満を持っているようだった。が
｢…でね、｣
と紗和(さわ)はそれに頓着せずに続けた。
｢松本(まつもと)桃花(ももか)さんなんだけど…｣
少し声の調子(トーン)が落ちてしまったのは、これから話す内容のせいだろう。
紗和(さわ)は左久間(さくま)から聞き出した情報の中で、松本(まつもと)桃花(ももか)に関わることを抜き出し簡潔に伝えた。
左久間(さくま)自身も桃花(ももか)の行方を知らないこと、最後に彼女といたのは帆奈美(ほなみ)ではないか、ということ。
｢桃花(ももか)さんが『帆奈美(ほなみ)さんに呼び出された』ことを左久間(さくま)に伝えてあったらしいの。それからね…｣
と要点を理解したかどうかを確認するように二人の顔を見回して続ける。
｢同じ日に、帆奈美(ほなみ)さんは桃花(ももか)さんを森の中に連れて行ったんじゃないか、って左久間(さくま)が言うの。｣
｢何故だい？｣
鳩間(はとま)が表情を険しくし問う。
｢乾燥室の裏口から入ってくる帆奈美(ほなみ)さんをラクダちゃん、あ、お掃除ロボットね、についてるカメラから見掛けたらしいんだけど、その時、木の葉や枝が服に沢山ついていたって…｣
｢……｣
三人とも黙り込む。嫌な連想が嫌な空気を生み出した。
｢…殺されているかもしれないね。｣
が、鳩間(はとま)はすんなりと、でも重々しく言った。
言い辛いことだが、だからこそ紗和(さわ)に言わせたくなかったのだろう。これは自分達が依頼された案件なのだ。それは自分達の口から言う義務があるのだ、と思ったのだろうか、きっぱりとした語調だった。
｢ですね。｣
莉瑠(りる)もまたそれを受け肯定した。
響乃森ハウス(　こ　こ　)に潜入した鳩間(はとま)と合流するまでの間、方々(ほうぼう)に手を尽くしたが去年の夏以降の桃花(ももか)の目撃情報は得られなかった、という。それは即ち、桃花(ももか)は響乃森(ひびきのもり)ハウスを出ていない、ということになる。そしてここには老人を何らかの方法で

消す

設備がある…。
しばしの間、三人とも誰も口を開かなかった。

その時、ドアが開いた。
開いたそこには、誰もいない…、いや、いた。
｢ラクダちゃん！?｣
ファミリー部屋のドアは引き戸になっている。故に、機体をドアに密着させ、回転するようにドアを開けることが出来るのだ。
そして突然お掃除ロボットは左久間(さくま)の声で三人に訴えた。

｢優菜(ゆうな)が何処にもいないんだ！｣